マホガン盗賊団登場
首都ミカロンを出、馬車はそこからスピードを上げる。ある意味当然だが、嫁ぎ先で有るエンジャン卿の住む旧マゼンティアは隣の国に行くぐらい遠い。合併後真っ先に街道が整備されたという事で、馬車も結構飛ばしていると思うが、それでも到着は夕方になるだろうという。
「地獄だぜ…。」
携帯食をちびちび食べながらボソッと呟くミント。車内には世話係のメイドが1人だけ。いかにも不慣れな感じの若いメイドで、城にいた時には見た事も無かった。このメイドはこのままクリムの嫁入先について行って当面そのままクリムの付き人となる予定だそうで、まあ、新人に貧乏くじを押し付けたと言ったところなのだろう。最低限の世話は焼くもののあまり注意を払っている風でも無く、羽虫サイズの俺が車内に入っても気にも留めない。あとは御者が1人に護衛が8人。嫁入り道具の馬車3台は急げないので後から来る予定らしい。準備がバタバタしたからとは言え、えっ、たったこれだけ?というのが正直な感想だ。大事にされてないなぁ…だけの問題なのかどうなのか。
街道は比較的安全という事では有る。人通りも多いし周辺施設もそれなりに有る。だがさすがに元の国境辺りに差し掛かると大分寂しくなって来て、道は有るが周囲はただの森と平原ばかりという感じだ。
そんな中、最初に俺が何者かの接近に気付いた。馬に乗った30人程度の集団、たぶん…野盗の類いだ。明らかにこの馬車を目指している。まあ目立つ馬車ではあるけど、えらくピンポイントで狙われたもんだという違和感は有る。これに遅れて気付いた護衛達が浮き足立つ。
「おい、なんだありゃ、まずいんじゃないのか? こっちの3倍はいるぞ。」
「あれは…国境付近に出るって噂の野盗集団か? チキショウ、間の悪い!」
「おいおい、これ、勝てるのか?」
恐慌をきたす護衛たち。この辺で御者や馬車の中の者も異常に気付く。
「俺は真っ平だ、逃げるぜ!」
「お、お、俺も!」
何と、護衛共、とっとと護衛対象を見捨てて回れ右して我先にと逃げ出しやがった!
「ちょ、ちょっと、私達はどうなるのよ⁈」
新人メイドが真っ青になって狼狽える。ミントは面倒臭そうにしている、メイドがいなければ舌打ちしながら汚い台詞を吐いていただろう。そしてあれよあれよの間に野盗どもに取り囲まれる派手な馬車。御者はすぐに引きずり下ろされて捕まえられている。
「さあ、馬車の中のお客さん、ご覧の通り逃げ場はもう無いぜ。とっとと出て来て顔を見せな!」
大鬼族の角が異様にでかくていかつい大男ががなり立てる。面倒くさそうにしながらも、素直に馬車を降りるミント。メイドも後ろに隠れ気味におずおずと出てくる。婚礼衣装のミントに、洋画みたいに口笛を吹き鳴らす野盗共。
「これで全部か?」
ドスを効かせて問う大鬼。はしっこそうなのがミント達と入れ替わりに馬車に入って確かめ出す。
「そうですー。他は皆んなスタコラ逃げちゃったんですー。言う事聞きますから酷い事しないで下さぁい。」
かわい子モードのミント。こらこら、それちょっとクリムと違うぞ。
「へっへっへ…、可愛いがってはやるさ。その後は更に可愛いがってくれる人のところへ連れて行ってやろうじゃないか。」
下卑た笑いがあちこちから漏れて来る。
「お頭、馬車の中はな〜んにも有りませんぜ。荷物はこいつらの手荷物だけの様でがす。」
「…ちっ、嫁入り道具は別便かよ。情報じゃ金目のものがガッポガッポの筈だったのによ。」
お頭と呼ばれたでかい角の大鬼がそうこぼす。ん、情報?。
「さて、今日の収穫はお嬢ちゃん達2人だけって事になった訳だ…。余程頑張って貰わんと元が取れんなぁ…。」
更に血の気を失うメイドの子だが…。
「え〜、そんな事言われてもどうすればいいか分からないですー。」
てな感じでかわい子モードを崩さないミント。余裕有るなこいつ。
「まあ、少しでも高ーく買ってくれる人を探すぜ。多分無茶苦茶可愛いがってくれるだろうぜ。で、そっちのお嫁さんの嬢ちゃん、まずは着てるもの全部脱いで貰おうか。アクセサリーなんかも全てだ!」
思わず小さく舌打ちのミント。地が出ちゃってる出ちゃってる。
「ななな…何を馬鹿な! 貴方達、こここ、この人が誰だと思ってるの⁈ 」
メイドが精一杯の虚勢を張ってやっとそれだけ言うが、
「別に誰でも一緒さ。俺達ゃ捕まったらどの道終わりの身分だ。捕まらん様にするのさ。さあ、早く脱げ。」
「え〜そんなー。風邪ひいちゃいますー。」
「後でもっとカッコいい服を着せてやるって。…まあ、防寒性能は低いかな。さあ、売っ払うのに汚したくねえんだ。大人しく脱ぐんだよ! ああ、そっちのメイド服もまあいい仕立ての様だな、そっちもついでに脱ぎな!」
「ひいぃっ」
絶望的な顔で縮こまるメイド。男達が「手伝ってやるぜ」とか言いながらにじり寄って来る。
「あ〜ん、この人達悪い人なのォ。ボニー、助けてぇ〜ン!」
クネクネしながらそんな事を叫ぶミント。最初から当てにしてたんだろうに、気持ち悪いっての! やや渋々俺は馬車の屋根から舞い降りて、ミント達の正面に降り立つ。
「んあ、何だこのちっこいのは?」
野盗の頭が突然現れた護衛に警戒するでも無く、むしろしょっぱい表情。まあ、この"なり"じゃしょうがないかな。と、言う事で、俺はその場でムクムクムク…と増大、たちまち等身大に。
「な、な、な…」
「ひっ!」
「うええ…」
驚く…と言うか呆れる野盗共。メイドが一番おののいているが、ミントもちょっと気味悪げ。お前は見るの2度目だろうがよ! とは言えそれでも数の差は3対30弱、ドレスのミントや新人メイドは戦力外なので、こちらは実質1人だ。
「何だおめえはよっ! 」
舐めきっている野盗共、1人が無造作に斬り掛かって来る。
ガキンッ、
その早くも無ければ鋭くも無い剣を俺は避けもしない。肩口に当たった剣はそのまま弾き返される。少し痒い。
「わあっ、何だコイツ、岩か⁈」
今度は少しは柔らかそうな腹を狙って振るわれる剣を、俺は素手でキャッチ、そのままそいつの手からひったくる。そして目を白黒させるそいつのその目の前で剣を叩き折って、投げて返してやる。
「ひゃあ!」
さすがに力量の差を感じ取ったそいつは慌てて後ずさる。
「こいつ、ただもんじゃねえ!」
やっとそういう認識に至った野盗共。血気にはやった若い衆(?)が5人程本気モードで切り掛かって来る。最初に左右から短剣を突き出して突進して来る2人と接敵、それぞれ直前でスッと避け、そいつの背中を強く押してやる。すると狙い通り、更に後ろから迫って来ていた奴に追突して行く。特に2番目に来た奴はそれで味方と刃物の刺し合いになってしまって阿鼻叫喚。最後に真正面から長剣を振りかざしてやって来る奴。ミント達を後ろに庇っている関係上こいつをいなす事は出来ない。振り下ろされたそいつの剣を頭の角で受け止めて引っ掛け、軽くサンダーを流してやる。ひぃっとかうめいてフリーズするそいつの顔面にカウンターでパンチを叩き込む。加減はしたつもりだったが、数メールすっ飛んでゴロゴロ転がり延びてしまう。
「や…野郎ども、全員で掛かれぇっ!」
方針転換を余儀無くされた野盗共、今度はいっぺんに切り掛かって来る。次々と迫る20本以上の刃物。さすがに捌ききれないので痛そうな攻撃以外はスルー。たまに避けたり刃にチョップを加えて叩き折ったり刃物の持ち主の方を殴り飛ばしたり。
それよりもミント達の方を捕まえて「コイツらがどうなってもいいのか」をやられるのを嫌って、そっちに迫ろうとする奴にはキツめのエボニアム・サンダーをぶち当てる。突然スパークする俺の角にビクッとなる野盗共、そして直後には後方で仲間の1人が口から煙を吐いてぶっ倒れる。大分余裕が無くなって来た野盗共、気付けば手勢は半分程度延びている。
すると、いよいよあのお頭が本格的に参戦して来る。正直お頭の獲物はちょっと当たりたく無い。明らかに品質がいいし、何かの魔力を感じるし、デカくてゴツい。巨大な剣を軽々と振り回すお頭は、やはり剣筋も素人では無く、後ろに引かずにこれを全ていなすのは中々骨だ。しかもお頭が剣を振り回していると他の者が近寄りにくいので、手の空いた連中がミント達に殺到し、それをエボニアム・サンダーで蹴散らすのにも忙しい。そこでこっちも方針転換、身体の魔力を活性化させ、多少痛いのは我慢して、お頭の相手に集中する事にする。その頃には不用意にミントに迫ると瞬殺されるという警戒が広がったのも幸いした。俺は掌で魔力を特に活性化させ、奴の振るってきた剣をいきなり鷲掴み、相手がたじろいだ隙にひったくって、後方のザコ共めがけてぶん投げる、数人がそれに巻き込まれてひっくり返っている。そこから始まる俺とお頭の肉弾戦。お頭はここも力押しでグイグイ来るが、正直今更素手での攻撃は大して怖くは無い。奴の一発目、まあ普通の人が喰らえば頭蓋骨骨折は必至なパンチも俺にはマッサージ程度。俺は嫌がらせも兼ねて全く同じパンチを奴にやり返す。結果は雲泥の差でよろけてひっくり返りそうになって必死に堪えるお頭。今度は反対の左の拳を打ち込んで来るが、俺はそれを平然と受け止め、そしてやはり左パンチを同じ様にやり返す。今度もよろけそうになりながら我慢して、ワンツーパンチを今度はボディーに見舞って来る。真似して俺もワンツーパンチを奴の腹に。息が止まって真っ青になりながら、それでも強烈な回し蹴りを繰り出して来る。さすがに俺も1、2歩よろける。そして俺も続いて回し蹴り。3回転程しながら数メール飛んでひっくり返るお頭。すると援護のつもりか5人程の手下共が一斉に切り掛かって来る。それを俺は本当にギリギリにスッと後ろに避ける。何も無い宙を切って勢いつんのめってよろけるその5人の顔面に、右から順番にズドンズドンとパンチを打ち込んで行く。するとキレイに放射状に飛んで行ってゴロゴロ転がって目を回す5人の手下共。これで戦える手下はもうほぼ居なくなった。すると復活したお頭がうおーと叫びながら突進して来る。猛烈なタックルを受けて、何とか持ち堪えた俺を身体ごと抱え上げ、そのままぶん投げるお頭。が、俺は翼を展開してそのまま滑空し、軟着陸。そしてそこからお頭に向かって突進し、激烈なタックル。吹っ飛びかけたお頭の身体を捕まえて、そのまま頭上に高く掲げる俺。後はこのまま頭から地面に叩き落とそうというところ…。
「ま、ま、ま…参った、降参する! 俺達の負けだ、許してくれぇっ!」
突然泣きを入れて来るお頭。まあ、そこまで傷口を広げずに実力の差を判断しての早期の決断はリーダーとして賢いのだろう。とは言え。
「信用は出来んな。お前等を許したところで、俺たちに何の得が有る? 盗賊行為を働く様な連中を野放しにする気にもならんしな。」
俺はやや冷たくそう言い放つ。
「ももも…もうしない! 盗賊稼業からは足を洗う。出来うる限りの償いもする!」
「俺がお前の言う事を丸々信用して解放するのにはリスクが有る。報復を受けるかも知れないし、悪党を逃した事自体を責められるかも知れない。」
拝む勢いで許しを乞うお頭。だがその反省や謝罪に俺は当然の疑問を呈した。
「わわ…分かった、こうしよう。俺達は今後あんたには逆らわない、あんたの言う事に全て従う。何なら…俺達はあんたの手下になろう!」
「…は?」
唐突な提案に思考が追い付かない俺。手下? 野盗集団が俺の? 意味有るのかそれ?
「俺にはお前等みたいな部下がいても困るぞ。」
正直にそう答える俺。それに対しお頭は…、
「ずっと付き従うって訳じゃ無い。あんたが必要な時に呼び付けて命令してくれれば従う。弟分と思ってくれ!」
なるほど、舎弟って感じか。メリットになるのかは微妙だが…。
「まあ、分かった。」
そう言い俺はお頭を足から下ろしてやる。警戒は解かないが…。
「ふうぅ…。恩に着るぜ兄貴。」
そう言うと、やおら俺の前に跪くお頭。するとその後ろにまだ動ける野盗共がささっと集まって同じポーズ。何だかゴツい弟がいっぱい出来てしまった様だ。
「俺達はこの旧国境界隈で盗賊稼業で食っているマホガン盗賊団、俺はその頭目でガレンといいます。今後とも宜しく、新団長。え〜と…ボニー様でよろしいんで? 」
「ああ、それでいい。ただ俺自身はこちらのクリム様にお仕えする身。だから団長はクリム様と言う事になる。俺はまあ、副団長ってとこか。」
「そうなんですかい! 宜しく、あねさん!」
「ちょ、おま、誰があねさんだっ…ていうんですかー?」
こらこら、又"ミント"が出てるぞ"ミント"が。どうやらこいつにとってもちょっと迷惑らしい。
と、いう事が有って、後の半分の行程は護衛は倍以上に増えたが、大分ガラは悪くなった。御者はお頭…ガレンが"俺がやる"と言い出し、ここまでの行程と打って変わった乱暴な運転になって、乗り心地はともかくスピードは随分速くなった。
道中等身大になった俺を気持ち悪いとか可愛気がゼロになっていよいよ凶悪な見てくれになったとか散々な言い様のミントだが、それよりもその後ろから浴びせられるメイドの不信感に満ちた視線の方が心に来る。まあ、俺の存在について上手く説明出来無かったせいも有るが…。
ガレン達マホガン盗賊団の者達は元はマゼンティアを拠点とする傭兵部隊だったそうだ。しかしジン・レオンがマゼンティアを実質的に併合すると、正規軍が質・量、共に整備され、にも関わらずその剛腕による治世で大きな戦争がめっきり起きなくなり、傭兵稼業では全く食べていけなくなって盗賊に身を落としたのだそうだ。まあ同情は出来ないし、そこまでの悪い事はして来なかったという本人の弁もどこまで信じていいものか。ただ俺の手下だというなら今後非道な事は禁止、盗賊業も廃業だとは言っておいた。
それよりも気になったのはこの輿入れの情報がコイツ等に漏れていたのではないかという疑念。コイツ等こっちの、特に花嫁の正体を全く聞いて来ないし、明らかに知っていたのだと思った。そこはもうハッキリと聞いてみた。
「お前等、この馬車が通る事も、クリムが乗ってる事も知ってたんだな。誰から聞いたんだ?」
「ああ、傭兵だった頃の伝手が一応マゼンティアの元王城、今のエンジャン御殿の中に残ってましてね。古参の執事なんですが、酒場で会った時に今日ジン・レオン王の妹ってのが嫁入りして来るんだとか酔って口を滑らせまして。高価な嫁入り道具や手土産をたんまり派手な馬車に載せてな…てな事もね。」
な…、ネギと土鍋までしょった鴨が盗賊の縄張りをいつ通るって情報を漏らしたのが嫁入り先の身内だと⁈
「こりゃ、この嫁入り、相手からは余り歓迎されて無い様でクエ。」
呆れた顔で、今は俺の肩の上のネビルブが感想を述べる。それを聞くミントの白けた目が氷点下だ。
護衛のお陰(?)でその後の道中は憂いが無かった。が、さすがにマホガン"盗賊団"の面々はマゼンティア市内に入る前にガレンを残して戻って行った。ガレンは何となく変装している。まあ市内の酒場に顔を出す機会も有る様だし。
街はミカロンと同程度の規模に見える。元々の国力が拮抗していたという証拠だろう。ただここでも良く見掛ける衛兵は向こうで見たのと同じ、やはりダイダン兵の装束であるが、あまり好意的に見られている様子は無く、その分治安も良くない感じだ。人通りも少なくは無いが、女子供を滅多に見掛けない。鬱屈した空気が全体に満ちている、そんな街並みだ。やはり併合された側の恨みってのが有るのだろうか。
ガレンのお陰で迷う事なくエンジャン氏の住む御殿、旧マゼンティア城へとやって来た。街の様子からすれば随分と手入れの行き届いた城に見える、なんならミカロンのジンの居城より立派かも。エンジャン氏は今はマゼンティア領の領主という立場であるという事だが、一地方都市の領主が暮らす御殿として余りにも立派過ぎる元王城が、これだけ綺麗なまま維持されているというのは、そこまで豊かそうでは無い街並みから見れば違和感が有る。エンジャン卿の治世が余り民の方を向いていないのでは無いかと勘繰らざるを得ない。
輿入れ馬車が城内に入って行く。予定されていた筈だが、城内の職員達はどうにも慌てている。と言うか、普通歓迎のセレモニーぐらい有ってもバチは当たらないと思うのだが、衛兵が整列して並ぶでもなければ、特別な飾り付けが為されていたりもしない。執事らしきおっさんがすっ飛んで来て暫し待たれよとか言われて馬車に乗ったまま待機する事数十分、飲食店だったらそろそろキレてもいいんじゃないかという頃になってやっと、何となく偉い人オーラを発する人物がぞろぞろとお供を引き連れて城から出て来る。態度や出立ちは偉そうだが、そこそこな顔、そこそこなガタイのそこそこな男で、情が薄そうで、苦労していなさそうな顔から一見若く見えるが、たぶん中年間近だろう。
「あれがエンジャン卿ですぜ。」
ガレンが教えてくれる、やっぱそうか。俺達も馬車から降りる。ガレンと御者、ネビルブには残って貰い、ミント、俺、メイドだけで進み出る。因みに俺はミントにこっそり持ち込んで貰っておいた一張羅の服を着ている。
そんな我々を石段の上の方から見下ろしながら、ニコリともせずにエンジャン卿が声を掛けて来る。
「何だ、来ちゃったんだ…。」