7.暗号
「ロイ、頼み事があるんだが」
「何?」
「クラウンの常連さんのリチャードさんからな、どうしても解読できない暗号があるから、代わりに解いてほしいって頼まれたんだ。お前に、だ」
クラウンとは、ジェームズさんの本屋の名前だ。
「別にいいけど……どうして僕に?」
「レストランで、お前が推理したことを知っているみたいだった」
「えーっ!」
思わず大きな声が出る。
一体、どこから聞いたんだろう。
「……嫌なら断っておくが」
「うーん……」
(悩むな。レストランの一件を知っているなら、断りづらい。
僕が推理できるってことを、もう分かっているわけだし。
かといって、安易に引き受けたら次も頼まれそうで嫌だな……)
リチャードは実業家で、顔が広く、本が好きな感じのいい人だ。
ロイと同じで、本が好きだという。
(確か……最近、娘さんを亡くされたって聞いたけど……)
「報酬はな、本を十冊。好きなものを選んでいいらしい」
「えっ……本を十冊?」
その言葉に、思わず目が輝く。
「本当に十冊も、くれるの?」
「ああ。間違いなくそう言っていた」
「やる! 絶対やらせて!」
ロイのやる気スイッチが、完全に入った。
「それは助かる。リチャードさんも喜ぶだろう。
今日は休みだと聞いている。早速、今から行ってきてくれ」
「はーい! 行ってきまーす!」
ウキウキした気分で、ロイは本屋を飛び出した。
(本を十冊もくれるなんて……なんていい人なんだろう)
ロイが上機嫌で去った後、ジェームズは小さくため息をついた。
「本当は“十冊”じゃなくて、“好きなだけ”って言われてたんだが……
それはロイには内緒にしておこう。
そんなことを言ったら、家中の本を持っていきかねないからな」
独り言のように呟く。
⸻
「よし、頑張るぞ!」
(絶対に、本を手に入れる!)
気合十分で歩いていると、ふと気づいた。
「……で、何で二人がいるの?」
気づけば、ロイの両隣にスティーブとルイーザが立っている。
「何でって? 可愛い弟には保護者が必要だろ。
それに、またお前の名推理が聞けるかと思うと楽しみでな」
スティーブ兄さんが、にこりと笑う。
「私は見張りよ。
誰かさんが本に浮かれて、仕事をサボらないように」
ルイーザは淡々と言った。
「わー、二人とも優しいねー」
ロイは棒読みで返す。
どうやら、ジェームズさんが二人にも同行を頼んだらしい。
(僕だけじゃ、頼りないって思われたのかな……)
⸻
「大きな家ね。さすがお金持ち」
「庭も綺麗だしな。俺もこんな家に住んでみたいよ」
ドアベルを鳴らすと、リチャードが出てきた。
「リチャードさん、こんにちは。暗号の件で来ました」
「おお、ロイくん。来てくれてありがとう。
ジェームズさんから連絡はもらっているよ」
リチャードは、ヒゲを生やした感じのいい男性だった。
「そちらの二人は?」
「初めまして。ロイの近所に住んでいるスティーブと申します」
「幼馴染のルイーザです」
「よろしく。イケメン君と、可愛いお嬢さんだ」
「いえいえ」「いやいや」
二人は慌てて否定した。
「さあ、上がってくれ。お茶を入れよう」
居間に案内され、三人はソファに腰を下ろす。
紅茶とお菓子が運ばれてきた。
(これ……高級なお菓子だわ。さすがお金持ちね)
ルイーザは心の中で呟いた。
⸻
リチャードは、三人の前に三枚の紙を置いた。
「これが、問題の暗号だ」
一枚目の紙には、こう書かれていた。
雲と豆、銀と星、姫とりんご、少女とマッチ
ヒント:私の好きな言葉
二枚目は、青い文字で書かれている。
A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T U V W X Y Z
男の子と女の子が青い花を探しに出かけました。
二歩進むと、可愛い花がありましたが青色ではありません。
七歩進み、おじいさんに聞いたら、まっすぐ進むと花畑があると教えてくれました。
九歩進むと花畑がありましたが、青色はありません。
十四歩戻ると、おじいさんが待っていて、青い花をくれました。
その瞬間、とても幸せな気持ちになりました。
ヒント:文章をよく読んで。
三枚目には、童話のタイトルが並んでいた。
マッチ売りの少女
人魚姫
赤い靴
眠り姫
ヒント:私はお父さんの体が心配です
これだけでは、すぐには意味が分からない。
「……これは、娘の遺書なんだ」
(遺書……?)
「先日、病気で娘を亡くしてね。
最期まで、ずっと私の体を心配していて……
穏やかな顔で逝ったよ。まだ十歳だった。
本当に、心の優しい子でね」
リチャードの声は、少し震えていた。
「娘さんのお名前は?」
スティーブが静かに尋ねる。
「グウェンだ」
「……いい名前ですね」
ルイーザがそう言うと、リチャードは小さく頷いた。
「亡くなった妻が名付けたんだ。
グウェンは、最期にこの暗号を遺していった。
娘の最後の言葉だから、何とか解きたくてね……」
部屋に、重い沈黙が落ちる。
⸻
「あの……グウェンちゃんの部屋を、見せてもらえますか」
「……ああ、いいよ」
案内された部屋は、青を基調とした内装で、星の飾りが散りばめられていた。
まるで星空の下にいるような空間だ。
「綺麗な部屋……」
「娘がいなくなってからも、手をつけていないんだ」
(……この部屋の本、全部童話だ)
「グウェンちゃん、童話が好きだったんですか?」
「ああ。特に『マッチ売りの少女』がお気に入りだった」
(なるほど……そういうことか)
ロイは、ハンチング帽の鍔を少し上げて、静かに笑った。
「他の部屋も、見せてもらえますか。
娘さんが、どんな生活をしていたのか知りたいんです」
「構わないよ。好きに見て回ってくれ」
⸻
家の中を見て回る。
(一見すると、どこも綺麗な家だ。
でも……おかしいのは台所だ)
(男の一人暮らしだから仕方ないかもしれないけど、散らかっている。
酒瓶も多い……ざっと見ても三十本はありそうだ。
それに、タバコの吸い殻も……)
(娘さんを亡くしてから…きっと眠れなかったんだろうな。“お父さんの体が心配”……三枚目のヒントは、これだな)
「書斎も見てみるかい? 本がたくさんある」
(本……!?)
「ぜひ見たいです!」
書斎に入った瞬間、ロイは息をのんだ。
見渡す限り、本棚が並んでいる。
どの棚にも、ぎっしりと本が詰まっていた。
「……ここは天国ですか!?」
(見たことのない本ばかりだ……
十冊だけなんて、とても選べそうにない……)
(よし、頑張るぞ!)
(……本も嬉しいけど、ちゃんと役に立たないとな)
「私もグウェンも、本が好きでね。
小さい頃は、よく読み聞かせをしたものだよ」
(童話……
やっぱり、あの三枚の答えは――)
ロイの中で、点と点が静かにつながり始めていた。




