今度はミントを連れ戻せ
とりあえず食べる物でも仕入れて来ようかと考え、俺は一度外に出てちょっと物陰に隠れると、ムクムクムクッと大きくなる、と言うか元の大きさに戻った。やや大柄な人間サイズ。手の平サイズじゃ買い物するのに支障が有るしね。
って事で久々の等身大バージョンで颯爽と街へ繰り出す。すれ違う人がちょいちょいこっちを2度見して来る。
「…なんか俺、注目を浴びてるな。」
「それはまあ…、全裸ですクワらな。」
「…あ。」
呆れ混じりのネビルブの突っ込みに、慌てて先ず服屋に飛び込む俺であった。
買い物をして宿に戻り少し遅い昼食を摂りながらまた少しクリムと話をする。
「さて、ずっとここで匿ってる訳にもいかないんだが、当てはそのお母さんの実家しか無いのかい?」
「そこ以外だと…、正直思い付かないです。そこまでの友人も居ませんし…。」
申し訳無さそうなクリムの返答。まあ、この子の境遇じゃ仕方無いのかなぁ。
「お兄さんは、力になってくれないのかい?」
「兄は…、私が頼めば味方になってくれるかも知れません。でも、私の肩を持てば持つ程兄の立場は悪くなります。私が1人悪者になった方が、たぶん…上手く行くはずです…。」
そう答えるクリムの顔は本当に辛そうで、俺にはそれ以上聞けなかった。
気まずい沈黙の時が流れる。それを振り払う様に、クリムが逆に質問して来る。
「あなた方は外国から来られた方なのですか? 随分お強いんですね。なのに私なんかに親切にして下さって、たぶん厄介事に巻き込んでしまいましたよね。」
…まあ、厄介な事にはなってるね。
「あなた方のお連れの方、ミントさんですか? その方と私が似てたから巻き込んでしまったんですよね。」
「まあ、こればっかりは仕方無いだろうな。俺が勝手に間違えたんだ…。」
そう口に出しながら、ふと、ある懸念が思い浮かんだ。
「…そう言えば、君を追っていた連中はあの後も君を探していたに違いないよね。そんな中を何も知らずうろついている君とそっくりな俺の連れ…。」
「あっ! でも…旅行者なら表通りしか歩かないでしょうから、そこまで危ない目には…。」
「………」
残念ながらミントが目指したのは"裏ギルド"との接触、表通りなんて歩いてる訳は無い。俺は不安に駆られ、表に飛び出す。ちなみに等身大になっているのを宿の主人に明かしていないので、部屋への出入りは窓からだ。
俺は敢えて高度を取り、なるべく広範囲を視界に入れられる所まで上がる。すると、裏路地の、どう見ても治安の悪そうな辺り、見覚えの有る物を見つけ、今度は一気に急降下する俺。
そこに有ったのは小さなナイフ、入国審査の際、ギリギリ没収されなかったミントの獲物の一つだ、それが道端の枯れ木に突き刺さっている。やはりミントはトラブルに巻き込まれている。たぶんこのナイフは彼女がわざと残した物だろう。
慌てて周囲を見回す俺、何か他に痕跡は無いか? そして、ある匂いに気付く。かなり微妙な、だが恐らく自然のもので無い匂い。その匂いに、俺は以前ここミカロンまでの旅の間にミントとした会話を思い出す。彼女が持ち物の整理を始めた時だ………。
「あれ、その瓶って香水か? お前香水なんて付けてたっけ?」
「何だよ、女の持ち物を覗くんじゃないよ、失礼な奴だな。これはな…、おしゃれの為のものじゃ無いんだ。…嗅いでみな。」
「…なんか…、悪い匂いでは無いけど、何とも不自然な匂いだなぁ。」
「そう、その自然界にはまず無い匂いってとこが肝なんだ。ま、どう使うかについては企業秘密だ。」
……そんな会話だ。結局教えて貰えなかったその香水の使い方だが、今分かった、あれは"マーキング"の為のものなのだ。匂いの元を辿ると、それは点々とこの先迄存在している事が分かる。それを辿って行けば、彼女が連れ去られたルートを追って行けるって訳だ。ま、普通は犬か何かに探させるんだろうけどな。
マーキングはポイントごとに付けられており、迷う事も無い。馬車とか使われたら厄介だと危惧したが、どうやら裏路地をずっと徒歩で移動している様だ。案外近いのか?
マーキングを辿って行くにつれどんどん街の中心に向かっている事を訝しんでいたが、何と着いたのは王城! しかも正門から堂々と入っている。どういう事だこりゃ? 最初は少し悩んだが、俺は潜入を決行する事にした。
物陰に隠れ、買ったばかりの服を脱いでネビルブに宿まで持ち帰るように頼むと、今度はシュルシュルシュルッと身体を縮めて行く。羽虫サイズまで縮んだところでいざ突入、人の目を擦り抜け擦り抜け城内に。その後も匂いを頼りにどんどん城の奥へ、更に上階へと突き進む。やがてやって来た所は何やら立派そうな部屋の前。ここはさすがに隙間も無いのでドアに寄って聞き耳、すると聞こえて来る知った声。
「ええ〜、だから人違いですー。あたしクリムなんて名前じゃないです、唯の他所から来た旅行者ですよー。」
「そんな言い訳が通る訳有るか! 馬鹿にするのも大概にしなさい。その程度の変装でごまかせるとお思いか! 顔も声も、"人混じり"なところも、どこからどう見てもあんたはクリム様だ!」
そう、声もそっくりなのだ。魔族と人間のハーフっていうのも良く有る事なのかと思ったが、どうもそうでもないらしい。
「もうじきジン様がこちらにいらっしゃる。兄上様の前でもそんなおとぼけを続けられるならしてみなさると良い!」
ん、ジン様? 何か聞いた事有る様な…。この発言の主はどすどすとこっちへ近づいて来ると、乱暴にドアを開く。そして俺がスルリと中へ滑り込むのと反対に退室して行った。
部屋は立派なもので、派手では無いが、行き届いていると言う感じ。入って直ぐの出入り口左右にメイドが控えている。お世話役というよりは監視の為にいる様で、目配りに隙が無い。ここはどうやら監禁部屋とかではなくクリム嬢の私室の様だ。だが出入り口を固められているので、事実上の軟禁状態である。ミントはと言うと、今はメイド達に背を向けてソファに深々と腰掛けている。前に回って見れば、それはそれはぶんむくれた表情で、こっちの顔を見せればあっさりクリムとは別人と気付いて貰えたんじゃ無いかと思う程だ。俺はそのミントの目の前にふわりと舞い降りる。何の気無しにこっちを見たミントの目が、半眼から一気にまん丸になる。(シーッ)と手振りで大声を出さない様にさせる。
「よ、元気か、お姫さん。」
小声で、そう軽く声を掛ける。
「元気に見えるかよ! 誰が姫さんだっ、てかちっさ! 何なんだよこの状況は?」
質問と突っ込みが追い付かない風のミント。
「まあ、先ずは此処から逃げるのが先決かな。会ってもらいたい人もいるし、別件で厄介な事にもなってるんでね。」
「…ここ王城だろ? 王城から逃げた奴なんて、国に居られなくなるんじゃないか? てかどうやって逃げるんだよ。」
と、やはり声をひそめてミントが聞いて来る、ごもっともな質問だ、実際何も思い付かない。メイドさんを害する気にはなれないし、そもそも悪意から攫われた訳ではないのだから、暴れるのもはばかられる。などと考えて動き出せずにいると、何か話をしながら近付いて来る者が有る。
「見つかったのは良かった。乱暴な事はしていないだろうな。…何、別人だと言い張っている? 明らかに本人なのだろう?」
怒鳴っている訳ではなくそもそも声が大きい様だ。多分この声がクリムの"兄"だろう。これで誤解が解けて解放される? いや、多分面倒な事になる。恐らくクリムの兄というのは…。
「仕方無い、強行手段で行く!」
そう宣言し、俺はいきなり身体のサイズをムクムクと戻し、見る見る等身大に。そう言えばこのサイズの俺を初めて見るミントは開いた口が塞がらない。メイド2人は色めき立つが、さすがに不用意には寄って来ない。その隙に窓に向かってエボニアム・サンダー。窓がひとたまりもなく吹き飛び、開け放たれた窓に向かいミントを連れ出そうとしたその時、
「何だ今の音はぁっ⁈ 」
そう叫びながら部屋に飛び込んで来る大声の主、推定クリム兄。巨漢という程では無いが、それなりにガタイは良い。声も大きいが、何より存在感が大きい。俺は一目で確信した、この男はジン・レオン、武王と呼ばれる此処ダイダンの国王その人だ。部屋に入って状況を見、俺に気付き、驚愕の表情。
「お前は!」
丁度その瞬間俺はキャパオーバーで思考停止中のミントを小脇に抱え、窓から飛び出すところだった。
「待て、妹をどうするつもりだ⁈ 」
叫びながら駆け寄って来る推定ジン・レオン、もちろん待たない、一気に空へ舞う。メイドが矢を射掛けて来る。
「ばかもん、よさんか! クリムに当たったらどうする!」
そんな怒鳴り声もあっという間に遥か後方だ。
「くそ! 私も飛べさえすれば。おのれ何のつもりだエボニアム、よくも妹を…、絶対許さーん!」
俺の耳だからギリギリ聞こえたジンの叫び声。う〜ん、また要らんヘイトを溜めてしまったなぁ…。