犯罪者アーサー
ロンはため息をついた。貧しい地区で盗みや犯罪、人から裏切られるのはしょっちゅう、人の死も身近だった。それでも母親に物心つくことから信じ込まされていた。
「あなたは何にだってなれる」
それで彼は確かに秀才になれたが、集団生活や組織に従うことになれずに、結局、ITやエンジニア系のスキルをてにしても、いくつもの職業を転々として、探偵へと行きついた。
そこであの“丘”にたどり着いた。VR世界で唯一孤独に、あるいは自由になれる場所、偽の賑わいを見せる偽の世界での生活。結局彼は母親からにげていたのだ。
思い出すのは、半年前の事、彼女はそこにいた。
「友達連中からハブられた?それだけでこの空間にきたの?」
探偵のロンは隣に座る。VR美少女アバターに話しかけた。その一方で彼は頭の隅で別の事をかんがえていた。
彼が探偵業を始めた理由は母親の残した罪を償うためだ。悩みの種は、アーサーというねじれた髭とサングラスをつけた長髪のキャラクター。これがVR世界で人気を博している。これはロンの母親の作ったキャラクターで、母親は精神疾患を患い、アーサーという別人格をもっていた。近頃この美少女に、母に近いものを感じていた。
母親の精神疾患はひどいものだった。幼いころから彼が世話をした。嫌な思い出だ。
「母さん?一人で考え込まないで、僕が相談にのるよ」
幼いころからほとんど彼一人だけが、彼女の支えだった。
「いつもすまないねえ、でも、人の事ばかりやっていると、お前の人生がすり減ってしまうよ」
そういいながらも、アーサーの人格になると手が付けられなかった。彼が成長するにつれて、それはますますひどくなっていった。そしてそれも成人するとなくなった。母はしんだのだ。いまでも母親のように困った人をみると、母の事を思い出してしまう。母は、最期に大事件を起こしたのだ。金融街に突っ込んで乱射事件を起こした。
「はあ」
少女の影で彼はひっそりため息をついた。すると少女の幻影も消えた。
母が死んでから顔を変え、住居を移し、人目を忍んでくらしてきた。そのせいか、インターネットに居場所をみつけたのも必然とも思える。2350年現在、VR空間を提供するサービスは今ではいくらでもあり、触覚や、嗅覚、五感に関する試験的導入も増えていった。しかしもちろんそれによる事故も増えた。ハッカーは五感に強烈な刺激を加えたり、機械化した人間の一部にウイルスを侵入させた。
「またこれだ……」
傍らのインターネットブラウザーで情報をあさるとニュースがでてきた。アーサーによる事件。アーサーは模倣犯を大量に生んでしまった。この国、いや世界中でグローバル化による格差がうまれ、あるいはそれを本来、まるで関係ない相手にぶつけるような凶悪犯罪も増えた。しかし犯罪といえども、人々には救いはすくない。たとえばVRだろうか。
彼が見るニュースサイトでは、金持ちを狙ったハッキングが相次いでいる。身体への攻撃や、情報を盗み取ったり、身代金要求など。
かといって、彼もVRを信じ切っているわけではない。まるで決められた法則の中の存在である事を要求され、そしていかなる力もえる事ができるが、無責任な流行も増えた。ネットワーク上のミームであったアーサーは、ネットワーク内の様々なゲームやアプリで悪さをすることもあったが、ただ現実に危害を加えることはなかった。そもそも精神疾患をもった母親が、ネットのおもちゃとなり金融街につっこんだというセンセーショナルな事件をからかうあてつけの意味合いもあったのだろう。だが次第にそのメッセージ性を真に受け摸倣する人々も現れたのだ。そして自体はどんどん過激になっていった。
「俺は夢をかなえられなかったけど、母さんは夢を叶えたね」
皮肉交じりに呟く。無力感に空を仰いで、また彼女との記憶に立ち返る。
「シア……」
初めての出会いを思い出す。
「はあ……」
「やっぱりだ」
「え?」
「30回、毎日じゃないけれどここでひとり何もせずにログインしているあなたを30回みたわ」
突然話しかけられて振り返る。丘の側にある獣道の影の太い木の影、そこにいたのはみつあみの、おせじでも綺麗とはいえない小太りで眼鏡をつけた少女、もちろんアバターなので、冗談でそういう事をする人はいたが。
「君は?」
「あなたと同じ、暇人、いいえ、そうじゃないかもね、私は全てに悲観しているの」
「ああ……」
最初はただ話を合わせただけだった。厄介だとも思っていた。だが彼女は彼の音楽や映画の趣味にひどく共感してくれて、話を聴いていると彼女もまた、その好きな作品の面白さを言語化することがうまかった。彼女は気遣いができた。それに自分の用にウソつきじゃない。
「私、なんにもできないの、本当に何もできなくて」
彼女、シアはあるIT関係の仕事をしていたが、学生時代は秀才だったのに仕事のプレッシャーからか、入社当時は力をだせたのに、近頃ではまるっきりだった。しかし、シアはしっていた。こういうタイプほど“支援”をうけることで才覚が現れ、人に優しいのだと。
二人は互いをいい存在だと思い始めていた。ロンは、世界と自分との距離感を感じ続けていた。犯罪加害者の家族ということで偏見と迫害を受けたし、自分があまりにも、現実との距離感が離れすぎた存在だとおもっていた。
だからこそ探偵の仕事でも極力依頼人をさけ、同僚や上司とも人間的つながりをたっていた。だから、彼は彼女にプロポーズをしたのだ。あの二人だけの秘密の丘で。しかし、その翌日、答えを出すといった彼女は、それきりVR空間には現れなかった。それきりこうして彼女の“幻影”とここで会うことが増えた。
彼は、彼女の励ましによって仕事の成果があげられるようになり、そこそこの立場に昇進。彼女も仕事がうまくいくようになったと聞いていた。
やがて、職場の事務職の女性エスといい関係になってきた。VRのようなまどろっこしさはない。それに彼女は、生まれてこの方病気をしたことがないという。親しい仲になっていくうちに、やがて“彼女”シアの事も話すようになっていった。
どうしてわかり合えたのにだめだったのか、そしてエスは、普段は天真爛漫で口が軽くお調子者だったが、自分の話になるとしっかりと話しを聞いてくれた。
シアが母とにたような症状をもっていたこと。
最近のアーサーによる犯罪が気になっていること。彼女もまたアーサーに興味をしめしていたこと。
エスはまるで、シアにさえ慈悲深く接するようにして彼女に対する自分の思いを丁寧に話してくれた。その包容力はまるで母親のようでもあった。
「彼女はきっと、新しい世界に旅立ったのよ、そうでしょ、私みたいに」
「それって、どういうこと?」
「あ、いいえ……そんな、なんでもないわ」
ふと、ロンには気になることがあった。エスは入社当時はこんな人間じゃなかったと聞いたことがあった。確かに顔はかわいいが、暗い雰囲気があったのだと、そして熱い黒縁眼鏡にボサボサのみつあみをしていたと。
「まさか、な」
今の美しいショートヘアーとさらさらの髪、上機嫌で人を愉快するユーモア、いくらなんでもここまで人はかわらないだろう。しかしそこには恐怖があった。もし彼女が母親のように二重人格をもっていたら。もし彼女が、シアだったら?自分をだまそうとしているのではないか?
まだ早朝の事だった。ロンはぐっすり寝ていて。エスは喉が渇いて家の下の階へ。ここはエスの住んでいる家だ。彼女の実家は太く、いくつか所有している不動産の一つをかりていた。
「コンコンコン!」
ドアが叩かれる。そんなわけがない。まだ朝5時だ。
「コンコンコン!!」
「うるさいわね!わかったわよ!」
怪しいと思いつつ、テーブルにあったスタンガンをもってドアスコープを覗く。スコープが黒くなっていて奥がみえない。まどろっこしいのでドアノブをひねってあける。
そこには、ロンの母親と同じキャラクター、大強盗アーサーのお面をつけた女性がたっていた。そして腰には明らかにライフルがかまえられていた。
「私を裏切ってはいけないよ」
そして女はライフルをしっかりと構えると、引き金を引いた。
「どうしたんだ!一体何が!」
消音機のついた拳銃で撃たれたので、射撃音はしなかったが、ひどい物音がした。そしてロンが階下に降りてくると、アーサーのお面を下した女性と目が合った。人目で気づいた。彼女はシアだ。彼女はインターネットで自分の姿をいつわっていなかったのだ。
「ど、どうして、君が」
しかし、すぐに恋人が倒れているのに気づいてよりそった。
「……いったいどうしてこんなことに!」
「彼女がいけないのよ、彼女が」
シアは拳銃の底をこんこんともう片方の手のひらでつつきながらいった。
「彼女が、あなたからプロポーズした翌日に私のPCをハックした、あなたのおかげで私の“探偵スキル”は上がったけれど、その事を突き止めるのに時間がたちすぎていた、あなたは私が裏切ったとおもっていた、けれど違う、彼女が邪魔をしたのよ」
「だからって!撃つことはないだろう!」
その瞬間、シアは追い打ちをかけエスの頭をうちぬいた。
「私もそう思ったわ、これはやりすぎだって、だけど頭の中の誰かが叫ぶのよ、独り立ちしなきゃいけないいけないと思っているのに、こういうの“でも、彼なしでいきていけるの?初めて守ってあげたいとおもった、母性を感じた相手なしで”だから……ね?二人でいきましょ」
顔を上げたロンがシアをみる。母親にそっくりのまなざしを持った女がこちらをじっとみつめていた。
とここまでが、一般の人々にしられているアーサーの息子の話である。実際はあのあと、シアは家を訪ねてきて確かにエスと修羅場になったが、その後はロンとシアとエスは、奇妙な同棲生活を始めたのだという。