その2 妹よ、兄はつらい
日が差し込む一室。カーテンを閉めきった薄暗い部屋を、ぼんやりと照らす液晶テレビの光が、ソファやガラス張りのテーブルに反射している。テレビの画面には、最新のゲームの予告編が流れ、画面の中でキャラクターたちが華々しく戦う様子が映し出されている。
「ねぇ!お兄ちゃん、聞いた?新しいゲームが発売するんだって!」
「そうですか」
「なにその返事!むかつく!」
甲高い声をあげる妹の鈴鹿が、テトテトと足音を立てて急いで走り寄ってくる。彼女はまだ小学生なのに、その元気さはまるでエネルギーの塊のようだ。青年の山田健一は、自分の妹に対して、掠れた声で応えた。
「大学生にもなって、ずっとごろごろしているのはよくないよ。たまには友達と遊びに行かないの?」
「小学生の妹に傷を抉られる……」
軽くため息をつきながら、部屋の片隅に放置された教科書の山をちらりと見やる。自分は今、バイトやゼミ、研究テーマを模索する重要な時期だ。それにも関わらず、妹の言葉にはどこか心に響くものがあった。やはり、こうして引きこもっている場合ではないのかもしれない。
「お兄ちゃんには知り合いがたくさんいるじゃない」
「知り合いと遊べばいいじゃん。そしたら友達ができるよ」
「そうだね、鈴鹿は賢いね」
妹のその一言に、少しだけ胸が痛んだ。年下の妹からの小言が、まるで大人の自分を見透かされているようで、素直に受け入れることができなかった。無意識に妹の頭を撫でる手に力が入ってしまう。
「痛いよ……」
「ごめんね。こう見えてお兄ちゃんは忙しい。友達と遊びに行っておいで」
毎回のこのやり取りには、さすがに飽きている様子の鈴鹿だった。彼女はため息をつく。
「はぁ……」
「なんだよ?」
「いや、別に。うちに彼氏ができてもいいんだね!」
その発言に、思わず動揺が走った。小学生にもなれば恋愛の話が出てくるのは当然かもしれないが、やはり兄としては複雑な心境だ。恋愛なんて、まだ遠い世界の話のように思えた。
「うんうん、そうだね」
鈴鹿の「ませた」発言は、お兄ちゃんにとって少し驚きだった。実際、小学生の色恋沙汰などたかが知れている。好きな異性と遊ぶ、それ程度のもので、気にするほどのことはないだろうと、自分の中で言い聞かせる。
「お兄ちゃんは応援するよ。どんな子と彼氏彼女になっても」
「なんか、隣のおじさんみたい」
鈴鹿は顔をしかめ、感情を隠せなかった。兄としてはその反応に笑わざるを得ない。撫でる手が止まり、その無邪気な反応に微笑みがこぼれた。
「うんうん」
「もういいよ、髪型崩れる」
「…………」
いつもは撫でられることを喜んでいるはずの妹が、自分の手が止まると物足りなさげに見上げている。急に気が引けて、もう触れられないままでいた。
「歳をとりたくないな」
「私は早く大人になりたいよ!」
「うんうん、そうだね」
「なに?」
その無邪気な笑顔が、兄の心に温かさをもたらした。その瞬間、膠着した時間が少しだけ和らいだような気がした。大人になりたくない、でも妹はその逆。そんな不思議な思いが、すれ違っているようだった。
「あっ、お母さんがご飯だって!」