新しい土地で新生活を初めてみよう
さて、着いたとは言ってももちろんすぐに入れて貰える訳では無い。街をぐるりと囲む高い防壁、そこに街道がぶつかるところに街の出入り口の門が開いている。通行証の有る者はその場で少しチェックを受けただけで通して貰えているが、それが無い者はそうはいかない、別室に連れて行かれての厳重な取り調べが待っている。
もちろん我々は後者である。今まで街への出入りは空からこっそりってのが多かったんで、こういうのも新鮮だなぁ…等と呑気に思っていたのも最初だけだった。若い女の子の一人旅、お供は可愛げの無い妖精(?)が一匹のみ。怪しむなと言う方がどうかしている。取り調べはもう泣く程厳重だった、と言うかミントはぶりっ子モードを発動して嘘泣きしまくっていたが、通じなかった。
「だから、この国に知り合いも居ない、何かの団体の後ろ盾もない、そんな女の子がたった1人で観光で来ましたって、そんな話を信じろって言われてもねぇ。」
「えー、別におかしな所なんて無いですよー。わたし当ても無い一人旅って大好きですし、この召喚魔のボニーが居るから危険も無いですしー。」
「召喚魔って、その小さいのかい? ボニー? 笑わせないでくれよ。この街道は結構ヤバい魔物やゴブリンの集団なんかも出るんだよ。実は街の外に他の仲間が居るんだろ?」
完全に疑って掛かって来ている検査官。ま、どう贔屓目に見ても怪しいわな。人員構成もそうだが、このミント、そもそもの経歴はビリジオンのガリーン議長直属の諜報員、真っ黒である。検査官のプロの勘に引っ掛かってもおかしくは無い。だいたい最初の持ち物検査の時点で護身用にしても余りにも玄人仕様の獲物がゴロゴロ出て来る出て来る、置いて来いよ阿呆! そうなって来るとコイツのぶりっ子仕様も胡散臭く思われてもしょうがないと思える様になって来る。
「特に怪しいのはその召喚魔だ。小さい癖に何とも凶悪な姿をしてやがるなぁ。」
…あれ? 疑われてるの、むしろ俺?
この後、ちょっとムッとした俺が護衛として充分役に立つ証明にエボニアム・サンダーを外窓に向けてぶっ放して検査官をひっくり返らせたりしたが、疑いは晴れず。結局待機室という名の留置場で一泊させられた挙句、翌日の昼くらいに監視付きでの入国がやっと許されたのであった。
「ちっきしょう! 何だってんだよあの検査官。うら若き乙女を散々疑りやがって、所持品検査か何か知らねえが人の身体をあんだけ触り倒しておいて、見返り無しかよ、金払えくそぉ!」
その所持品検査で山の様に危ない物が出たけどな。
「オイオ前、取リ調べ室デノ態度トズイブン違ウジャ無イカ。」
何やら作り物っぽい声でそう言って来るのは俺達に随伴しているオウム型の魔法生物。こいつが入国検査の際我々に付けられた“監視役"という訳だ。このオウムが不適と判断する様な行動を取った場合や、オウム自体に危害が加えられた場合、罰せられる事になるそうだ。「喋る鳥って、アタシとキャラが被るでクエ!」と不服そうなネビルブだったが、オウムの方は本当に人工物然とした見た目で、言い付けられた役目を機械的にこなす様に作られている様で、見た目と相まってほぼロボットだ。
「あれは営業用だよ。機械人形なんかに媚び売ったって何の得にもならねえだろ!」
すっかり素に戻ったミントが口汚い。それさえ無ければ中々に楽しげな一行である。若い女の子と、その周りをパタパタと飛ぶ鳥が2羽に妖精(爆笑)が1人。遠目に見ると割とメルヘンな集団に見えない事も無い。道行く人も物珍しそうにこっちを2度見して来る。
ミカロンは中々活気の有る街に見える。それなりに人通りも多いし、子供連れの女性なんかも見掛けるんで治安もいいんだろう。ただ何処かお行儀が良過ぎるとも感じてしまうのは、俺も大分この世界に染まったかな? まあそんな訳で、我々はちょっと浮いている。やたらと目に付く衛兵以外、寄って来る者はいない(子供はこっちを見て指差して止められてるけど)。
「さて、まずはどうするんだ?」
「先ずは宿だろ! 拠点が欲しいし、まともなメシも食いたいぜ。…ところでお前、金は有るんだろうな?」
「え…、俺⁈」
…そう言えば聞いた事が有る。男女カップルで行動する時、お金は全て男が出すものだってのが世間一般の常識なんだそうだ。そんな伝説が有る。
「一応、持ってる…。」
ビリジオンでの働きを評価され、大陸共通貨というやつで幾らかの報奨金を貰ったのだが、仲間との別れ際それを少し分けて貰ってあったのだ。
という事で、安宿に居を構える俺達。俺と鳥達はペット扱いという体で、一人部屋である。
「一人部屋って、男と相部屋でいいのかよ?」
「…男って?」
俺が気を遣って質問した答えがこれである。俺を何だと…。
「お前さんの事なら今更だろ。お前があたいを襲おうと思えば今迄だってチャンスは幾らでもあったろ?」
…ぐうの音も出ない俺。そんな具合に、新たな土地での奇妙な共同生活が始まったのである。