1. ロイ・A・ホーキンス
「面白い!!」
一冊の本を閉じて、少年は思わず声を上げた。
彼の名はロイ。
金髪の癖のある髪に青い瞳。少し大きめのハンチング帽がトレードマークだ。
十四歳にしては小柄で、そのせいで女の子に間違えられたり、実年齢より幼く見られたりすることも多い。
――背が低いのは、ちょっとしたコンプレックスだ。
ロイが読んでいたのは、ウィリアム・シェイクスピアの『ハムレット』。
(やっぱり、シェイクスピアはすごい)
彼の言葉に、何度心を救われただろう。
(「世の中には幸・不幸もない」……)
出来事そのものに意味はなく、どう受け取るかは自分次第。
そう語るハムレットの言葉は、ロイの胸に静かに染み込んでいた。
父を殺され、母はその仇と再婚する。
それでも彼は言った――
「世界が地獄に見えるのは、私の心がそう思っているからだ」と。
(もし、僕が同じ立場だったら……)
絶望せずにいられるだろうか。
僕には、もう両親がいない。
五歳のときに母を病気で亡くし、九歳のときに父も病気で死んだ。
体の弱かった母はともかく、父はずっと元気だった。
だから、あまりにも突然だった。
(本当に……病気だったのかな)
そう思ってしまう自分を、ロイは心の中で戒める。
疑う理由なんて、どこにもないはずだ。
「ロイ、本は並び終わったか?」
「うん。終わったよ、ジェームズさん」
声の方を見ると、穏やかな笑みを浮かべた男が立っていた。
この街角の小さな本屋の主人――ジェームズ・フェアチャイルド。
彼は、ロイの保護者であり、
そしてロイの幼なじみ・ルイーザの父親でもある。
ロイが両親を失ったあと、ジェームズは本屋の手伝いとしてロイを迎え入れた。
正式に一緒に暮らしているわけではないが、
食事の世話や生活の相談には、いつも彼が乗ってくれる。
(それでも……)
不思議なことに、ロイはジェームズのことを
「初対面の大人」だとは、どうしても思えなかった。
(……前にも、会ったことがある気がする。ルイーザと会うよりも前に。)
それがいつなのか、どこなのかは思い出せない。
ただ、ずっと昔から知っていたような――そんな感覚だけが残っている。
(親父の古い友人、って言ってたけど……)
父の口から、ジェームズという名前を聞いた記憶はない。
それでも、ロイは深く追及しなかった。
秘密は、誰にでもある。
ジェームズはいつだって優しかった。
愛のある説教はあっても、暴力は一度もない。
本を読む時間を大切にしてくれて、ロイの考えを否定しなかった。
僕にとって――
この人は、間違いなく「家族」だ。
小さな街角の本屋。
客は多くないが、静かで、落ち着く場所。
古い紙とインクの匂いが、ロイは好きだった。
ロイは本棚から、もう一冊の本を抜き取る。
『シャーロック・ホームズ――緋色の研究』
(次は、これを読もう)
そのとき、店の外を一台の黒い車が静かに通り過ぎた。
昼間だというのに、窓はスモークで中が見えない。
ジェームズが、一瞬だけ視線を上げる。
ほんの一瞬。
それだけだったが――
ロイは見逃さなかった。
(……今の顔)
まるで、何かを警戒するような。
あるいは、思い出したくない過去を見たような。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
ジェームズは、いつもの穏やかな表情に戻っていた。
そのときのロイは、まだ知らなかった。
自分が、やがて数々の謎を読み解くことになることを。
父が、ただの「病死」ではなかったことを。
そして――
自分の過去の裏で、巨大な組織が静かに動いていることを。
物語は、まだ始まったばかりだった。
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