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第二章 出発の朝

 その夜、ルードは眠れなかった。

 ガルクに相談した。師匠は長い沈黙の後、「行け」と言った。理由は聞かなかった。聞く必要もなかった。ガルクは余分なことを言わない人間だ。「行け」という言葉に、すべての意味が含まれていた。

 ルードが荷物をまとめている間、ガルクは鍛冶場で何かを打ち続けていた。夜中の一時になって、師匠がルードの部屋の扉をノックした。

「手を出せ」

 差し出した手に、ガルクが何かを置いた。短剣だった。鞘は黒い革で、柄の根元に小さな紋章が刻まれている。三日月と、その下に小さな炎。

「俺が若い頃に打った剣だ。使い込んで刃が欠けたから、今日の夜に打ち直した」

「ありがとうございます」

「感謝するな。修業が終わったら返しに来い。返しに来ない場合は、お前の後継者に怒鳴り込む」

 それがガルクなりの激励だとわかった。ルードは笑った。二年間で、初めてガルクの前で笑った気がした。

 夜明け前に、男たちが迎えに来た。昨日の三人に加えて、もう一人が加わっていた。女だった。

 二十代の後半か三十代の初めか、ルードには判断が難しかった。背が高く、姿勢がよく、長い赤銅色の髪を後ろで束ねている。装備は旅人のそれで、腰には細身の長剣を携えていた。表情に感情が出ない。目は褐色で、ルードをじっと観察していた。

「エルネ・ヴァインだ」昨日の男が紹介した。「道案内兼、護衛だ」

「エルネ」ルードは言った。「よろしく」

 エルネは短く頷いた。それだけで、それ以上のことは何も言わなかった。

 ルードはクタルに別れを告げた。クタルは「必ず帰ってこい」と言いながら、ルードの背中を強く叩いた。それが痛いほどだった。

 一行は夜明けとともに出発した。

 馬は五頭あった。ルードには体格のいい栗毛が割り当てられた。ルードは乗馬に自信があるわけではないが、農村育ちなので基本的な扱いはできる。エルネは黒い馬に跨り、最初から先頭を行った。

 王都グラニスまでの道は、ルードには馴染みがあった。父と一緒に何度か旅した道だ。今は見知らぬ男たちと走っているが、道の記憶が重なって、何か懐かしいような、切ないような気持ちになった。

 昼過ぎに一行は休憩した。川沿いの木陰に馬を繋いで、携行食を広げる。乾燥肉とチーズと硬いパンだった。

「俺はまだ名前を聞いていない」ルードは昨日の男に言った。

「セドル・カムだ。王の密偵をしている」

「密偵」ルードは繰り返した。「王がこの件に関わっているのか」

「間接的には。我々の組織は王室の庇護下にある。ただし、王本人はこの件の全貌を知っているわけではない。政治的に非常に繊細な話でね」

「つまり、俺が知るべき情報と知るべきでない情報があるということか」

「賢い」セドルは頷いた。「必要なことは話す。余分なことは後で害になりかねない」

 エルネが水筒の蓋を開けながら、初めてルードに向かって話しかけた。

「剣の腕は?」

「ない」ルードは正直に言った。「鍛冶師の見習いだ。体は鍛えているが、剣術は基本しか知らない」

「基本の基本だけでいい。それがあれば教えられる」

「裂け目の向こうで戦う必要があるのか」

「ある」エルネは淡々と言った。「向こうには人間だけでなく、他のものもいる」

「他のもの」

「裂け目に落ちてきたものたちだ。生き物と呼んでいいかどうかわからないが、少なくとも害をなす」

 ルードはガルクに貰った短剣の柄を握った。この剣を打ち直してくれた師匠の手の重さが、まだそこにあるような気がした。

 王都グラニスには翌日の夕方に着いた。

 ルードは幼い頃に何度か来たことがあったが、あの頃より街は大きくなっているように感じた。あるいは自分が大きくなって、見方が変わっただけかもしれない。石畳の道、高い建物、行き交う人々の喧騒。村の静かさとは全く違う世界だ。

 一行は王都の外れにある、見た目は何の変哲もない宿屋に入った。だが内部に入ると、宿屋ではないことがわかった。

 広い地下室があり、そこに十人ほどの男女がいた。地図や書類が並んだ机、武器の棚、隅に積まれた荷物。どこから見ても、一つの作戦を準備している集団の拠点だ。

「よく来た」

 声の主は六十代の老人だった。白髪で、背は曲がっているが、目だけが異様に鋭かった。

「組織の長、マルクス・ヴィエンだ」セドルが紹介した。

 マルクスはルードをじっと見た。頭のてっぺんから足の先まで、品定めをするように。

「似てるな。クレントに」

「父を知っているのか」

「知っている。二十年来の知人だ。お前が産まれたときも祝いに行った。まだ赤ん坊のお前を抱いた。あの頃は、まさかこんな形で再会することになるとは思っていなかったが」

 マルクスは椅子を引いて座るように促した。ルードは腰を下ろした。マルクスが机の上の地図を広げた。

「現状を説明する」老人は言った。「三百年前の大断絶以来、裂け目の向こう側は封鎖されている。公式には『立ち入り禁止の危険地帯』だが、実際には我々のような組織が管理している。裂け目を渡る方法は存在する。我々が独占している技術だ」

「橋があるのか」

「橋ではない。もっと古いものだ。大断絶以前に作られた遺跡で、今も機能している。ただし使えるのは特定の血筋の者だけだ」

「俺の血筋が何か関係しているのか」

「そうだ」マルクスは頷いた。「裂け目の向こう側の光を知覚できる者は、古い血を引く者だけだ。その血筋の者だけが、渡り機を安全に使える。普通の人間が使おうとすると、どうなるかは……想像に難くない」

 ルードは腕を組んだ。「俺の父はその血筋だった、と」

「そうだ。そしてお前もだ。クレントは七年前に裂け目を渡って、封印された場所に向かった。だが戻ってこなかった。三週間前に密使が指輪と手紙を運んでくるまで、生死も不明だった」

「今は生きていることがわかった。ならなぜすぐに助けに行かないのか」

「向こうに入れる者が限られているからだ」マルクスは静かに言った。「お前の父以外に、今この組織で向こうに入れる血筋の者は二人しかいない。そしてその二人は現在、別の任務で動けない。だからお前が必要なんだ、ルード」

 ルードは深く息を吸った。

「俺が行ったとして、父を助け出せる保証はあるのか」

「保証はない」マルクスは率直に言った。「だが可能性はある。十分な訓練と準備を与えた上で、最高の護衛をつける」

「エルネか」

「そうだ。エルネは我々の組織で最も優秀な戦士だ。彼女が守れないものは、我々には守れない」

 ルードはエルネを見た。エルネは表情を変えなかった。

「訓練にどれくらいかかる」

「二週間だ。本来なら三ヶ月かけてやりたいが、時間がない。お前の父から『もう時間がない』という伝言が来た。それが何を意味するかは、向こうの事情を知っている者にしかわからない。だが急がなければならないことは確かだ」

 沈黙があった。

 ルードは机の上の地図を見た。裂け目が黒い線で描かれていた。その向こうは、ほとんど空白だった。地図がないのか、地図を作ることができないのか。

「わかった」ルードは言った。「やる。二週間で何を教えるつもりかは知らないが、やれるだけやる」

 マルクスは初めて微かに笑った。「よし。明日から始めよう」


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