第三章 剣と火の訓練
訓練は過酷だった。
朝は夜明け前に起こされ、まず体力づくりから始まる。走る、跳ぶ、這う。都市の裏路地を使った障害物コースを、エルネが淡々と設定して、ルードが全力でこなす。最初の三日は毎朝、全身の筋肉が悲鳴を上げた。
「遅い」
エルネの言葉は短く、容赦がなかった。褒めることはほとんどない。問題があれば指摘し、ルードがそれを修正するまで繰り返させる。
午前は剣術だった。
ルードが驚いたのは、エルネが剣を教える方法だった。普通の剣術師範のように、型を一つ一つ丁寧に教えるのではなかった。最初から実戦的な攻撃を仕掛けてきて、ルードがそれを受け止めるか避けるかしなければならない状況を作り出す。訓練用の木剣を持ったルードに向かって、エルネが実際に速度を落として斬り込んでくる。ルードは本能で反応するしかない。
最初の二日間、ルードは木剣で何十回も打ち据えられた。痣だらけになった。
三日目に、エルネが初めて言った。「いい反射だ」
それだけだったが、ルードには十分だった。
午後は別の訓練だった。
「裂け目の向こうにいる生き物に、普通の剣は半分しか効かない」エルネは言った。「普通の武器で倒せないわけではないが、時間がかかる。そこで、これを覚えてもらう」
エルネが取り出したのは、手のひらに収まるくらいの小さな石板だった。表面に細かい文字のような紋様が刻まれている。
「何だこれは」
「魔導符だ。裂け目の向こう側では、物理的な力と魔力が共存している。この符を使えば、普通の武器に一時的に魔力を付与できる」
「魔力」ルードは眉をひそめた。「俺に使えるのか?」
「お前の血筋なら使える。やってみろ」
エルネがルードに石板を渡した。ルードはそれを右手に握って、言われた通りに集中した。石板を通して、何かを「流し込む」ようなイメージで。
最初は何も起きなかった。五分経っても、十分経っても。ルードは汗をかき始めた。
そして突然、石板が熱くなった。手が焼けるような感覚ではなく、内側から光るような温かさだった。
「できてる」エルネが言った。僅かに、本当に僅かに、驚きの色があった。「初日でここまで発動させた者は初めて見た」
「父は?」
「知らない。クレント・アルヴェンの訓練には私は関わっていない」
そうか、とルードは思った。父のことをエルネは知っていたが、個人的な繋がりはないらしい。
訓練の合間に、ルードはセドルから「向こう側」の情報を教わった。
裂け目の向こう側は、こちら側とは別の生態系が存在している。植物は似ているが、動物は異なる。特に人間のような知性を持つ生き物が複数存在していて、それらの中には友好的なものも敵対的なものもいる。
「友好的な者と接触できたなら、情報を集めろ」セドルは言った。「お前の父がどこに囚われているかは、我々にはわからない。向こうで情報を集めながら進むしかない」
「大まかな方向は?」
「裂け目の中心部に向かって歩け。大断絶の痕跡が最も強い場所に、封印がある。そこにお前の父がいる可能性が最も高い」
「何日かかる」
「わからない。向こうの時間の流れがこちらと少し違う。二週間のつもりが一ヶ月になっていることも、逆のこともある」
ルードは頭の中でそれを整理しようとしたが、うまくいかなかった。時間の流れが違うとはどういうことか、実感が湧かなかった。
一週間が経った頃、エルネがルードに言った。
「今日は少し違うことをやる」
彼女に連れられて向かったのは、組織の地下室の奥にある小さな部屋だった。壁一面に、文字や図形が刻まれている。床には大きな円形の紋章が描かれていた。
「ここは?」
「記憶の部屋だ」エルネは言った。「裂け目を最初に渡った人間が残した記録が保存されている。お前に見せたいものがある」
エルネが部屋の中央に立ち、床の紋章に手を触れた。部屋が薄く光り始めた。
そして映像が現れた。
空中に浮かぶ、霧のような映像だ。人物が二人いる。一人は老いた男で、もう一人は若い女だ。彼らは何かを話し合っている。言葉は聞こえないが、映像から雰囲気は伝わった。切迫している。
「三百年前の記録だ」エルネは静かに言った。「裂け目が生まれた夜の記録」
映像の中で、老いた男が空に向かって手を伸ばした。空が割れた。文字通り、空が。闇が広がって、その中から何かが落ちてきた。
赤い光だった。
「あれは」ルードは息を呑んだ。
「裂け目の源だ。三百年前に空から落ちてきた何かが、大地に突き刺さった。その衝撃で大断絶が起き、裂け目が生まれた。そしてその何かは今も裂け目の底に刺さったまま、三百年間、光り続けている」
「俺が七歳のときに見た光」
「そうだ」
映像が消えた。部屋が元の薄暗さに戻った。
「お前の父は、その光の正体を調べるために向こうに行った」エルネは続けた。「そしてその調査の途中で、何かに捕まった。我々が知っているのはそこまでだ」
「その何かは何だ」
「三百年前の大断絶を引き起こした者、あるいはその後継者だ。裂け目の向こう側を支配している何かだ」
ルードは黙って考えた。父が命がけで向かった場所。三百年前の謎。裂け目の底の赤い光。
「俺はその光に近づくことができるのか」
「おそらく。お前の血はその光と共鳴できる。それが、お前が必要な理由だ」
二週間の訓練が終わった日、マルクスが全員を集めた。
「明日の朝、出発する。ルード、準備はいいか」
「できている」
「エルネ、護衛を頼む」
「承知した」
マルクスはルードを見て、少し間を置いてから言った。「お前の父は優秀な男だった。そして、難しい男でもあった。あまりにも真実に近づこうとして、危険を顧みなかった。お前はそこだけ、父親に似てくれるな」
「似てますか、俺は父に」
「目が似ている」マルクスは言った。「同じ光を宿している」
それが何を意味するのか、ルードには判断できなかった。だが老人の言葉には、単純な褒め言葉とは違う、複雑な何かが含まれているような気がした。
その夜、ルードは眠れなかった。昨日よりもずっと。
目を閉じると、父の筆跡が浮かんだ。「ルード、父だ。生きている。見つけてくれ。もう時間がない」
俺が行く、父さん。
ルードは心の中で言った。必ず行く。必ず見つける。




