その3 冬の日の行列
道路沿いには、早朝にも関わらず、長い行列が続いていた。その行列に並んでいるのは、少しばかりそわそわした様子の二人組。兄と妹の関係だ。
「妹よ。お兄ちゃんを朝早くにたたき起こしたのはゲームのためかい?」
「うん!」
兄は背伸びをしながら尋ねた。妹はまっすぐな笑顔で答え、白い息を漏らしている。
朝早くから並んでいるのは、妹が欲しがっているゲームを購入するためだ。この店の開店時刻は朝九時。今は開店の一時間前だが、すでに前列には数十名近くの猛者たちが同様に並んでいた。
「寒い……」
「冬だよ、お兄ちゃん」
小さく言った自分に妹は当たり前のように答えた。昨日寝ようとしたところを呼び止められ、外に連れ出されたと思ったら、ゲームを買うため。しかも冬だ。薄着で出てきてしまったがために朝一番の風の冷たさは身にしみる。
「外に出ないからだよ」
「季節に外もなにもないでしょ」
「この肌着、半袖半ズボンだけど」
ある意味、冬の格好をできていない自分が恨めしく思った。小学生の妹とは違い、兄には体内に暖房が入っているわけではないのだ。
「ちょっとコーヒー買ってくる」
「なにか甘いやつ!」
凍える手を生ぬるい息で温めていたが、このままだと耐えきれなくなる。鈴鹿を置いて、列から近くの自販機に向かった。自販機に向かう途中、前列のカップルが言い争いをしていた。
あーやだやだ。寒い日に朝からリアルを充実してる奴がなんか言ってるよ
ただ頭は上の空で、死んだ目で空を見上げながら、心の中で愚痴を言った。
「……たけぇ、身に染みる」
ホットコーヒーを手にした瞬間、体が少し温かくなるのを感じた。ずるずると鼻をすすり、缶に口を当てたままその場を離れた。女の人と横目で目線があったのを尻目に列に戻ると、妹が不満そうにこちらを見つめていた。
「お兄ちゃん、遅い」
「はいはい」
「コンポタかぁ……」
「甘いやつでしょ」
「そうだけど、そうじゃない」
年頃の女の子の感性を理解するのは難しい。
「……たけぇ、身に染みる」
「おっさんか」
兄がつぶやくと、妹は顔をバッと背けた。
「女の子に向かってかける言葉じゃない」
「ほんと兄妹似たもの同士だわ」
健一は溜息を漏らしつつ、寒そうに小さく丸まっている妹の鈴鹿の様子を見ていると、顔色が悪いことに気づく。
「お兄ちゃん、足も上着に入れるとあったかいよ。これ発明?」
「全国の子どもならみんなやってるよ、体操服で。お兄ちゃんもやってた」
ふふっと笑いながら返すと、鈴鹿もそれに合わせて笑った。ふと、列で待っている間に思いついた疑問が浮かんだ。
「ところで、鈴鹿よ。朝早くから並んでも欲しいゲームについて、そろそろお兄ちゃんに教えてくれない?」
「抹茶を育てるゲーム!」
妹は目を輝かせて答えた。
「なにその奇怪なゲームは……」
思わず戸惑った。調べてみると、ただ抹茶をかき混ぜ、風味や色合いを競うゲームだそうだ。ゲーム自体がこの列と全く無関係であることに気づいた。
「並ぶ必要がなかったのでは」
「何言ってるの、みんな並んでるもん。美佳ちゃんも並んだって」
「それは多分、違うゲームだよ……」
その後も、兄妹の会話は続いたが、寒さと共に明らかに心も温まり始めていた。周りでは、他の人たちも同様に身を寄せ合い温まろうとしている。やがて開店の時間が近づくにつれ、期待の高まりと共に緊張の空気が流れた。