序章
初投稿です、よろしくお願いいたします。
普段はファンタジーを食べて生きています。
当作あんまり長くなる予定はないので隔日でストック出していきますね
深夜の光が丘公園は、巨大な生き物の死骸に似ている。
かつての成増飛行場。広大なアスファルトの滑走路跡には、行き場を失った夜霧が低く立ち込め、街灯の光をぼんやりと滲ませていた。
僕はトランクをベンチの横に置き、藍色の布で出来たローブを身に纏う。
……紫さんに『形から入ってみれば?』って言われて、ついこのローブを着ちゃったけれど。
最初は恥ずかしかった。でも、今は、この藍色が夜霧の中に僕を溶かし込み、誰かの「言葉」を受け止めるための盾になってくれる気がする。
「……雨、かな」
僕は夜空を見上げて、小さく独り言ちた。
今日はいつもより涼しいが、雨が近いのか湿度が異様に高く、ローブの中は不快な熱が籠もっている。
「おっはよ、晶!」
不意に背後から声を掛けてきたのは、クラスメートの朝倉優子だ。
なぜ学校の友人とこんな時間に公園で会うのかといえば、彼女が殆ど学校に来ず、ストリートでの遭遇回数の方が多いためだ。
「暇だったら、設営手伝ってよ」
「まぁいいけど?……ねぇ、蒸れない?」
「湿度高いからね……、まぁこれくらいなら大丈夫」
優子に手伝ってもらい、トランクから取り出したアンティーク調のランタンに火を灯すと、ようやく「占いの卓」らしくなってきた。
トランクを開くと、家を出る前に父さんが持たせてくれたコーヒーの残り香が、かすかに漂った。あの人はいつも、僕がここに来る前に、無言で一杯淹れてくれる。
「今日は何するの?」
「……今日は時間もないから、普通にタロットを使うよ」
僕の占いに、決まった形はない。
対象と会話するうちに状況を読み取り、道具を通じて「整理整頓」する。
水晶球の中にイメージが見えるわけじゃない。水晶越しに、ランタンの光に照らされた相手の顔を見つめることで、創造の翼を広げる――それが僕のスタイルだ。
「ここでやるなら、それくらいの勢いが必要よ。……あ、お客様」
優子の言葉と同時に、一人の女性が霧の中から現れた。
幽霊のように頼りない足取りで、僕の卓の前に立ち止まる。
「あの……お願いできますか?」
「はい。……優子、他を回ってきなよ」
優子が闇の中へ消えていくのと入れ替わりに、女性が向かいに座った。
園子さん。彼女が語り始めたのは、何を考えているのか分からない「彼」への、執着と不安だった。
僕は静かにカードを並める。
一枚、また一枚と、茜色の卓上に『星』や『死神』、それから『悪魔』のカードが置かれていく。
希望は遠くにあるけれど、今は強い執着が心の形を歪めている――。カードが示す運勢は、決して明るいものではなかった。けれど、僕はただ結果を告げるだけの予言者にはなりたくない。
「……彼氏さん、もう少しだけ、話してみたら……どうかな」
一通りのリーディングを終えた後、僕は小さな声を絞り出した。彼女は深く礼をして立ち上がり、再び霧の向こうへと消えていく。その背中に向けて、僕は最後のおまじないを掛けた。
「どうしても、つらくなったら……満月の夜に、南の方角に手鏡を置いて寝てみてください」
それが気休めであることは、僕自身が一番よく分かっている。
それでも、彼女が明日を生きるための小さな「錨」になればいい。
僕は一人、空になったカップを片付け、再び夜空を見上げた。
かつての滑走路。かつての戦士たちが飛び立ったこの場所で、僕らもまた、それぞれの明日という空へ向かって、不器用に助走を続けている。
夜霧の停泊所。今夜も、迷える船が静かに着岸するのを待っている。




