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ミッドナイト・フォーチュンテラー  作者: 藍内 射尾
春風の滑走路

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14/28

春分点:世界樹の摩天楼(前編)

 春分点:世界樹の摩天楼


 光が丘公園の夜霧が、嘘のように思える。

 僕と優子が立っていたのは、西新宿の空を鋭く切り裂くような、全面ガラス張りのオフィスビルのロビーだった。


「……晶、これ、本当に紫さんが呼んだ場所? 間違えてエリートサラリーマンの巣窟に来ちゃったんじゃない?」

 優子が、不自然なほどピカピカに磨かれた大理石の床を、スニーカーで恐る恐る踏みしめながら囁く。

 僕も、背負ったトランクの重みがこの空間では異質な「異物」に感じられて、無意識にローブの襟を正した。


 受付を済ませて現れたのは、いつもの藍色のストールではなく、スマートなセットアップに身を包んだ「職場の師匠」だった。

「はい、これ、私の名刺」

 差し出された真っ白な紙片を、僕は呆然と受け取る。


 『YDE(ユグドラシルデジタルエンターテインメント)株式会社コンテンツ開発部 開発相談役……青崎 紫』


「相談役……? 占い師じゃなくて?」

「占いは私しかこなせないけど、それだけで食うのは退屈でしょ。ここでは楽器の監修から声楽、動画編集、執筆……必要なら契約書の文言までチェックするわよ。雑誌の占いコーナーに寄稿したり、Vのプロデューサーをやったりもしてるわ」


「Vのプロデューサー? 番組制作ですか」

「いいえ、Vtuber。……私も出演してるけどね」


 その言葉に、僕の脳内は一瞬でフリーズした。あの「魔女」が、画面の向こうでキャラクターを動かして喋っている?

「……カタギな仕事はできないよなって思っていたけど、予想を遥かに超えてきた」

 僕が絞り出すように言うと、紫さんはフンと鼻を鳴らした。


「まぁ、いつまでも廊下にいちゃ他の社員君たちにも迷惑だから入りなさい」


 案内されたオフィスフロアの奥。そこにはパーティションを隔てて、ビル全体の洗練された空気とは隔絶された「異空間」が広がっていた。


 視界に飛び込んできたのは、数台のハイエンドなゲーミングPCが、紫色の冷却ファンを唸らせている光景だ。モニターの一つでは、特注と思われる占星術ソフトが膨大な星位データを高速で演算し続けている。

 しかし、そのすぐ傍らには、公園で見かけるような年季の入った天球儀、出所の知れない剥製、そして呪術的な文様が刻まれた銀の香炉が鎮座していた。


 デジタルな排熱と、オカルトな香煙が混ざり合う、歪な応接コーナー。


「……紫さん。ここだけ時間の流れが違うみたいです。師匠の職場、初めて来ましたけど……脳内がバグりそうですよ」

 僕が呟くと、横から優子が身を乗り出して食いついた。


「ちょっと待って、Vtuberプロデューサーって……紫さん、画面の向こうで踊ったりしてるの!? え、え、どんなキャラなの!? 私、今すぐスマホで検索していい!?」

「優子、落ち着け。……仕事の邪魔だろ」


 優子の元気なツッコミに、紫さんは苦笑いしながらベルベットのソファを指差した。

「いいわよ、別に。データが弾き出す『傾向』と、道具が語る『真意』。その両輪を回すのが私の仕事。……晶、優子ちゃん。喉が渇いたでしょ? 会社支給の豆だけど、そこそこのエスプレッソマシンがあるわ」


 紫さんがマシンのスイッチを入れると、規則的な振動と共に香ばしい匂いが漂い始める。

 ふと、自分のトランクから、今朝父さんが淹れてくれたコーヒーの残り香がかすかに鼻を掠めた。


 光が丘の夜の静寂。実家の『アンカレッジ』の温もり。そして、この西新宿のデジタルな摩天楼。

 今の僕は、その全てに支えられながら、このトランクと一緒に歩いているんだと、不思議な実感があった。


 最新鋭のオフィスビルの中で、師匠の「魔女」としての横顔が、モニターの光に青く縁取られていた。


 紫さんが淹れてくれたエスプレッソは、驚くほど濃厚で、都会的な味がした。

 デスクの一角。ゲーミングPCの排熱と、銀の香炉から立ち昇る沈香じんこうが混ざり合う不思議な空間で、師匠はモニターの一枚に複雑な星位図……ホロスコープを映し出した。


「いい、晶。占いっていうのはね、突き詰めると『男と女の会話』みたいなものなのよ」


「男と女……?」

 隣でカフェラテを啜っていた優子が、面白そうに身を乗り出した。


「そう。まず、こっちのモニターを見て。占星術や九星占い、四柱推命……いわゆる『データ系』の占い。これはね、論理的で解決志向の『ビジネスマンな彼氏』タイプよ」

 紫さんはキーボードを叩き、瞬時に数字の羅列を表示させる。


「生年月日や場所を数字に変換して、『土星がここにあるから、今は人間関係が制限されている。三ヶ月後に木星が動くから、そこが転機。成功確率は六十五%』って、データでズバズバ斬り捨てる。目的は『解決』。頼もしいけど、ちょっと冷たいわよね。悩んでいる人の『気持ち』を置いてきぼりにして、『こうすればいい、次!』って結論に急ぐから」


 確かに、以前図書館で読んだ占星術の本は、どこか数学の教科書に近い手触りだった。


「対して、あなたがトランクに入れているタロットやルーン、リソマンシー。これは『共感と寄り添いが得意な彼女』タイプよ」

 紫さんはデスクの端にある水晶玉に指先で触れた。


「『塔が出たわね。今、心が揺れてるけど、これは新しい始まりのサインよ』。イメージと言葉で包み込んで、今の気持ちを認めて、心を『整理』してあげる。目的は『癒やし』。温かいけれど、論理を求める人には『結局どうすればいいの?』って曖昧に感じられることもあるわね」


 紫さんは椅子をくるりと回し、僕の目を真っ直ぐに見つめた。


「彼(データ系)は問題を解決して、背中を強く押す。彼女(スピリチュアル系)は今、ここにいることを抱きしめてくれる。……ねぇ晶。どちらか片方だけじゃ、人は本当の意味で救われないのよ」


 僕は自分のトランクを、そっと手で撫でた。

 アルミの冷たい感触と、その中に詰まった石や布の柔らかな感触。


「データで客観的に『いつ、何が起きるか』を示しながら、道具を広げて相手の心と一緒に『今』を整理する。論理的な彼氏と共感的な彼女が、一人の体の中に同居している……それが、私の目指す占い師の姿よ」


「……なるほど。紫さんがデジタルコンテンツの会社にいて、夜の公園で石を振ってる理由が、少し分かった気がします、……紫さん。僕には、まだその『解決』の剣が鋭すぎる気がします」


 僕が漏らした呟きに、紫さんはエスプレッソの最後の一口を飲み干し、不敵に目を細めた。


「そうね。だからこそ、私が扱う『データ系』の占いの真骨頂をもう少し見せてあげる。例えば、これ」


 そういった紫さんが別のモニターを指差すと、そこには色鮮やかな円グラフや、複雑に交差する折れ線が表示されていた。

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