25.エドガーの推理
ロイたちは「現場を荒らさない」条件で立ち会いを許された。
舞台機構(バトン付近)に、クレアが横たわっている。
(この人は……『オセロー』のデズデモーナ役の人だ)
「死因は首吊り。現場の状況と遺書から、自殺の可能性が高い」
ハワード警部が言う。
「遺書……?」
エドガーが身を乗り出す。
「近くにあったんだ。内容は——“私は劇団の仲間たちに隠し事をしていました”」
ロイの胸がざわつく。
(内容が曖昧すぎる。
それに、なぜ“バトン”なんだ……もっと容易な場所はいくらでもあるはず)
ロイは静かに言った。
「警部さん。まだ可能性の段階ですが……はっきりさせるために、関係の深い人を三人呼んでもらえますか」
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集められたのは三人。
ギルバート(イアーゴー役兼・舞台進行を仕切る立場)
マーカー(オセロー役兼・座長/第一発見者)
ウォーレン(副官役兼照明担当)
エドガーが小声で言う。
「ロイ、なんでこの三人なんだ?」
「舞台全体の動線を知ってる人。機材を触れる人。発見者——最低限この三人だ」
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「関係は良好でしたか?ベラさんやクレアさんが誰かに恨まれていた可能性は?」
警部が問う。
マーカーは俯きながら答える。
「聞いたことはありません。ベラは皆に慕われていた。クレアは努力家で、初日を誰より楽しみにしていた。そんな二人が誰かの恨みを買うなんてとても思えない……」
そこへギルバートが刺すように言った。
「そういえばマーカー、お前はベラとよく二人で会ってたみたいだな。俺に黙って」
(恋人……?)
ウォーレンが眉をひそめる。
「そうなのか、マーカー」
「……はい」
「ふん。クレアという“恋人”がいながら、ベラに——」
「違う! クレアとは付き合ってない。ベラとも、やましいことは一切してない!」
警部が手帳を開き、淡々と言った。
「では、二件とも共通して聞きます。
ベラさんが倒れた終演直後と、クレアさんが発見された時刻——それぞれ前後一時間。君たちはどこで、何をしていた」
ウォーレンが先に答える。
「ベラの時は照明ブースです。終演後は片付けの合図を出すし、フェードアウトの確認もある。俺はずっとそこにいました」
「証明できる者は?」
「数人います。舞台袖を出入りしてたスタッフが、俺のところに声をかけてます。あと、照明卓を触ってたのも見てるはずだ」
(“照明ブースにいた”は強い。でも、そこは機材を触れる場所でもある——)
「クレアの時は?」
「控え室の方です。……一人でした。だから証明してくれる人はいません」
言い終わると、ウォーレンは視線を落とした。
次にマーカーが口を開く。
「ベラの時は更衣室で着替えてました。衣装のままじゃ動きづらいから。着替えの後、廊下に出て、舞台裏に戻ろうとして——騒ぎを聞いたんです」
「更衣室にいたことを証明できる者は?」
「……いません。俺、基本一人で着替えるから」
「クレアの時は?」
「飲み物を買いに外へ出ていました。戻った時には……もう」
マーカーの声が掠れる。
「誰かに見られていないのか」
「客席側の売店に寄ったけど、店員が俺の顔を覚えてるかは……分からない」
(外出は“抜け道”にもなる。だが本当に行っていたならレシートや防犯カメラに映ってるんじゃ——)
最後にギルバートが、肩をすくめる。
「俺は……監督だ。終演後は全員の指示で走り回ってた。
舞台、袖、控え室、倉庫。あちこち行くのが仕事だろ?」
「目撃者は?」
「いるはずだ。誰かしらと話してたからな。指示も出してる。……ただ、“ずっと同じ場所にいた”わけじゃない」
「クレアの時も同じか」
「同じだよ。むしろ本番翌日は段取りが多い。俺が動かない方が不自然だ」
(“忙しかった”は強い免罪符になる。けれど同時に、どこにいても不自然じゃない——)
ロイは三人の答えを頭の中で並べた。
(全員、決定打がない。
“誰かが嘘をついている”のではなく、誰でもやれる隙がある)
ロイは心の中で整理した。
(この三人のうち、誰が犯人でもおかしくはない。
でも——まだ断定はできない)
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ロイは鑑識が持つロープと、首元の痕を見比べる。
(痕の形が……少し違う)
ロイが口にする前に、鑑識が小さく言った。
「首の痕の形と、ロープの編み目が完全には一致しませんね」
ロイはエドガーに囁く。
「“自殺”って決めるには、まだ早いかもしれない」
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エドガーが突然、目を輝かせてロイの肩を掴んだ。
「ロイ!犯人が分かったぞ!」
「え? 本当に?」
「もちろんだ。俺はリー探偵事務所の次男だぞ。」
エドガーは咳払いをして、警部の前へ歩み出る。
「警部! 犯人は……」
一瞬、もったいぶってから、指を突きつけた。
「マーカーさん、あなたです!」
「は?」
マーカーだけでなく、周りの空気まで固まった。
「理由は二つ!」
エドガーは指を二本立てる。
「第一に、アリバイがない!
第二に、……えーと……」
「第二に?」
警部が冷ややかに促す。
「……第二に……」
エドガーの額に汗が浮く。
「顔が怪しい!」
「おい」
ロイが思わず小声で突っ込む。
マーカーは呆れたように目を細めた。
「少年。確かに俺には“証明してくれる人”はいない。だがそれは“犯人”の証拠にはならないだろ」
「いや、でも! 第一発見者ってだいたい怪しいし!」
「それはドラマの見すぎだ」
ウォーレンがぼそっと言い、団員の誰かが吹き出しかける。
警部が深くため息をつく。
「所詮子供か」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ“第三の理由”が——」
「エドガー、ストップ」
ロイが前に出て、きちんと頭を下げた。
「警部さん、すみません。今のは根拠が薄い推測です。混乱させました」
「……君は話が分かる。ありがとう」
警部が頷く。
エドガーは不満そうに頬を膨らませた。
「ロイ〜! 止めるなよ!いいところだったんだぞ!」
「どこがだよ」
ロイが呆れていると、エドガーは一瞬だけ黙り——
「……うっ。俺の推測もまだまだだな」
悔しそうに肩を落とした。
捜査員が戻ってくる。
「警部。控え室のゴミ箱から、丸めた紙が出てきました」
警部が開く。
『お前とマーカーの秘密を知っている。バラされたくなければ来い』
部下が言う。
「遺書の文字と似ています。正式に筆跡鑑定へ回します」
「……文面から見て、犯人側の可能性が高いな」
警部が低く言う。
ロイの背筋が冷たくなる。
(これで“自殺”は揺らいだ)
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その瞬間、照明が落ちた。
「……何だ?」
「おい、灯りをつけろ!」
ギルバートが叫ぶ。
警部が即座に命令する。
「全員、動くな! 足元に注意しろ!」
暗闇の中——
「ぐあっ!」
短い苦鳴。
「今の、監督の声か?」
ウォーレンが息を呑む。
非常灯が点き、明かりが戻る。
「ギルバートさん……!?」
ギルバートが倒れていた。腹部に赤い染み。近くにナイフが落ちている。
ロイは唇を噛む。
(暗闇の中で、正確に腹を狙った?
足音も、争う音もなかった。——おかしい)




