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ミッドナイト・フォーチュンテラー  作者: 藍内 射尾
春風の滑走路

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幕間:Atelier Wisteria

幕間:Atelier Wisteria


ゴールデンウィークに入ったある日僕は父の車に乗って板橋にある祖父の工場「FUJISAKI WORKS」の駐車場にたどり着いた。

「父さんありがとう、トランクキャスターついてるけどやっぱ大変だから。」

「いいや。俺もマシンをオーバーホールしないといけないと思ってたからな。それにたまにはじいさんに顔を見せないとな。」


父さんとふたりでエスプレッソマシンを運ぶとカウベルの音が僕たちを迎える。


「│Atelierアトリエ Wisteriaウィステリア


│祖父の工場《FUJISAKI WORKS》は既に畳んでいるが工場の半分は内装を明るめに変えてレンタルワークスペースとして時間貸しをしている。作業スペースだけでなく切断用工具やミシン、万力、祖父が許せば(そして必要な資格を提示すると)旋盤やプレス機械、電気炉なども使うことができるらしい。徐々に奥に行くにつれ難易度や専門性が上がるのでここに来れば色々な人からアドバイスが貰える。

手前のアトリエ部分は改装した際に明るめの壁紙にかえられており、壁紙には淡いタッチの藤の花がえがかれている。


祖母曰く本当は藤棚を置きたかったそうだけれど立地の都合で叶わなかったために│祖父の工場《FUJISAKI WORKS》共同作業場に改装をするにあたり、このデザインとアトリエの命名権を得ることを条件に許可したのだとか。飾っているキャンパスや刺繍のいくつかは祖母の作品だ。


「いらっしゃい。今日もいい天気だ」

 受付カウンターの奥、祖父が読みかけの専門誌を置いて顔を上げた。引退したとはいえ、その眼差しは今も現役の職人の鋭さを失っていない。

 「じいさん、久しぶり。今日は晶の付き添いだよ」

 「なんだ、自分のエスプレッソマシンのついでだろう? こっちの作業台を使え。晶、お前は隣だ。……ほう、トランクに冷蔵機能を組み込むか。いい『整理』になりそうだ」

 僕が渡した概略図を眺めると祖父は短く笑い、僕に三番の作業台を指し示した。

 そこは換気扇の真下で、ハンダ付けや塗装にも向いている特等席だ。

 「よし、まずはバラしからだな」

 父さんは慣れた手つきで愛用のマシンのボルトを緩め始めた。僕も負けていられない。トランクの脇に、あらかじめ用意しておいた「素材」を並べる。

 市販の小型冷蔵庫のユニット、厚手の断熱材、そして予備のバッテリー。

 「お、アキラちゃん、それ冷蔵庫? もしかしてトランクに入れるの?」

 声をかけてきたのは、向かいの席で革小物を縫っていた女性――クラフト仲間のエミさんだ。彼女はこのアトリエの常連で、素材の「見せ方」にうるさい。

 「はい。夏に向けて、冷たい飲み物も出せるようにしたくて」

 「素敵じゃない! でも、金属のガワだけだと結露してトランクの素材を傷めるわよ。内側に撥水加工した帆布を張ったらどう? 真鍮の金具とも相性がいいし、私が端切れを分けてあげる」

 「ありがとうございます。……確かに、トランクが湿気るのが一番怖かったんです」

 エミさんのアドバイスをノートに書き留めていると、今度は電子工作をしていた大学生くらいの青年が、テスターを片手に覗き込んできた。

 「冷却ユニット回すなら、電源管理はシビアにやった方がいいっすよ。Ankerのポータブル電源、トランクの底ですよね? 熱がこもると効率落ちるから、この静音ファンを排気口に仕込むといい。音が静かなやつ、僕のストックにあります」

 「静音ファン……。ありがとうございます。相談者の話を邪魔したくないので、静かさは重要なんです」

 いつの間にか、僕の作業台の周りには小さな輪ができていた。

 DIY歴二十年というベテランの男性は「断熱材の隙間はアルミテープじゃなくて、この発泡ウレタンを吹け」と、魔法の杖のようにスプレー缶を貸してくれる。


ありものの冷蔵庫を取り付けて既存のトランクの外装に沿うようにガワを整えていく。

心強い協力者たちの助言はさらに続く


エミさんが僕のトランクを興味深そうに覗き込み、人差し指を顎に当てた。

 「ねえ晶くん、外装は金属のガワだけじゃ味気ないわよ。マグネットシートでパネルを着せ替えできるようにしたらどう? 木目調の薄い板とか、真鍮風のメタルパネルとか、季節で変えられるようにさ。夏は涼しげなブルーグレー、秋は暖色系とか。トランクが『その日の気分』で変わるの、絶対可愛いわよ」

 「着せ替え、ですか……」

 思いも寄らない提案に手を止めると、隣の作業台で溶接をしていたDIY歴二十年のベテラン、通称「親方」が面を上げて笑った。

 「おい晶、エミさんの言う通りだ。外装にマグネットプレートを仕込めば、後からパネル付け替え放題だぞ。薄いMDF板(繊維板)にマグネットテープを貼って、塗装したりステッカーを貼ったりな。俺のとこに端材があるから、木製パネルならいくらでも切ってやるよ。金属製がいいなら、アルミ板に真鍮メッキしたやつはどうだ? 祖父さんの工場の雰囲気にも合うぜ」

 親方はそう言って、作業場の奥から使い勝手の良そうな端材をいくつか持ってきてくれた。

 (マグネットで着せ替え……。トランクの外装が、誰かの心に寄り添うように変わる。夏は冷たい金属、冬は温かい木目。形から入る僕らしいかもしれない)

 「……ありがとうございます。それ、ぜひやらせてください。まずはこの夏を乗り切るための、涼しげなパネルから作ってみます」

 みんな、自分の「好き」を形にするためにここに集まっている。

 その熱量が、僕の迷いを消してくれた。

 「晶、みんなに助けてもらえてよかったな」

 父さんが、部品を洗浄しながら楽しそうに笑った。

 「ああ。父さんも、蒸気圧の調整うまくいきそう?」

 「完璧だ。これでまた、お前のコーヒーに負けないくらい力強いエスプレッソが淹れられるぞ。……晶の拠点が強くなれば、父さんも嬉しいよ」

 トランクという小さな城を、より強固に、より優しく。

 カン、カン、と真鍮を叩く音が、アトリエの喧騒に心地よく混ざり合う。

 数時間後。

 ユニットの仮組みを終え、親方に手伝ってもらって切り出した着せ替え用のパネルをトランクの側面に近づける。

 パチン、と吸い付くような感触。

 

 「……よし、動いた」

 ポータブル電源に繋ぐと、かすかな振動と共にユニットが冷え始める。

 僕は父さんと一緒に、キンキンに冷えた(試作機としてアトリエの冷蔵庫で冷やしておいた)はちみつレモンで乾杯した。

 「……生き返るな」

 「うん。おいしいね、父さん」

 アトリエの大きな窓からは、夕暮れに染まり始めた板橋の街並みが見える。

 夏の喧騒はすぐそこまで来ているけれど、今の僕には、この「新しい武装」がある。

 これからは、温かい飲み物だけじゃ癒やせない夜がやってくる。

 

 カチリ。

 新しく調整されたロックが、以前よりも深く、力強い音を立てて閉まった。

 それが僕にとっての、夏を迎えるための合図だった。



以上で二章終幕です。

ちょっと次の章に行く手前に閑話として4話ほどお付き合い下さい。

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