第1話 最新作とは
◇──『CBF(Crowded・BattleField)』専用ルーム
「無駄に広くて、なにもない」
周囲を見渡した。真っ白な空間。特に目を引くものはなく、ただ淡々とした空気が漂っている。少し鼻につく化学臭があるが、それ以外には特に突出するところは見当たらなかった。
「そうですよ、視界はゲームで補うのですから、物があると怪我します」
彼女の言葉には、少し納得できた。どこか珍妙な場面に立たされているのは確かだが、気持ちが高揚しているのも否定できない。
「とりあえず! ゲームしましょう!」
「え?あっ、はい……緊張する!こんな所でゲームをするって想像すると……」
「普段ゲームしないのですか?」
「しないね」
健一の返答に、彼女は一瞬驚いた表情をした。少し考えた後、何事もないかのように手持ちのリュックからデバイスを取り出した。
「このご時世にHMDゲームに触れてないのですか……とにかくやりましょう!先輩が手ぶらなのはわかっているので、私のを使ってください」
「ありがとう、ごめん本当に疎くて」
真理から手渡されたHMDデバイス。起動ボタンを押すと、瞬時に周囲の真っ白な空間が緑一色に変わった。
「お……おーー」
「すごいですよね」
思わず感嘆の声を漏らす。たかがゲームのためにこの部屋に来ただけなのに、まるで別世界に飛び込んだかのようだ。
「すごいな、こころなしか草原のにおいを感じる」
「ゲームも日々進歩です」
期待していなかった分、未知の体験に心が躍る。これが未来のゲームの姿なのだろうか。
「まさかここまで凄いとは……」
視覚だけでなく、嗅覚や触覚までが刺激される。草原に吹く微弱な風が頬を優しくなでる。その感触に、思わず心が掴まれた。
「本当に知らなかったんですね」
「え?最初に言ったじゃん。でも、本当にすごいな。ゲームとは思えない」
「ゲームですよ」
その瞬間、光の粒子とともに一人の女性が姿を現した。真理と同じ身長で、金髪に紅い目をしたショートヘア。彼女はメイドの格好をしている。
『プレイヤーのみなさん、私は案内人を務めるアルファと申します』
「細かいなぁ……」
「先輩、近い」と真理がちょっと恥ずかしそうに言った。繊細な造りに吸い寄せられつつ、後ろ手に引っ張られた。
「びっくりするから引っ張るな」
「先輩が初心者なのはこれでわかりました」
『始めに、ニックネーム(カナ漢半角英数字)を7文字以内で付けてください。一度、登録したニックネームは改名不可能ですので御気をつけて下さい』
その機械音声に促され、健一は長方形のCG画面を見つめる。
「どうしようかな」
改名不可と言われれば、カッコいい名前を考えざるを得ない。迷いながら考える。
「私は、『さときち』でいいかな」
「き、真理は決まってるのか」
「意味を含める人がいますけど、なんでもいいと思いますよ。ゲーム内では本名呼びはせず、ニックネーム呼びが主流なので、呼びやすいニックネームがいいかと」
そう真理は説明を続けた。
「ふーん、そか」
適当に文字を入力し、[OK]ボタンをタップして確定させる。
「『やまだ』ですか」
「ニックネームで呼ばれても反応できる自信がない」
自嘲気味に言う健一。
「いいと思いますよ、全然」
「おかしい?」
「いや、普通ですね。さあ、続けて!」