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第一章 村の鍛冶師見習い

 グラニス王都から北へ七十キロ、ダウン山脈の麓に広がる農村地帯に、ミルヴェという小さな村がある。人口は二百人に満たない。主な産業は農業と、山から切り出した木材の加工だ。特産品と言えるようなものはなく、名物もない。旅人が立ち寄ることもほとんどない。ミルヴェは、世界の地図の上ではほとんど見えないほどの小さな点だった。

 そのミルヴェで、ルード・アルヴェンは十九歳を迎えた。

 目覚めは鶏の鳴き声ではなく、師匠のガルクが鍛冶場で振るう鎚の音だった。毎朝、夜明けとともにガルクは鍛冶を始める。その重厚な金属音が村中に響き渡り、ルードの眠りを叩き壊す。もう二年もそれが続いているが、慣れたとは言えなかった。

 ルードは藁のベッドから身を起こし、薄い毛布を脇にどけた。窓の外は白んでいた。初夏の朝の空気は、まだ少し冷たい。

「遅い」

 鍛冶場への扉を開けると同時に、ガルクの声が飛んできた。五十代半ばの頑強な男で、右腕は鍛冶によって鍛え上げられ、左腕より一回り太い。髭は白くなっているが、眼光は若者のそれより鋭い。

「おはようございます」

「挨拶はいらん。火床を確認しろ。昨夜の石炭がまだ使えるか判断しろ」

 ルードは頷いて、火床に近づいた。残った炭の温度を手の甲で感じ取り、灰を金属棒でかき混ぜて、まだ熱を持った部分を確認する。二年間で覚えた作業だ。

「使えます。半分くらいは生きてます」

「半分か。じゃあ足しながら使え。今日は農具の修理が三件入ってる。クドルトの鋤、ヴァンの鎌二丁、あとポーリの息子が馬蹄を持ってきたはずだ。確認したか?」

「昨夜、倉庫に預けてあります」

「よし」ガルクは少しだけ表情を緩めた。「その段取りは悪くない」

 ガルクに褒められることは少ない。少ないだけに、その言葉はルードの胸に染み入った。

 午前中、ルードは黙々と修理の仕事をこなした。ガルクは新しい刃物を打ちながら、ときどき手を止めてルードの作業を確認し、問題があれば短い言葉で指摘する。ルードは聞いて、やり直す。それの繰り返しだった。

 昼過ぎ、作業が一段落した頃に、村の入り口の方から声が聞こえてきた。

「ルードー! ルードいるか!」

 幼なじみのクタルの声だった。

 ルードが鍛冶場の戸口から顔を出すと、クタルが息を切らして走ってきた。二十歳の農家の息子で、ルードより頭ひとつ背が高く、日焼けした顔に人懐こい笑顔を貼り付けている。だが今日の顔は笑っていなかった。

「ちょっと来い。お前に見せたいものがある」

「なんだ? 今、仕事中だ」

「わかってる。でも重要なんだ。ガルクさん、少しだけルードを借りていいですか」

 ガルクは鎚を止めずに「一刻以内に戻せ」とだけ言った。

 クタルに連れられて村の外れまで歩くと、古い水車小屋の陰に三人の男が立っていた。どれも村の者ではない。旅人か行商人のような格好をしているが、荷物を持っていない。三人とも、腰に剣を帯びていた。

「誰だ」ルードは低い声で言った。

「王都から来た者だ」真ん中の男が言った。三十代くらいで、目に独特の鋭さがある。「お前がルード・アルヴェンか?」

「そうだが」

「お前の父親の名はクレント・アルヴェン。商人で、七年前に旅の途中で行方不明になっている。間違いないな」

 ルードの胸が締め付けられた。父の名を聞くのは久しぶりだった。「そうだ。父は七年前に消えた。それが何か?」

「お前の父親は生きている」

 沈黙が落ちた。水車が回る音だけが聞こえた。

「……何?」

「生きている。だが、裂け目の向こう側に囚われている」

 ルードは動けなかった。七年間、父が死んだと思って生きてきた。母も二年後に病で死んで、ルードは一人になった。ガルクの師匠に拾われて鍛冶の修業をしながら、父のことは記憶の中に封じ込めて生きてきた。

「なぜそれを知っている」

「それを話すには時間が要る」男は懐から何かを取り出した。小さな革袋で、ルードに向けて放った。「それを見ろ」

 ルードは受け取って、中を確認した。

 銀の指輪が入っていた。指輪の内側には文字が刻まれている。

「……父の指輪だ」ルードは声が震えるのを止められなかった。「これは父が持っていた。俺が子どもの頃に、一緒に市場で買った。内側に俺の名前が彫ってある」

「その指輪は三週間前に、裂け目の向こう側から密使が運んできた。手紙が同封されていた」

 男は手紙を差し出した。ルードは手を伸ばして受け取った。紙は薄く、文字は急いで書いたように乱れていた。だが父の筆跡を、ルードは忘れていなかった。

「ルード、父だ。生きている。見つけてくれ。もう時間がない」

 それだけが書いてあった。

 ルードは手紙を握りしめた。手が震えていた。

「俺に何をしろというんだ」

「裂け目を渡ってもらいたい」男は静かに言った。「そして、ある場所に行ってもらいたい。そこには三百年前から封印された何かがある。お前の父親は、その封印を解こうとして捕まったのだと我々は考えている」

「どうして俺なんだ。俺はただの鍛冶師見習いだ」

「お前には才能がある。普通の人間とは違う何かが。七歳のとき、裂け目の展望台で赤い光を見たはずだ」

 ルードは息を呑んだ。あの光のことを、誰にも話したことはなかった。

「なぜそれを」

「我々の組織には、過去二百年分の記録がある。裂け目の向こう側の光を知覚できる人間は、歴史上で十三人確認されている。そのうち七人は、封印に関わって死んだ。残りの六人は封印の真実に近づくことができた人間だ」

「残りの六人はどうなった」

 男は少しだけ視線を落とした。「五人は生きている。一人は……行方不明だ。それがお前の父親だ」

 ルードはクタルを見た。クタルは神妙な顔で頷いた。「俺は何も知らなかった。でもこの人たちの話を聞いてみろと思って連れてきた。どう判断するかはお前が決めればいい」

 ルードは再び手紙に視線を落とした。父の乱れた字。「もう時間がない」という言葉。

「考える時間をくれ」ルードは言った。「三日だけ」

「一日だけだ」男は言った。「時間がない」

 ルードは空を見上げた。初夏の空は青く高く広がっていた。この空の色は、裂け目の向こうでも同じだろうか。

「……わかった。明日の朝、返事をする」


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