表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

嫁入り替え玉大作戦決行

 その日の日没(にちぼつ)前、王城前にヨロヨロと現れる若い女性…、クリムである。(あわ)てて保護され、城内に(まね)き入れられ、介抱(かいほう)される。怪我(けが)などは特に無かったが、街で保護された時も、エボニアムに拉致(らち)された時も着ていた服は大分(いた)んでいる。知らせを聞いてすぐに治療(ちりょう)室に飛び込んで来るジン・レオン。

「クリム、無事だったのか! 良く帰って来られた…。怪我(けが)は無いか、誘拐犯(ゆうかいはん)は…奴はどうしたんだ⁈ 」

矢継(やつ)ぎ早な質問の嵐。クリムの体調をおもんばかって側近(そっきん)がたしなめるが、クリム自身は()れているのか普通に答える。

(すき)を見て逃げて来ました。誘拐犯(ゆうかいはん)は単独で、計画性も無く(すき)だらけだったんです。お陰で居眠(いねむ)りしている(すき)に何とか逃げられたんです。」

「そうか…。単独犯で計画性が無い…ね、まさしくだな。」

妙に納得しているジン。

()れない逃避行(とうひこう)で服とか汚れはしましたけど、怪我(けが)()り傷くらいです。怖かったですけど、特に何かされた訳でも有りません。」

「それは良かった。本当にお前が無事で良かった。」

心底安心した様子のジン、妹の事を心の底から思っているのが分かる。だがそれに対し、周りの侍従(じじゅう)達の目が冷ややかなのが気になるところだ。(ちな)みに俺は羽虫サイズになってクリムの(かみ)の中に隠れており、そこから全て見ているのだ。

「こんな状況(じょうきょう)だ、明日のエンジャン(きょう)へのお輿入(こしい)れは延期(えんき)にさせていただこうか?」

ジンが提案するが、間髪(かんぱつ)入れず侍従(じじゅう)が反論する。

「それはなりません! せっかくマゼンティア()首魁(しゅかい)、エンジャン(きょう)とのお手打ちの(あか)しとしてこの婚姻(こんいん)の話をここまでまとめたのですぞ。こんな直前での延期(えんき)は確実に不信感を持たれます。弱みを見せてしまう事になるかも。」

「ううむ…、しかし…。」

決断が鈍るジン・レオン。その様子に後方で(ひか)えていた物達の間で陰口(かげぐち)(ささや)かれる。

「武王ともあろう者が、妹の事となるとあの(てい)たらくだ。妹がジン・レオン唯一(ゆいいつ)にして最大の弱点と言われる所以(ゆえん)だぜ。」

「ああ、だからこの結婚話をいい厄介払(やっかいばら)いと考えている連中も多いんだ。」

と、そんな事が言われている中、

「いえ、予定通り嫁に参ります。元はと言えば私の今回の縁談に対して後ろ向きな気持ちのせいで(まね)いてしまった様な災難(さいなん)ですから、もうわがままは申しません。明日輿入(こしい)れいたします。」

そう宣言するクリム。まだ何か言いたそうなジン・レオンであるが、さすがにこれ以上は飲み込むしか無かった様だ…。

 と、言う訳で、急ピッチで輿入(こしい)れの準備が始められる訳だが、明日の事だと言うのにまだ何もされていない。城内はかなり(あわ)ただしく、クリムはつい昨日誘拐(ゆうかい)までされたというのに結構頻繁(ひんぱん)に放ったらかしになっている。その(すき)(ねら)い、クリムの私室のドアを変なリズムでノックする者がいる。するとクリムは躊躇(ちゅうちょ)無くドアの鍵を内側から開け、ノックの主、小柄(こがら)な配達業者を(まね)き入れる。そして大慌(おおあわ)てで2人とも服を脱ぎ出し、お互いの服を交換(こうかん)し始める。あ、いけねっ、俺は後ろを向いてなきゃね……。数分後には、元通り良い服を着たクリムと、小柄(こがら)な配達業者がそこに居た。そして配達業者はそそくさと部屋を出、クリム(?)が(あらた)めて内側から鍵をかける。俺はそのまま配達業者について行き、そのまま堂々と正門から城外へ。元々出入り業者でごった返している中、通行証はクリム姫のサイン入りの正式な物を持っている俺達は問題無しで、あっさり脱出完了! 王城からかなり離れた辺りで路地(ろじ)に入り、どうやら一息。作業(ぼう)やマスクで顔の良く見えない配達業者もほっとして口を開く。

「すごいです。わたしが昨日家出した時はすぐバレてたちまち追っ手が掛かったのに…、今日は疑われもしませんでした。」

俺は少し笑いながらそれに答える。

「ミントはこういう事に()けているからな。お陰でしっかり計画も準備も出来た。それに今回はクリム王女がそもそも()なくなっていないんだし。」

今、王城ではミントが(にせ)王女をやっている(はず)。そう、配達業者として潜入(せんにゅう)して来たミントとクリムが入れ替わり、今ここにいる配達業者がクリムなのである。最初から入れ替わっておけば楽だったのだがさすがに実の兄であるジン・レオンには見(やぶ)られるだろうという事で、最初だけは本人にしておいたのだ。後は輿入(こしい)れ用の化粧(けしょう)をしてしまえば分からなくなってしまうだろう…という当て込みだ。

 そして我々は、クリムが当初()け込む予定で有った彼女の母の実家へとやって来た。心配していた監視(かんし)の目も今はもう無い様だ。

 クリムの母は彼女が生まれた時に死亡したそうで、今ここに住んでいるのはその両親、彼女にとっての祖父母だけである。街の中心部からはほぼ外れた平民街、うら(さび)れた中に、やや立派な邸宅(ていたく)がポツンと建っている。場違い感は有るが、彼女の祖父母は人間、この国ではかなりはっきり人間は差別されており、国王の身内に近いとは言え中心街に(きょ)(かま)える訳にはいかないという事情が有る様だ。立派とは言っても使用人を(やと)う様な大邸宅(ていたく)と言う訳では無く、少し大きめの普通の家で有る。ノックをしたら普通に祖父母本人が顔を出す。

「あらまあ、クリムちゃん…いけない、クリム姫じゃないの! 姿が見えなくなったって聞いて、心配してたのよ。」

「ああ。昨日くらいまでお城の方が家の前で見張(みは)ってたんだぞ。一体どうしたっていうんだ⁈」

クリムの顔を見た彼女の祖父母、驚くやら喜ぶやら、だがクリムの顔を隠しながら困る様な態度に何かを(さっ)したのか、すぐに中に(まね)き入れてくれる。

 中へ通され落ち着いたところで、クリムが全ての事情を説明する。それを神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで聞いてくれる人間の祖父母。一通りの説明が終わったところで何とか祖母が口を開く。

「お話は分かったわ。もちろん好きなだけ()ていいけど…、結婚が無くなった後はどうするの? お城へ戻れるの?」

その横で少し(しぶ)い顔の祖父。

「申し訳無いとは思うが、お城の加護(かご)が無くなったらワシらも今の暮らしは続けられん。ワシら2人だけなら細々と何とか出来る、だがお前さんの面倒までは無理だ。ましてお前の寿命(じゅみょう)はワシらの倍以上だろう。(しばら)くはいいが、いずれは自分で身を立ててもらわんと…。」

「あんた! 可愛い孫がせっかく(たよ)って来てくれたのに、そんな言い方しなくても…。」

「しかし、それが現実だろう。ワシらはもう何年も生きられんぞ。」

孫から(たよ)られて(うれ)しい半分、困った半分といった様子の老夫婦。まあ、この国で人間が余裕の有る暮らしなど出来ないというのが現実だろう。

「もちろん、ほとぼりが冷めた頃には出て行きます。それまでのほんの(しばら)く身を寄せさせていただければ…。」

「すまんねぇ。」

やはり手放しで歓迎(かんげい)…と言う訳には行かない…と。まあ、クリムの言う通り、一時避難(ひなん)場所として(しばら)()させて(もら)えればいいだろう。

「それにしても身代わりを立てたって、さすがにバレちゃうんじゃないのかい? その人、そんなにあなたと似てるの?」

「ええ、それはもう、びっくりするくらいそっくりで。しかもその人もハーフなんですよ。ミントさん…っていうんですけど。」

クリムがその名を出すと、祖父母の様子が変わる。

「へえ…ミントって…いうのかい? そのそっくりさん…。」

「…ほ…ほう。」

「?」

急に言葉少なになる老夫婦。何か有るのか? まあ、それはそうとだ。

「そのミントの方が気になるから、俺はもう行く。ここで大人しくして、報告を待ってくれ。」

羽虫サイズの俺はクリムの耳に向かってそう小声で伝えると、サッと彼女の元を離れ、ちょっとした隙間(すきま)から外へと飛び出す。そして向かうのはもちろん王城だ。

 クリムの部屋へ戻ると、ミントはスキンケアやらヘアケアやらで(みが)かれまくっていた。さすがにその様子をずっと(なが)めているのは出歯亀(でばかめ)が過ぎるので、情報収集(しゅうしゅう)という名の噂話(うわさばなし)ハンティングに出掛(でか)ける事にする。

 この国に来るまでの間にネビルブから聞いていた情報も思い出してみる。このダイダンは元は2つの国だったそうだ。イエレンとマゼンティア、当時魔大陸で1、2を争う大国であったこの2国は、(とな)り合っていながらとにかく仲が悪かった。大陸での覇権(はけん)争いをこの2国で常に()り広げていたという状況だったそうだ。しかしそんな状況はイエレンの若き皇太子であったジン・レオンが魔王の元に出向(しゅっこう)して実績(じっせき)を上げ、四天王の1人としてその加護(かご)を受けて戻って来た事で一変した。拮抗(きっこう)していた2国のパワーバランスは一気に(くず)れ、イエレンがマゼンティアを吸収(きゅうしゅう)する形で、新国家、ダイダンとして生まれ変わったという事だ。

 ここまでが一般常識として知られるダイダン建国の歴史だ。そして俺はそこからその内情(ないじょう)の部分を調査していく。そして分かったのは、やはり国の合併(がっぺい)に関しては遺恨(いこん)が残っていた。旧マゼンティアの王族は主だったところがほぼ()ち死にし、残った者達も基本的には新国家に迎合(げいごう)した。しかし一部にはその時の(うら)みが根深く残っており、反ジン・レオン派閥(はばつ)として結託(けったく)した反乱分子は"マゼンティア()"を標榜(ひょうぼう)し、無視出来ない勢力に(ふく)れ上がっていると言う。

 これを力でねじ()せる事も出来たし、するつもりでいた。しかし内乱に発展すれば国力が(いちじ)しく低下する事は(いな)めず、戦力的には随分(ずいぶん)()がれてしまったマゼンティアだがまだ何か"隠し球"が有ると言う(うわさ)も有り、側近(そっきん)の中にも武力による解決には消極(しょうきょく)的な者も多かった。

 そんな中、突如(とつじょ)出て来た案が、政略(せいりゃく)結婚による懐柔策(かいじゅうさく)である。マゼンティア()首魁(しゅかい)とされるエンジャン氏は旧マゼンティア王朝の継承(けいしょう)権6位であった元第4王子で、彼に夫人(けん)人質を当てがって引き入れてしまおうという案だ。そして白羽(しらは)の矢が立ったのが、ハーフという事も有って良縁(りょうえん)に恵まれて来なかったクリムであったのだ。

 当初はこの案に大反対だったジンだったが、そもそも人間とのハーフなど嫁の(もら)い手が一生無いかも知れないとか、ジンの妹に対する寵愛(ちょうあい)ぶりが行き過ぎて、内部でクリムに対する批判(ひはん)勢力が増しているとかの周りからの説得に押し切られる形で渋々(しぶしぶ)了承(りょうしょう)したのだそうだ。

 とりあえず知れたこの政略(せいりゃく)結婚の意味合いとそれに対するそれぞれの想い、そしてやはりこの話をいい厄介払(やっかいばら)いになると(とら)えている者が圧倒的に多いという現実。一方で、少なくともこの結婚によりクリムが幸福になる可能性は極めて低いという事も想像出来た。

 この後ちょっとしたつまみ食いをしたり、それをネビルブに差し入れたりしてから、再びクリムの部屋へ戻る俺。肌も髪もピカピカになったミントがふて寝している。

「おぉ、見た事無い程身綺麗(みぎれい)じゃん。」

「うるせ。明日は超早起きで支度(したく)だそうだから、もう寝るんだよっ!」

この後、俺が得て来た情報なども共有しながら俺も休む事にする。そのついでにちょっと気になったことを聞いてみる。ミントの出自について。

「あん、親? 知らねえよそんなもん。物心ついた頃にゃあもうビリジオンの調査部に売られてたぜ。売った連中もあたいの実の親じゃなかったらしいし、ま、捨てられたんじゃね? 探そうと思ったことすら無いぜwww。」

そう言ってへらへら笑うミント、いや笑えねえって!

 さて、当日である。夜も明けぬ内からミントの身支度(みじたく)が始まる。俺はネビルブの所に避難(ひなん)。城内も(あわ)ただしい。ジンがあちこち歩き回って指示をしまくって、やや迷惑がられている。

 日が昇る頃にはいよいよ飾り立てられた馬車に乗り出発する輿入(こしい)御一行(ごいっこう)。こうなると似てるも似てないも関係無いなという程()りたくられたミントはマリッジブルーを気取って終始下を向いて座っている。まあ窓の外から(さか)んに「元気でやれ! 何か有ったら連絡しろ! 幸せになるんだぞ!」などと呼び掛け続けているジン・レオンにバレないかと警戒(けいかい)しているのかも知れない。が、馬車が城門を出るとさすがにそれ以上はついて来ないジン。いい兄だとは思うんだがなぁ…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ