影の国の設計図
13:00│影の国の設計図《The Blueprint of Shadow》
【今月のコラム:『運命のデータ化と、零れ落ちるもの』】
現代において、占星術はもはや神秘のベールを脱ぎ、統計学やアルゴリズムの影に隠れてしまった。
生年月日を入力すれば、AIが数万通りのパターンから「あなただけの運勢」を弾き出してくれる。それは非常に効率的で、無駄がない。だが、その完璧なデータの中に、私たちは果たして「納得」を見つけられているだろうか。
本来、│占い《セッション》とは対話である。星の配置という「冷たい記号」を、目の前の人間が抱える「温かい悩み」へと変換する翻訳作業だ。計算機が導き出すのは最適解であって、正解ではない。
合理性という名の世界樹に養分を吸い取られ、枯れ果ててしまう前に、私たちは一度立ち止まるべきだ。幸運も、不運も。その曖昧な手触りの中にこそ、人が人として生きるための│余白があるのだから――。
最後の一文を打ち込み、私はゲーミングPCをスリープに落とした。
派手なLEDの光が消え、ファンが静まるのと同時に、私は背もたれに深く身体を沈めた。
ミルクたっぷりの│ウバティー《紅茶》の香りが鼻腔に広がり、ようやく一心地着く。今回のようなコラムも書けば、│12星座占い《サン・サイン》のような大衆向けコーナーの監修もこなす。星の動きを読み解き、数万人の運勢を言葉に落とし込む作業は、案外体力を削るものだ。
「お疲れ様です、相談役」
「ありがと。……それにしても、│YDE《この会社》って私を働かせすぎだと思わない? なんでもできるからって、なんでもさせていいことにはならないと思うのよ」
ティーカップを置き、私はモニターの端に並ぶタスク一覧を見やりながら毒づいた。
「そうですね。私も│コネ《縁故》とはいえ新卒で入社して、こんなに色々とさせられることになるとは思いませんでした。相談役の秘書というだけで、相談役の後始末とか家事全般とか。……なんでもさせていいと思っている人は、確かにどこかにいるんでしょうね」
「……すみませんでした。感謝しております」
凛音の視線が、私のデスクの隅に積み上げられた資料と、乱雑に置かれたタロットカードや水晶、天球儀に突き刺さる。
「家庭ごみは私も手伝いますから、│商売道具《占術道具》はご自身でお願いします。扱いが分からないんですから」
「……わかってるわよ。これは私なりの『整理』の作法なの」
苦笑しつつ、私は広げっぱなしだった古い星図盤を丁寧に閉じ始めた。
夕方からは│シャドウ・レルム《VTuberチーム》の面々が、放課後の部活動のような賑やかさで来社する。彼女たちの前では、凛とした「ママ」でいなくてはならない。
「置かないでくださいね、そのままだと夕方の相談までに片付きませんよ」
「はいはい、了解しました」
都会の世界樹の梢で、デジタルな星を読み、アナログな道具を磨く。
私は、自分の足元を凛音に支えられながら、再び西新宿の空を見上げた。
16:00 │影の国の戦士たち《シャドウレルムコレクティブ》
西新宿のビル群が、夕陽を反射して鋭い琥珀色に染まり始める。
この時間になると、都会の世界樹の根元には、ネクタイを緩めたサラリーマンに混じって、制服姿の少年少女たちがぽつぽつと姿を現す。YDEのオフィスに「放課後」がやってくる時間だ。
「相談役、まもなく一組目が到着します。片付け、終わりましたか?」
凛音がインカムを調整しながら、厳しい視線を私に向ける。
「見ればわかるでしょ。……一応、体裁は整えたわよ」
私は、さっきまで広げていた星図盤をベルベットの布に収め、デスクの上を「ママ」としての顔に戻した。
ここ、YDEのコンテンツ事業部がプロデュースするVTuberグループ、『│Shadow Realm Collective』――通称「SRC」。
コンセプトは、ケルト神話をベースとした「影の国」。私がデザインし、設定を組み上げた「娘と息子」たちは、ネットの海では何万人もの熱狂を生む偶像だ。だが、その実態は私の「弟子」という構造を取っている。
何を隠そう、私自身もこのグループの頂点に君臨する存在――影の国の女王│スカアハ《スカサハ》として、その「側」を持っている。
普段は裏方としてプロデュースに徹しているが、年に数回の「女王降臨」イベントでは、私もフル・トラッキングのデバイスを装着し、バーチャルの肉体に意識を移す。長い紫の髪、血のように鋭い赤瞳、そして黒紫の鎧ドレスを纏い、二振りの槍を振るうその姿は、狂信的なファンから「真の女王」として崇められている。
私が描く「スカアハ」は、冷酷な支配者でありながら、弟子たちを導く導師だ。
そしてその弟子たちの筆頭が、唯一の男子メンバーである青狼クー。
「今回のクーの新衣装……少しショタ要素を強めすぎましたかね?」
凛音がモニターに映るキャラクターデザイン案を見て、冷静に指摘する。
「いいのよ、あれで。クー・フーリンが元ネタだけど、あえて14歳から16歳程度の華奢な少年に設定した。熱血で忠実、だけど甘えん坊。その彼が、女王の私を慕って、配信中に尻尾を振るように乱入してくる……。それがリスナーの、特に『守りたい』欲求を刺激するの。お姉さんメンバーたちとの関係も、色恋よりは『姉弟のじゃれ合い』に見えるように調整してあるわ」
SRCの調和は、この「弟属性」のクーを中心に、アイフェ、モリガン、ニーヴという個性豊かな「お姉さんたち」が彼を囲むことで保たれている。ファン層の間で起こりがちな「推し争い」や「炎上」を、ファミリー的な絆という緩衝材で防いでいるのだ。
「新衣装のフィッティングに、夏の大型イベントのディレクション。……そして何より、彼らの『中身』のメンテナンスね」
仮想世界という、甘くも毒の強い海に長く浸かりすぎると、どうしても現実との境界線がノイズのように曖昧になってくる。それを適宜、私が整理してやる必要がある。
「来ましたね。……やはり、一番乗りはあの少年です」
凛音の言葉と同時に、オフィスの重厚なドアが元気よく開け放たれた。
「師匠ママ! お疲れ様です! 今日の試練も頑張りますから、終わったら頭撫でてください!」
銀髪を跳ねさせ、リュックを背負ったまま飛び込んできたのは、他ならぬ青狼クー。
都会の世界樹に夜の帳が降りる前の、騒がしくも愛おしい「放課後」が、今始まった。




