ある男のプロローグ
初投稿です。夜永思想と申します。
主人公の視点は次回からになります。
よければ1話前編までは、読み続けて頂きたいです!結構様変わりしますので……!
陽の光が影に飲まれた、真っ暗な昼の森。
俺の祖国であるオールブライト王国と、つい最近まで戦争をしていた、魔物の領域であるケイオス連邦。両国の境に位置する深森に、俺は迷子になり途方に暮れていた。
今日の仕事は早朝からの街の警備。
オールブライトとケイオスの国境付近は、和平協定が結ばれても未だ治安は良くない。
人気のない場所では、瘴気から自然発生をする理性なき魔物がわらわら出てくるし、国の中心から離れれば離れるほど人の治安も悪くなる。
せめてもの対策として魔物の発生する暗い場所、つまりはこの森の入口で警備をしていたのだが──――。
「おじさん、たすけて!」
出勤してから数時間後、小さな子供が俺に泣きついて来た。容貌からしてこの辺に住んでいるのだろう。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん」
おじさんと呼ばれるにはまだまだ若いと自負しているが、しかしそんなことにいちいち突っかかるほど大人げないことはしない。子供には優しい声色で聞き返した。
「えっと、あの、うちの弟がね、森に行っちゃったの」
それから色々あって俺が探しに森へ向かったのだが、男の子を見つけたはいいものの、途中で魔物と出くわしてしまったのだった。
俺が囮となって男の子を先に逃がし、森を駆け回り、そうして現在に至るわけである。
森は暗くて、嫌な音を出てていた。息が詰まる。足がもつれそうだ。いつ倒れてもおかしくない。
まるで無我夢中で走り回っていた俺を冷やかしているようで腹が立つが、同時に焦りも逆撫でられていた。
「ここ、ほんとにどこだ? もう方向もわかんねぇっての……」
唯一声をかけてくれる風も、さすがにそんなことには答えてくれない。
まだ昼時のはずなのに薄暗い森は、生い茂った木の葉の隙間から若干の光を通しているのになんだか不安だ。
それに、どんどん葉のざわつきが激しくなっていくような気がする。はやいとこ抜け出したいが、それも難しいだろう。
そんなことを考えていると、嫌に耳に残る唸り声が聞こえた。
先程追いかけ回してきたやつか他のやつか、犬の姿の魔物が茂みの隙間からのそりとこちらへ近付いてくるのが見える。
隠れようにも、既にこちらを狙っているのでまた逃げ回るしかないだろう。だが、もう体力も限界だ。いずれ疲れきった足が動かなくなり、俺は魔物に食われてしまう。そんなことは安易に想像できた。
「そこの貴方」
段々と魔物が集まる中、透き通った声に唐突に話しかけられた。
「は、はい!」
この森に似つかわしくないような美しい声色が、足音を立てずに知らぬ間に俺の背後に気配を置いた。
振り向くと黒い傘を携えた美麗な顔立ちの青年が、増え続ける魔物を挑発するように睨んでいる。
「その道を真っ直ぐ走って。建物が見えるまで足を止めないでください」
大勢の魔物に睨まれているというのに、彼はとても落ち着いていた。自分と対比しているうちに、自身の怯えも少しだけ収まり、冷静さを取り戻していく。
「はっ、はい!」
返事をすると同時に大きく息を吸った。
吸いきって、すぐに一歩前へ進む。
息を吐いて、吸って、進んで、早めて。
いつの間にか、自分の背の方向へ置いていった魔物は随分遠くの気配となっていた。
しかし、不気味な静寂に包まれた森には少しの音でも木霊して耳に届く。あと数秒で魔物に追いつかれるのだと、勘がした。
また走って、走って、走り続ける。
建物なんて全く見えない。少し道を逸れたか?
どんどん不安が積もり始めた。木々がカサカサと揺れ始める。追いつかれれば、俺は確実に死んでしまう。息が上手くできなくなってきた。足はもつれて、動くのもやっとのこと。
おどろおどろしい森に取り憑かれたように、腕で空気を必死に掻き乱して、半狂乱で足をはやめた。
やばい。あと数メートルで、あと数秒で、追いつかれる。振り向く度に底知れぬ恐怖が襲いかかった。
「や、やめ……っ」
死を覚悟して、目をつぶる。
「弓星よ、力を貸したまえ!」
瞬間、まぶたの裏でも分かるほどに眩い閃光が流れ星のように降り注いだ。
地面に何かが勢いよくぶつかって砕ける音が、爆発音のように大きな音を反響させる。
「そこの貴方、早く立ち上がりなさい。門は開いています」
俺が先程まで走っていた方向に、大きくて真っ白な建造物がそびえ立っていた。
そして門の上には一人の少女が魔物を待ち構えているかのように、堂々と立って空に手を掲げている。増え続ける魔物に向かって、彼女は空から沢山の光の矢を放ち続けた。先程の魔法は彼女が放ったものだろう。
星の名を冠する魔法の使い手はかなり稀少で、それこそ近年での使い手は聖女様ただ一人のみと聞く。
しかしその聖女様も戦争が終わって間もなく亡くなられた。
「はやくこちらへ来てください!」
喝を入れた少女は、また新たに矢を放つ。
大きな声に驚いて、俺は初めて彼女を見た。
────なんて美しい白髪なのだろうか。
白い髪は逆立つ魔力の色で、金色に散り散りと光っていた。そして、夕暮れよりも情熱的な深いオレンジ色の瞳。
「はやく!」
ハッと我に返る。爆発音に乗じて、無理やりにでも立ち上がった。
もう身体は悲鳴をあげていたが、それでも門へ無我夢中で走りつづけてやっとの思いで潜り抜ける。
発車時間ギリギリの星屑列車へ、車掌の慈悲でギリギリ乗り込んだような、そんな気分だ。
しかし、安息も束の間。魔物達はどんどん集まって大きくなり、この大きな門よりも肥大化する。犬型は保ったままだが、何しろ大きい。気高い門の上に立つ少女も、簡単に引っ掻かれてしまうほどに。
「双子の星よ……ひゃっ」
少女は光を発することも叶わず、門の外側へ足元を崩されて落ちていく。
「……っ、金色の羊よ、星の加護を!」
驚いた素振りを見せたものの、少女は星の力で落下地点に金羊毛を召喚して己の身を守ってみせた。小さな光る魔法陣と共に現れた金羊毛は、咄嗟に召喚した影響なのかギリギリ少女を守れた程に小さい。
しかし相手は、容赦なしに足元にいる少女を踏みつぶそうと動き始めた。
「ま、まずい!」
俺はボロボロの槍を握りしめ、少女と魔物の間に割り込んだ。今にも朽ち欠けそうな槍は、魔物の足をくいとめながら悲鳴を上げている。
「今のうちにっ、逃げろ!」
数秒でも俺が耐え凌げば、彼女は魔法で魔物を攻撃出来る。
「で、できないんです」
先程の勇敢な少女の影は、跡形もなく消えていた。
「門から外では、勝手に動いてはいけない契約で……」
「……君は、」
突然の鉄が割れる音。
俺を支えていた槍が、二本に増えた。半分の長さとなって。そうしたらもう魔物の足はグンと着地が進んでいく。
「こんの、やろ!」
せめてもの抵抗としてバキバキとひび割れた先端で足裏を交互に突っついた。意外にも効果てきめんで、相手はよろけたり怯んだりで時間が稼げそうだ。
だがしかし、稼いだとして何になる。
俺が離れればどちらも踏み潰される。少女も踏み潰される。どうすればいい?
冷や汗が徐々に増えていく。考えれば考えるだけ、相手は順応していくだろう。
「ぐっ……!」
せっかく助かった命が恩人と共に散っていくなんて、なんて無様だろうか。
子どもの頃、戦争のさ中で迷子になった俺を助けてくれた兵士に憧れて、戦いから子供を守れる仕事に就いたというのに。
「ああくそ、最後に花でもやりゃよかった」
走馬灯というやつだろう。ふんわりとした一瞬の静寂が、恋人の顔を思い出させる。死を覚悟したその時だった。
「少し、眩しいですよ」
透き通る声が雷のように重い一撃を放った。
それと同時に、俺の頭上はぽっかりと穴があいて目の前には倒れた魔物と、魔法でできた、輝く剣。
一瞬の攻撃が残像をギラつかせ、相手をひと振りで圧倒する。
「お怪我はないですか、ノエレット様」
「えぇ……平気です、ありがとう。今日は曇りでよかった」
青年はいつの間にか剣を手放しており、一ミリも動かずに羊毛へ伏せていた少女を抱きかかえる。
「門の中へ」
弱々しかった少女の瞳は、真っ直ぐで乱れのない真剣な眼差しへと切り替わった。そんな彼女に促されて、俺はそそくさと門の中へ逃げ込む。
未だ呻く犬の魔物は、消えた自分の足を探すようにじたばたと忙しない。
「乙女の星よ、剣に輝きを分け与えたまえ」
少女は右手を空にかざして、膨大な魔力を秘めた大きな魔法陣を展開させる。星々のような黄金を全身に宿し、夜空よりも明るい陣はとても美しい光を宿していた。
「剣よ、秘めし輝きを解き放て」
少女の魔法陣から流れ出た煌めきを、輝く剣が吸収していく。煌めく剣は、一層輝きを増大させて月よりも眩い力が放たれた。
森は嘘みたいに静寂を取り戻し、淀んだ空気が少しマシになった気がする。
俺はその場に尻餅をつき、息を荒げた。
今のは……何が起きたんだ? 一振りで、あの化け物を……。
魔物は一瞬にして灰となったのだ。
「──お疲れ様、迷子の方」
灰が全て地面へ消えた時、門の内側から声をかけられた。
青年に抱えられていた少女はいつの間にか立ち上がっており、へたり込む俺の様子を伺うように覗き込むようにしている。
「あ、ありがとうございました。助けていただいて、なんとお礼を言えばいいか」
「私も、貴方に命を救われました。それにお礼なら彼……リオンに言ってください」
彼女が視線を向けた先には、いつの間にか戦闘態勢を解いた青年が立っていた。
その手には、先ほど魔物を斬ったはずの光剣はもうなく、彼女を守るようにしてただの黒い傘だけが握られている。
傘の内側には当然のように少女が佇んでおり、光を通さないはずの中は彼女の美しいオレンジ色の瞳が強く輝いていた。
まるで、今の戦いが幻だったかのように幻想的な二人だ。
「……俺は、夢でも見てるのか?」
思わず口をついた独り言に、青年は一歩だけ近づいてひと言こう告げた。まるで少女たちが見惚れる、童話の中の王子のように彼も輝かしい。
「幻ではないですよ。――さぁ、門の中へ」
短い言葉なのに、有無を言わせない迫力があった。俺は促されるままに門の内側へ足を踏み入れる。
そこは美しい庭園だった。花が咲き誇り、草木はきちんと整えられて、みずみずしい雫が虹の跡のように綺麗に反射している。
まるで楽園。美麗な二人を体現しているよう。
「そうだわ、花がどうと言っていましたね。今日のお礼にこちらを差し上げます」
ふと思い出したかのように、彼女はパタパタと急ぎ足で庭の奥へそそくさと向かっていった。
「あ、お嬢様!」
それに合わせて傘持ちの青年も駆け足になる。どうやら、彼女が傘からはみ出ないようにしているみたいだ。
浮世離れした印象があったが、微笑ましい光景が何とも身に染みる。非日常でありながら、彼女らの感性や行動は日常的で、つい緊張が解けた。
「お待たせしました。その、よかったら、こちらの花をどうぞ! ……どうかされましたか?」
「あぁ、いえ。なんでもありません。その……いいんですか? 大事に育てられていたのでは」
戻ってきた彼女から渡されたのは、まだ新鮮で瑞々しいままの、簡易的に包装されたオレンジ色の薔薇だ。
「いいんです。それに、そろそろ剪定したいと思っていたので良い機会です」
「なら、お言葉に甘えて……大事に、飾ります」
「是非」
彼女は花のように優しい笑顔を見せた。
その後、俺は安全に送り届けられて花を握りながら家へ帰った。今日の出来事が、俺の人生を大きく変えることになるとは知らずに。
この国には、魔物との和平を反対し一匹残らず殺すべきだと主張する和平反対派と、話が出来る魔物とはいい関係を築こうと主張する和平賛成派の二派閥が存在する。
中立だった俺は今日の出来事で決心した。
彼女が笑っていられる未来こそ、俺が剣を振るう理由だ。恩を返すのだと。
────あの森の奥深くで暮らす少女、ノエレットは吸血鬼族の長の娘。外界の全てを禁じられた少女。
魔物と人間の間に公平な橋をかけるために、何をしてでも力になる。
今日出会った子供に、自由でより良い未来があって欲しいと願いながら、穏やかに薔薇を見つめた。
誤字ってたら泣きます。ぼえ〜〜〜!!!!!!!