26.血は本物か
ロイは倒れるギルバートに近寄った。
「ギルバートさん、大丈夫ですか?」
「ああ……平気だ」
ギルバートは苦しげに息をつく。だが——
(刺されたにしては、呼吸が乱れていないし汗もない)
ロイは目立たないよう、血の付着を観察した。
(血が“外側に散っている”のに、床に溜まりがない……。衣服の内側にも、違和感がある)
ロイはハンカチでそっと拭い、指先の感触を確かめた。
(……やっぱり)
「監督、病院へ行こう」
ウォーレンが言う。
「……ああ。マーカー、ついてきてくれないか」
ギルバートがマーカーに声をかける。
「ああ、分かりました」
廊下へ出る二人を見送りながら、ロイはエドガーに小声で言った。
「エドガー。次に狙われるのはマーカーさんかもしれない」
「え……?」
⸻
ギルバートが言う。
「準備してくる。少し待っててくれ」
「手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
ギルバートが去り、マーカーが一人になる。
懐から写真を取り出す。映っているのは笑顔のクレアだ。
「クレア……会いたいよ」
背後に気配がする。
その瞬間——
「やめた方がいいですよ」
ロイの声が響いた。
振り向くと、ロイ、エドガー、警部たち、ウォーレンが距離を取って立っている。
ギルバートが戻ってくる。
「はは。何を言ってるんだ。準備が終わったから来ただけだ」
ロイは静かに言った。
「さっきの件が本物なら、あなたは今こうして動けませんよね。
呼吸も、汗も、震えも……“体の反応”が合っていなかった」
エドガーが頷く。
「演技はできても、身体は嘘つけないってことだな」
警部が前に出る。
「君たちは、何を根拠にしているんだ」
ロイは答える。
「一つ。遺書と脅迫文が似た筆跡だったこと。
二つ。暗転直後の刺傷が不自然なこと。
三つ。今ここで、マーカーさんを一人にして近づこうとしたこと」
ギルバートの顔から笑みが消えた。
「……証拠は?」
「あります。点と点が、一本の線になっています」
ロイは言い切った。
「第一に、ベラさんの事故です。
落下した照明と装飾は、終演直後——片付けのタイミングで“狙ったように”落ちています。点検で異常がなかったのに、急に落ちた。
しかも舞台に上がったのは、監督であるあなたが掃除を頼んだベラさんだけ。偶然にしては条件が揃いすぎています」
「第二に、クレアさんの“自殺”です。
控え室から見つかった呼び出しの紙と、遺書の筆跡が一致した。つまり遺書は本人ではなく、犯人が用意した可能性が高い。
さらに、首の痕と、バトンに掛かっていたロープの編み目が完全には一致していません。——別のロープで絞め、あとから吊った偽装です」
「第三に、さっきの暗転です。
照明が落ちた瞬間、誰も動くなと警部が叫んだのに、あなたは“刺された”状態で倒れていた。
暗闇の中で足音も争う音もなく、腹を正確に刺すのは不自然です。演出としては派手でも、現実には成立しにくい。——だからこれは“襲撃”ではなく、“見せるための芝居”です」
ロイは一拍置き、視線を逸らさずに告げた。
「そしてあなたは、舞台を動かせる立場にいる。
動線も、機材も、人の配置も知っている。人払いもできる。
この三つの事件は全部、“偶然”では繋がらない。繋がるのは——舞台を操れる人物だけです」
警部が低く言う。
「つまり、舞台の人間の犯行……」
ロイが続けた。
「この連続事件の犯人は、ギルバートさんです」
⸻
「動機は何だ」
警部が問う。
ロイは言葉を選び、静かに告げた。
「嫉妬です。
ベラさんがマーカーさんと二人で会っていた。
それを“裏切り”だと決めつけた。
確かめるより先に、あなたの中で殺意が芽生えたんです」
ギルバートが小さく歯を鳴らす。
「……黙れ」
⸻
騒然の中、エドガーがマーカーに聞く。
「あっそうだ。浮気じゃないなら、なんでベラと二人で会ってたんだ?」
マーカーは震える声で答えた。
「……ベラに相談されてたんだ。監督に渡すプレゼントのことを」
ギルバートの目が揺れる。
ロイは静かに続ける。
「そして……もう一つ。これは推測ですが、マーカーさんとクレアさん、あなたたちは——血のつながった家族なんじゃありませんか」
全員が息を呑む。
ウォーレンが呟く。
「……どうりで似てると思ってた。目も、雰囲気も」
マーカーは頷いた。
「俺たちは幼い頃生き別れたんだ。両親が別れて、離れ離れになり、
大人になって再会し、同じ劇団に入った。
言わなかったのは……気を遣われたくなかったし、詮索されたくなかった。
二人で“黙っていよう”って決めたんだ」
マーカーの声が砕ける。
「でも……そのせいで、クレアが……」
マーカーはギルバートの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「返せよ……俺の妹を返せ!」
警官が引き離し、ギルバートに手錠がかかる。
⸻
ギルバートが連行される。
マーカーは崩れるように言う。
「全部俺が悪い……俺が隠したから……」
「違う!」
エドガーが叫ぶ。
「悪いのは犯人だ! あんたじゃない!」
ロイも頷く。
「嫉妬は目を曇らせます。
でも、遺された人は前を向くしかない。……そうでしょう?」
マーカーは、ゆっくり頷いた。
⸻
帰り道。
「ロイ、かっこよかったぜ」
エドガーが言う。
「みんなの協力があったからだよ」
エドガーが拳を出す。
「また一緒に事件、解決しようぜ」
ロイも拳を合わせた。
「うん。いいよ」
こうして悲劇の事件は幕を閉じた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
劇場で起きた連続事件は、ひとまず幕を下ろします。けれど、ロイの中には“別の幕”が上がり始めました。
次回は、ロイがある出来事をきっかけに、これから先ずっと胸に刻む信念を手に入れる回です。
よろしくお願いします。




