23.エドガー・アラン・リー
ロンドン西部エリアの古い劇場。ロイはシェイクスピア『オセロー』の舞台を観に来ていた。
隣の席には、ロイと同い年くらいの少年が座っている。
(この子もシェイクスピアが好きなのかな)
場内が暗くなり、幕が上がる。
「この俺がいつの日かお前を愛さぬようなことになるならば、世界は再び天地を分たぬ原始の闇に逆戻りだ」
(ああ、いい台詞だ)
(オセローが部下イアーゴーの嘘に騙され、愛する妻デズデモーナを疑い、破滅する物語——)
(嫉妬は目を曇らせる。本当に)
終演。拍手が鳴り止み、客席がざわめく。
「あー面白かった。舞台で観ると迫力が違うな」
ふと隣を見ると、少年は寝ていた。
「え……嘘だろ。こんな面白いのに寝るなんて」
ロイは肩を揺する。
「あの……終わったよ。起きて」
少年の目が開く。
「ん……え、もう終わった? うわ、見逃した……」
少年はロイをまじまじと見て首を傾げた。
「起こしてくれたの、君?」
「そうだよ」
「ありがとう。……君、どの学年? 年はいくつ?」
「え?」
「保護者いる? 送ろうか?」
ロイはむっとして言い返す。
「……中学2年だよ。こう見えても」
「えっ、本当か? 俺と一緒じゃん」
少年はニッと笑った。
「よし、ちょっとついてきて」
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【劇場ロビー/売店(kiosk)】
連れて行かれた先は、ロビーの売店だった。
「はい、これ」
渡されたのは紙コップ。
「コーヒー……?」
「さっきのお詫びな。あと起こしてくれたお礼」
「別にいいのに」
「遠慮すんなって。俺がやりたくてやったんだから」
(優しいな……)
「名乗ってなかったな。俺はエドガー・アラン・リー。エドガーでいい。よろしくな」
「僕はロイ・アーサー・ホーキンス。よろしく、エドガー」
⸻
【舞台裏】
「おーい、そっち片付けてくれ!」
ギルバート(30代)
——イアーゴー役兼、舞台進行を仕切るスタッフ(stage manager)。
「分かりました」
マーカー(20代)
——オセロー役兼、座長(劇団の中心)。
「ベラとクレアは?」
ギルバートが尋ねる。
「ベラは控え室。クレアは更衣室で着替え中です」
「そうか。終わったら手伝えって伝えてくれ。マーカー、お前も着替えてこい。衣装のままじゃ動きづらいだろ」
「じゃあ、これだけ片付けたら行ってきます」
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【控え室】
「ふぅ……ドレスって着替えるのに一苦労だわ」
クレア(20代)——デズデモーナ役。初主演。
「お疲れ、クレア。夢の初舞台はどうだった?」
ベラ(30代)——エミーリア役。劇団の姉貴分。
「最初はすごく緊張した。でも……それ以上に楽しかった」
クレアは満面の笑みだった。
「なら良かった。あなたの演技、最高だったわよ」
ガチャ。
「お疲れ。着替えが終わったら片付け手伝えってさ」
マーカーが顔を出す。
「はーい」
クレアが小声で言う。
「ねえ、今夜……少しだけ二人で話せる? 演技のことで相談したいの。」
「いいよ。今日は打ち上げがありそうだけど、そのあとで」
ベラがにやりと笑う。
「あらあら。仲がいいのね。……付き合ってるの?」
「ち、違う!」
二人が慌てて否定する。
「冗談よ」
ベラはからかうように笑った。
「ねぇマーカー。私も話したいことがあるの。近いうち時間、作ってくれない?」
「……いつもの話か。いいよ」
「ありがとう。じゃあ先に行くわね」
ベラが去ったあと、クレアは不安げに囁いた。
「マーカー……私たちのこと、変に見られてないよね?」
「大丈夫。うまくやってる。これからも、きっと」
⸻
【舞台上】
「ギルバート、来たわよ。私は何をすればいい?」
ベラが舞台に出る。
「舞台上のゴミを集めてくれ。固い物が落ちてたら危ないからな」
「分かったわ」
ベラが拾い始める。
そのとき——
ギシ……ミシミシ……
照明担当のウォーレンが顔を上げた。
「……おい。今、変な音しなかったか?」
「もう、何でこんなにゴミが多いのよ……」
直後——
ドンガラガッシャーン!
「ベラ!!」
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【ロイとエドガー/ロビー】
「エドガーはシェイクスピアは好き?」
「うーん、普通」
「じゃあ何で今日来たの?」
「知り合いにチケット貰ったんだ。だけど家族みんな興味ないってさ」
「もったいない……僕なら大喜びだよ」
「ロイは好きなんだ?」
「うん。シェイクスピアだけじゃなくて、本が好き」
「じゃあホームズは?」
「もちろん」
「だよな! 観察と論理で解くの、かっこいいよな!」
そのとき大きな音が響く。
ガッシャーン。
「な、何だ!?」
エドガーが立ち上がる。
「舞台の方からだね」
人がざわつく。
「ロイ、行こう!」
エドガーがロイの手を引いて走り出した。
人混みをかき分けて辿り着くと、照明や装飾の下敷きになった人影があった。
(……これは事故なのか?)




