18.花のブレスレット
ある日の昼、本屋クラウンでのこと。
「助けて下さい、探偵さん」
突然入ってきた女性が、切羽詰まった声で言った。名前はリリー。
「……探偵ではありません」
ロイは少しばかり呆れて言う。
「でもスティーブさんが、あなたは数々の事件を解決に導いた天才頭脳を持つ探偵だって……」
「とんだ誤解ですよ」
慌てて否定する。
(確かに解決に近づけたことはあるけど、警察や周りの方の協力があったからで僕一人の力じゃない。大体、天才頭脳を持つ探偵だなんて大嘘つかないでほしいな)
「祖母の形見のブレスレットがなくなったんです。お願いです。一緒に探してもらえませんか。今朝からあちこち探してるけど見つからなくて……」
「とりあえず話だけでも聞きましょう」
ロイが言うと、リリーは必死に頷いた。
「無くなったのは、リボンがついた花のブレスレットで……寝る前に枕の横に置いてたんだけど、今朝目が覚めたら無くなってたの。うちは花屋で、今日は店は休みなんだけど、母が出かけていて……出かける前に聞いたら、母は“触ってないし知らない”って」
リリーは不安そうに続ける。
「もし万が一、商品の花の中に紛れ込んでたら……それをお客さんが買ってしまったら、見つけることは難しいわ。だから今日中に見つけたいのに、どこを探しても見つからなくて……知り合いのスティーブさんに助けを求めたの」
(なるほど。だからスティーブ兄さんに僕の話を聞いて、ここに来たってわけか)
ロイはスティーブ兄さんを見る。スティーブはにっこり笑っていた。
「ロイ、困っている人がいるのに断るわけにはいかないよなー?」
スティーブが笑顔のまま言う。
「あのね……僕にも都合ってものが」
ロイが言う。
「なんだ用事があったのか?」
スティーブが言う。
「……実は、今日は店の手伝いを頼まれてて」
ロイは言いかけて、飲み込む。
(本当はそれだけじゃない。組織のこととか、手帳に書かれてる意味とか、考えないといけないことが山ほどある。第一僕は素人だ。探偵じゃない。なくし物探しは時間が読めない。今日中に見つけるなんて、簡単じゃない)
リリーさんに悪いけど断ろう――と口を開きかけた時。
「あの……悪いんですけど今日は――」
「ちょっと待った、ロイ」
スティーブが待ったをかける。
「何?」
ロイが言う。
「報酬のことを聞いてないだろ?」
「報酬?」
ロイが尋ねる。
「見つけてくれたらロイに本をあげるんだよね、リリーさん」
スティーブ兄さんが言う。
「ええ。あなたが本が好きって聞いたから……ウィリアム・シェイクスピアの初版本をあげようと思って」
リリーが言う。
「……え?」
ロイの表情が変わる。だがすぐに飛びつかず、確認するように言葉を選んだ。
「初版本って……どの作品の、どの版ですか?」
「祖母が集めていたの。詳しいことは分からないけど……ええと、たしか『ヘンリー四世』って――」
「初期クォート……?」
ロイの声が裏返りそうになる。
スティーブが横から、わざとらしく区切って言った。
「ウィリアム・シェイクスピアの初版本だ。初・版・本」
「初版本!?」
ロイが身を乗り出す。
「ほ、本当にくれるんですか?そんな貴重な物を……!」
目が輝いてしまう。
「え、ええ。祖母がシェイクスピアが好きだから集めてたみたいで。よかったらどうぞ」
リリーが言う。
「どうするロイ?やるか?」
スティーブが言う。
「……もちろんです。やらせてください」
ロイは即答した。
「じゃあ行こうか」
スティーブが言う。
「僕、支度してくるよ。表で待ってて」
ロイが言う。
「分かった」
スティーブとリリーが表で待つ。
「ねっ。俺の言った通りだったでしょう? 本の話を持ち出せばロイは引き受けるって」
スティーブが言う。
「そうですね。あんなに喜んでくれるなんて」
リリーが言う。
「それだけあいつにとって本はとても大切だってことだよ」
スティーブが言う。
⸻
ロイが出ようとするとルイーザに呼び止められる。
「ロイ、どこかに行くの?」
ルイーザが言う。
「うん、実はね」
ロイはルイーザに事情を話した。
「じゃあ私も行く」
ルイーザが言う。
「えっ、何で?」
ロイが言う。
「何でって……別にいいでしょ。女性の家に行くんだから、同じ女性の私が一緒の方が探しやすいでしょう? 」
ルイーザがそっぽを向いて言う。
「……それもそうだね。じゃあ行こうか」
⸻
ロイたちはリリーの花屋に来た。
「へぇー、ここがリリーさんの花屋さんなのね。いい香りがするわ」
ルイーザが言う。
(まあまあ大きいな)
ロイは店の奥行きと棚の配置を目で追った。
「上がって、私の部屋に案内するわ」
リリーが言う。
部屋に着く。
「さあどうぞ。うわっ」
リリーが何かにつまずいて転びそうになる。だがスティーブが咄嗟に支えたので転ばなかった。
「大丈夫?」
スティーブが言う。
「ありがとうございます」
リリーの顔がかすかに赤くなる。
「ニャオ」
下を見ると可愛らしい猫がいた。
「マーガレット、驚かさないでよ」
リリーが言う。
「可愛い」
ルイーザが言う。
「私の飼い猫よ。いつも私の部屋で寝ているの。外に出るのは苦手でね。私が連れ出さない限り“外(屋外)”には出ないの。……でも家の中、つまり店と住居の間は自由に行き来してるわ」
(なるほど。“外に持ち出した”線は薄い。でも家の中を移動する可能性は十分ある)
「じゃあ皆、早速探してくれる? いろんな所開けてもらって構わないわ。見られたらいけない所はとくにないから」
リリーが言う。
「ちょっと待ってください」
ロイが言う。
「どうしたの?」
ルイーザが言う。
「ただ闇雲に探しても効率が悪いです。昨日と今日の行動を振り返りましょう。寝る前まではあったのなら、夜中から今朝にかけて無くなった。その時間帯は猫が活発になりやすい。だから、猫の行動が関係している可能性があります」
「え? マーガレットの仕業ってこと?」
リリーが言う。
「まだ可能性の話です」
ロイが言う。
「昨日、何か特別なことをしましたか? いつもやってないけど昨日はやったこととか」
ロイが言う。
「明日は店の開店記念日だから、その準備をしていたわ」
リリーが言う。
「最近、マーガレットの行動に変化はありましたか?」
ロイが言う。
「うーん……いつもより活発な気もするわ。よく動き回るし」
リリーが言う。
「マーガレットは花のブレスレットに興味を持っていましたか?」
ロイが言う。
「ええ。いつもブレスレットのリボンにじゃれて遊んでいたわ」
リリーが言う。
(リボン……運ぶかもしれない。でも“隠す”タイプかどうかは、まだ分からない)
「他に好きなことはありますか? 何かを集めるのが好きとか」
ロイが言う。
「マーガレットは高い所が好きよ。何かを集めているのは見たことがないわね」
リリーが言う。
(高い所が好き……つまり“上”に持っていった可能性はある。でも猫は、高い所に隠すとは限らない。好きな物の近く、安心できる場所……まずは動線と、痕跡が残りやすい場所からだ)
ロイは部屋を見回した。棚の上、カーテンレール近く、タンスの上――猫が登れそうな場所はいくつもある。
(枕元の周り、ベッドの下、部屋の隅。それでも無ければ、店の方――リボンや紐が置いてある場所を重点的に探す)




