幸福をくれるおかっぱの子ども
ある寝苦しい夜、宿屋の亭主はふとなにか奇妙な感覚を足元で感じて目を覚ました。
一体なんだと目を擦りながらそちらへと視線を向けると、そこには赤い着物を着たまだ五つか六つほどに見えるおかっぱ頭の子どもがニコニコしながら立っていた。
暗い部屋であるにも関わらずその子どもははっきりと見える。それだけでもこの世のものではないことがうかがえた。
「幽霊、か……? いや、まさか……」
いままで幽霊騒ぎなど起きたこともない宿である。だがその姿をよく見るうちに亭主はある可能性に思い当たった。
座敷童子。
住んでいるとそこに富と幸福をもたらすと言われている妖怪である。よくよく見てみるとその姿は聞いていた座敷童子の姿そのものである。
こりゃ良い、と亭主は大喜びした。もう少し宿を繁盛させたいと思っていたところなのだ。
ここで座敷童子を逃がしてしまうと大損だ。日が昇ってもまだその子がそこにいることを確認した亭主は大急ぎで玩具やお菓子を買ってくるとその子の前に置いた。
「な、これをやるからここにいてくれ。欲しかったらもっと買ってくるから」
子どもはニコニコ顔をしながら頷くとお菓子に手を伸ばす。
美味しそうにお菓子を頬張る子どもの様子を見て亭主は満足気に頷く。これで座敷童子は居着いてくれるだろう。
亭主はその思いに突き動かされていままで以上に張り切って働き始めた。
その甲斐あってなのか、それとも亭主の信じるように座敷童子の加護なのか。宿はどんどん繁盛していき、ついにはもう一つ新しい建物を建てられるほどになった。
それが決まったその夜、亭主は例の子どものいる部屋へと行くといつもと同じように子どもにお菓子を渡した。
「いつもいつもありがとうな。これからもいてくれよ」
その言葉に子どもは頭を振ると、もぐもぐとお菓子を頬張りながら初めて言葉を発した。
その言葉に亭主は肝を潰す。
「もう飽きちゃったから、ここ離れる」
そしてその言葉が終わると同時に煙が消えるようにすっと子どもの姿はかき消えてしまった。亭主の頭に座敷童子のもう一つの逸話が浮かぶ。
座敷童子がいなくなると、それまでの反動であるようにその家は没落してしまうというのだ。
一体なんでこんなことに、と亭主は頭を抱える。
翌日から亭主はいままでが嘘だったかのように気の抜けたようになってしまい、それに合わせるように客足も遠のいていき、ついには宿を手放さざるを得なくなってしまった。
「あそこの宿、潰れちゃったんだ」
自分の姿が伝承の座敷童子と似ていることなど知らないその浮遊霊は、今日も人の家に勝手に上がり込んではお菓子を頬張りながらそう呟いた。