そして、新婚生活のスタート
「何だ、来ちゃったんだ…。」
それが、エンジャン卿がはるばるやって来た新妻に対し、会うなり発した第一声である。…ハアッ?…、いや、来ない訳無いじゃん! 国家的な約束事とも言える政略結婚の花嫁が約束した婚礼の日に嫁入り先に来ないとか、余程の事でも無ければ有り得ないだろ。花嫁がどうしても嫌で寸前に逃げ出したとか…な…。まあ、来る途中に見舞われた野盗の襲撃、その余りにピンポイントなタイミングに我々をここへ来させたく無い何者かの作為が働いているとは思っていたが、こいつ、それを隠す気すら無いな。こっちにどう思われたっていいと考えているのか、単なるバカなのか。
「まあ、よかろ。よくいらした、クリム姫。ささやかながら歓待の席を用意させていただいた。そこで正式に皆に紹介させていただこう。それまで風呂でもいただいて旅の埃を落とされたら如何かな? 」
失言を詫びる事もせずそんな提案をして来る花婿。ハアッ? 風呂? 折角のメイクや髪のセットがパァじゃん。と言うかこの男、一世一代という程着飾った花嫁に興味を示す様子すら無いぞ。
まあ最もミント自身は風呂にはノリノリだったりする。曰く"白粉が気持ち悪くてもう限界"なのだそうだ。という事で浴場へと通される俺とミントとお付きのメイドの3人。御者とガレンは風呂は後にするそうだ。まあ特にガレンは変装してるんだしな。
と、いう訳で、金ピカでライオン(?)の口から湯が出て来る浴場で一人くつろぐ。とは言え静かにのんびり、という雰囲気では全く無く、ここからでも外のおおわらわが伺える程の喧騒ぶりだ。思うに"歓待の席を用意させていただいた"なんて大嘘で、たった今大慌てで準備をしているのだろう。まあ使用人のご苦労を鑑みて、あえて必要以上にのんびりする事小一時間、さすがに手持ち無沙汰で風呂を出て隣接の化粧部屋へ行って見ると、メイドが少しでも元のメイクやセットを再現しようと奮闘している。
「有難うシトラ。もう充分ですー。」
そう遠慮しての様に言うミントだが、顔には迷惑だと書いてある。てかシトラってのがメイドの名前なのか。
「すみません、もう少し何とかしたかったんですが、私の腕では…。」
申し訳無さそうなメイドのシトラ。
「そうか? ナチュラルメイクで中々可愛いと思うがなあ…。」
俺がそんな事をボソッと呟くと、いきなり下を向いてしまうミント、「これだから男の人は…」とか言ってため息をつくシトラ。え、俺のナチュラルメイクで可愛い発言、そんなに駄目?
と、ここで晩餐の準備が整った事を使者が伝えに来たので、会場へと向かう。化粧部屋から出る瞬間他には見えない様にミントから後ろ回し蹴りを喰らう俺、やっぱり怒らせていた様だ?
会場に入っての感想は、(本当にささやかだな。)だった。確かに贅を尽くされた食事が並んではいたが、会場の飾り付けは簡素そのもの。列席者も取り立てて着飾っている風でも無く、何なら普段の晩御飯をちょっとポップにした程度。後どうにも気になったのが、エンジャン氏の周りに複数人の女性が着座している事だが…。
「紹介しよう。今日輿入れして来たばかりの新妻、クリム嬢だ、」
エンジャン氏がそう告げると、
「クリムと申します。宜しくお願い致します。」
と、挨拶するミント。こういう所作は本物のクリムからレクチャーも受けていた様だが、元々潜入調査なんかの時の為に基本は身に付けて有るらしい。
「さて、こちらだが、私の事はいいだろうね。」
エンジャン氏はそう話しながら次にすぐ隣の女性を指し示す。
「最初に私の第一夫人、カーマだ。君の6年先輩になるね。」
は⁈ 第一? どういう? 立ち上がりもせずに軽い会釈のみの第一夫人。そしてこちらの困惑を意にも介さず反対隣の女性を指し示す。
「第二夫人、バーマリオンだ。」
もう言葉も無い俺。ミントの笑顔が氷の様だ、シトラも困惑顔。そして実に第五夫人までが紹介され、やっと重臣達の紹介に入ったが耳に入りゃしない! 何だよ第六夫人って、政略結婚の意味有るのか?
一通りの紹介が済んだところで歓談しながらの食事となるが、俺とシトラは別室の食事場所に。退出寸前にチラッと聞こえたが、"ダイダン本国から来られた嫁が人族とのハーフとは、ジン・レオン王の誠意の程が伺えますわね"とか件の第一夫人が言い始めたのが聞こえた。これから始まるであろう嫌味や当て擦りの飛び交う楽しそうな晩餐の様子が伺い知れた。ミントがそれでへこたれるタマでは無いとは思ったが、キレないかが心配だ。
まあともかく俺達は厨房の端に有る使用人用の食事場所に通され、そこで食事が出される。晩餐の席に比べると食器も盛り付けも遥かに簡素だが、基本的に出されているのは同じ物。冷めていないし久々のちゃんとした料理だし、ついついしっかりといただく俺。俺の食いっぷりに感心した料理人がどんどん追加して出してくれるのを調子に乗って次々と平らげ、シトラに呆れ返られる始末。だが正直もう此処で遠慮したり行儀良くしたりする気持ちには全くなれないのだ。
その日の夜、俺用に当てがわれた部屋…、ミントとシトラがいる部屋に隣接した支度部屋を、こっそり抜け出た俺。バルコニーで待っていると、やはり部屋を抜け出して来たミントがやって来る。
「よ、晩餐は楽しかったかい?」
俺が最初に声を掛ける。
「んあ? テーブルマナーに気が行き過ぎて、味なんてあんまり分かんなかったぜ。」
と、ポイントを外した返答が返って来る。
「いや、そこじゃ無くて…、結構に嫌味とか言われてたんじゃないのかい?」
「あ〜あそれな。あんなのはスルーだよスルー。適当に合わしてたんだが正直何一つ覚えてねえな。なあに、下向いて悲しそうにしてりゃ満足するんだから楽なもんさ。ま、今後実害が有る様なら何か考えるけどな。」
と、サラリと答えるミント。それを聞いて暫く彼女を見つめずにはおれない俺。
「な…んだよ。」
「いやあ〜、お前との付き合いももうそれなりだけどさ。今日初めてお前の事をちょっと尊敬したわ俺。」
と、心からの素直な感想を口にした俺であったんだが…、
「何言って…何言っちゃってんだお前はよォッ!」
思わず少し声が大きくなったミント、そう言った後はひたすら俺に蹴りを入れて来る。いや、褒めたんだけど…。"今日初めて"の部分が気に入らなかったか? 作戦会議の場の予定だったが、今日はもう無理かな…。
マゼンティア領での代理結婚生活初日の夜は、こうして無事(?)に過ぎて行った。考えて見れば新婚初夜だった訳で、"事"が有ったらどうするつもりだったんだと今更思ったが、第六夫人で人とのハーフじゃ当分は平気かも知れない。それがいいか悪いかは置いておいて…。
だが次の日、未だ朝とさえ言えない未明に、ミントの部屋に近付いて来る足音、そしてそれを皮切りに、恐れていた"実害"は次々と降り掛かる事になるのだった。
第七話 終了




