あみだくじで決まったような縁だから
母は私を息子だと思っていない。
比喩とか、絶縁とか、そういうものではなく。
同じ屋根の下にいる私のことを、娘とすり替わって生まれて来た異物だと思っている。
私の代わりに生まれるはずだった、娘がいるらしい。まーちゃん。母は今日もまーちゃんを探している。
はじめから二人目の娘が欲しかった母のもとに、どうして男の私が生まれたのかはよくわからない。
大概の親はそれでも可愛かったり、我慢して育てるのだろうけれど、たまたま、私の母は耐えられなかった。そうして母のこころは、ヒトの枠からはみ出しながら壊れていった。
気分で始まる罵倒。理由はなんでもいい。どんなに荒唐無稽な話でも、母は私が母を貶めようとしていると信じて疑わなかった。
麦茶に毒を入れたのだとか、寝ている間に首を絞めようと狙っているとか。何かの行いが人としてなっていないとか、こころを正さないから容姿が醜いとか。
悲しい経験値は山のように積み上がって、破裂したように癇癪を起こす母をやり過ごすことだけが、少しずつ上手くなった。
あるとき、結婚を考えていた相手がいた。今から考えれば、最初から付き合わなければ彼女を傷つけることもなかったと思う。要は私が馬鹿だった。その程度の話だ。
彼女を娼婦呼ばわりした母。彼女はそれで離れていった。私は自身の考えの甘さを心底後悔し、1年と少しのあいだ過ごした親しさと思い出に満ちた日々は、その鮮やかさをそのまま残して呪いと化した。
私もそのときは耐えかねて家を飛び出した。隣県に借りたアパートに住み、数ヶ月の間、糊口をしのぐだけの仕事をしていたとき、興信所を使って私を探し出した親戚が訪ねてきた。
アンタのお母さんだろう。頼むから家の中で何とかしてくれ。
それが親戚からかけられた言葉のつまるところだった。いつの間にか母も私も、親戚すべての安寧を脅かす敵になっていた。それを止められなかった父もまた。
私のことがあれほど嫌いだった母は、私が蒸発したあと親戚中を暴れ狂いながら私を探したのだという。
私を愛していたわけではない。私に奪われた金と時間と労力を、必ず奪い返すために奔走していたのだと、今ならはっきりわかる。
まーちゃん。母のもとに生まれてくれなかったまーちゃん。優しい美しい賢い、天使みたいなまーちゃん。
宅男。幸福を邪魔するみたいに弱い身体と相性の悪いこころを持って生まれた獣のような醜い息子。
なぜだろう。なぜ親子はこういう組み合わせで生まれることがあるのだろう。
心療内科の先生にも私がいかに母親に冷たいか訴えかける母。病んだ金切り声は、投薬治療では治ることはない。医師は言う。お母様の病気はどこから病気でどこから気質かよく分からない。と。
ああ、なぜ、なぜ。愛情の無為さを知らしめるためか。それとも、遠くからながめて喜劇のように滑稽さを味わうどこかの誰かのためか。
多分どれでもありはしない。たまたまこう生まれたし、生まれたものは生まれたものだ。それだけのことだ。
深刻に考えることは、たぶんないのだ。あみだくじで決まったような親子の縁だから。
辛いことは話すより書くほうが発散できる。でも書くのもまた辛いという謎。良薬口に苦し……なのか?




