ああ痛恨の人違い
とりあえずは生活の"糧"を探さなくてはならない。ミント等は経験を生かし諜報部に勤めるのはどうかと言ってみたが、別の場所を裏切ったりヘマをしてクビになったりした者を採ってくれる所など有るものかと逆ギレされてしまった。俺は俺でコンビニバイトくらいしかした事無いし、この世界に来てからした事と言えば荒事ばかりだ。
「仕事って、どうやって探すんだ?」
単純且つ基本的な俺の質問。
「まあ、ギルドに所属するのが一般的ですクワな。商業ギルドや傭兵ギルドなんかは大体どこの国にも有ります。シーフギルドなんて言う裏ギルドも良く聞きますでクエ。」
割と素直に情報をくれるネビルブ。まあ、元のエボニアムが職探し事情に詳しかった訳も無いか。
「腕っぷしで稼ごうと思ったら傭兵ギルドか…。」
「腕っぷしってwww、あの雷だけだろ?」
俺の今の腕を見てせせら笑うミント。ここまでの旅の間お前をずっと守ってやってたあの雷な。
「あたいはまあ…、シーフギルドか? 裏ギルドだから、接触するだけでも骨なんだよなぁ」
ぶつぶつ言いながらも取り敢えず行動開始する。
ここからは別行動となる。俺は宿の主人に傭兵ギルドの事務所の場所を聞いてそこへ向かう事にする。ミントはさすがに裏ギルドの場所を聞く訳にも行かないので、まずは情報収集に行くとの事。監視役のオウムロボットは暫し逡巡した挙句、俺の方に付いて来る事に決めた様だ。なんでやねん! 向こうは"裏ギルドに行く"とまで公言してるっちゅうに、それでも俺の方が要注意かい!
という訳で、ふわふわと空を行く3人連れ。食わず眠らずでもどうにかなる俺は拠点探しも職探しもするつもりさえ無かったが、どういう巡り合わせだろうか。そもそもこの国に来たのは完全に興味本位、まだこの大陸で唯一来ていなかったダイダンの人々の暮らし振りが見てみたかっただけなのだ。
それも有って俺は教えられた場所にはすぐに向かわず、ちょっと高めの位置から街の様子を覗き見ながら少しブラブラする。「ナニヲシテイルノカ?」と、オウムが訝しんで来るが、「サイト シーイング!」とだけ答えてあとは知らん顔を決め込んだ。
表通りの治安の良さは見てきたが、裏通りとなるとやはり雲行きの怪しい箇所も有り、所謂スラム街は存在する様だ。その為か、人通りはもっぱら表通りが多い。満遍なく衛兵が配置されており、治安の良さを担保している。それなりに活気は有る様だが、街並みは煌びやかさも雑多さも無く、やはりお行儀が良い。気のせいか、人族や鬼族を見掛ける事が余り無く、たまに見掛ける人族は奴隷の立場の者の様だ。種族による身分制度などが厳しい国なのかも。ひょっとすると魔族と人間のハーフだと言うミントなどは表社会では生きづらいかも知れない。
そんな感想を持ちながら街を眺めていた時、俺の耳にかすかな悲鳴が聞こえた。目、耳、鼻など、俺の5感はすこぶる良い。何なら第6感、7感くらいまで、極めて鋭敏な知覚を備えている。その耳に女性のものらしき悲鳴が聞こえて来たのだ。恐らく裏路地の衛兵の目が行き届かない辺り。首を突っ込む義理も無いと言えば無いが、聞こえちゃったしなぁ…。
と、いう事で声のした方に向かう俺。単に面白い事が有りそうだと期待して付いて来るネビルブ。
「ア、ドコヘ…?」
一瞬置いて行かれ、慌てて追いすがるオウムロボ。
現場はやはり行き交う人も少ない裏路地、若い女性が数人の集団に襲われている…て、あれ? あの子、ミントじゃん。何だかさっきまでと全然違う服を着てるし態度も清楚モードにしているが、ありゃどう見てもミントだ。あのモードにしてるって事は、襲われるのは計画の内なのかも…? 何て考えも浮かぶが、その表情の必死さはどうも芝居には見えない。襲っている集団は目立たない様な格好をしてはいるが、そこはかとなく素人では無い。腕を掴まれ引き倒され、取り囲まれるミント。俺は彼女と旅を始めてからずっとそうして来た様に、ちょっと渋々彼女を助ける事にする。
「痛い、離して下さい!」
「うるせえこの人混じりが! 離したら又逃げるんだろうが、手間掛けさせるんじゃねえぜ!」
「おい、あんまり乱暴するとまずい…」
「知るか! 俺こいつ気に入らねえんだ。半分人間だぞこいつ。オレ達が気を使う謂れなんてありゃしねえ! …って…、何だこいつは…? 」
地べたに腰を下ろした格好のミントの頭の上辺りにふわりと舞い降りた俺を見て訝しむ暴漢達。それでも未だミントの手を捕まえたままの男の腕にトゥキックを見舞う。
「痛えーっ!」
なりは小さいが筋力は人の数倍は有る俺の蹴りを受け、堪らず手を離す暴漢。少し距離を取ったのを確認し、その足元にエボニアム・サンダーを放って牽制する。ジリジリ後ずさりはするが未だ諦める様子の無い暴漢達、距離を取って弓矢を向けて来る者もいる。そこで俺は暴漢の中で頑丈そうなのを1人選び、そいつにちょっと加減したサンダーをぶち当てる。まるで壁みたいなその男だが、一瞬痙攣したかと思うと、口から湯気を吐き出しながらひとたまりも無くぶっ倒れる。そこまでするとさすがにまずいと感じたか、慌てて倒れた男を担ぎ上げ退散を始める暴漢達、矢を射掛けて牽制しながら後退して行く。
と、丁度そこでやっと追い付いて来たオウムロボ。
「オ前イッタイ何ヲシテイル…ア…貴方ハ…」
ミントに気付いて空中で静止した瞬間、折悪く暴漢がでたらめに射って来る矢がオウムに命中する。
「ア!」
「あ!」
「クワ!」
矢はオウム本体を見事に差し貫き、何かおかしな動きをしたと思ったら、呆気なくボトンッと地面に落下すると、動かなくなるオウムロボ。あれ、これ、まずいんじゃ…?
「監視役に"危害"が加えられましたでクエ…。」
「そうすると罰せられるんだっけ?」
漂うやっちゃった感。こりゃもうここで普通に暮らすのは無理になっちゃったかも。
「…そもそも何で追われてたんだよミント、何をやらかしたんだお前…て、あれ?」
いざこざを起こした張本人であるミントに文句を言おうと彼女に向き直った俺。だが、間近で見ると何か違和感が有った。
「ミント…だよな?」
「…御免なさい、ミントさんと言う方は存じ上げないです。私はクリムと申します。」
人違いだったぁー! いや、しかし、それにしてもそっくりだ。今の俺の知覚で人違いをするなんて、ちょっと考えられない失敗だ。
「…で、そのクリムさんは何で追われてたんだ? こんな治安の悪そうな地域で、ありゃあその辺のごろつきじゃ無いだろ?」
俺がそう問い掛けると、やや躊躇しながら答えるクリム嬢。
「私は…、或る方の元に嫁ぐ事が決まったんですけど…その…とてもそんな気になれなくて、家から逃げて来てしまったんです。」
ああ…、これ、良く聞くやつだ。親が勝手に決めた結婚がどうしても嫌で…っての。
「ていうと、あんたはいいとこのお嬢さんか? さっきの連中はひょとして家の人だったか? やっつけちゃったけど…。何か虐められてる様に見えたんで…。」
「さっきのは…、兄の…、部下の人達です。私、人間の血が半分入ってるので、あまり好かれていないんです…。」
彼女の口はとても重い。この世界で所謂ハーフというのはあまり良い扱いを受けていない事は知っているし、見ている。
「兄さん? は人間とのハーフでは無いのか?」
「兄は純血の魔族です。私は、その、正妻の子供では無くて…。」
割と込み入った話になる予感に、このまま襲われた現場に留まるのもまずかろうと思った俺。
「逃げたは良いが、行く当ては有るのかい?」
「母方の祖父の元へ逃げ込もうと思ってました。」
と答えるクリム嬢。そんなとことっっっくに手が回ってるに決まってるじゃん! 顔はそっくりだけど、抜け目の無いミントに比べてぽーっとしてるなこの子。と、いう訳で、仕方無く俺達の宿に連れ込むしか思い付かなかった。
こっそりと宿屋に戻る俺とネビルブとクリム嬢。宿屋の主人はもちろん全く疑わない、出て行った面子が戻って来ただけだと思っただろう。ま、一匹減ったけどな。
傭兵ギルド行きはとりあえず取り止め、て言うか監視役を害してしまってるし、もう表の仕事には就けないかも知れない。
道すがら、又は宿に戻ってから話を聞いたが、彼女達の両親は既に亡くなっており、兄はかなり早くから父の後を継いでいた様だ。年の離れた妹である彼女の事を兄は随分可愛がってはくれていた。同時に人間とのハーフであるという生まれのハンデの事をとても心配していたそうだ。
今回の縁談については兄の側近が言い出した事の様で、完全に政略結婚。本心では避けたいと思っている兄本人に代わり、その側近というのがグイグイと話を進めて来て、最後は兄も渋々同意したという事だ。お相手はそもそもが兄と敵対していた家の者であり、お手打ちの証として妹を嫁に差し出すという意味合いが強く、相手は初婚ですら無い。ハーフである彼女が大事にされる訳も無しというのが現実だそうだ。そこまで聞くとまあ逃げたくもなるよなとも思えてしまう。でもここではありきたりな境遇なのかも知れないし、どうにも正解が分からない。て言うか、厄介ごとに首を突っ込んじゃった感が無茶苦茶して来たぞこれ…。