第8話 イベント
健一は、何十人ものプレイヤーがごった返している中でキョロキョロと辺りを見渡し、落ち着かない様子を示していた。彼の目の前には、様々なキャラクターが集まっており、賑やかな雰囲気が漂っている。
「あっ、先輩」
「こんなに人がいるなんて聞いてないぞ」
呼びかける声が耳に入った。健一は、後輩の真理の姿を見つけ、不満を漏らす。
「どこでログインしてるかわからないですけど、それが一斉に同じサーバー室に集結してるんですから、これくらいは覚悟しないと」
そう笑顔で答えている。
EXTRAレイド『小悪魔リリー〈DevilLilly〉討伐戦』に参加するために、健一は個室の専用ルームに戻った。ここに辿り着くまで、一人でこの混沌とした状況を切り抜けることは、なかなかに勇気のいる挑戦だった。
「先輩は、初めてのレイド戦に思ったより落ち着いてますね」
「眠たいってのもあるけど、まぁなんだろ、色々とね」
少し眠たそうに目をこすりながらぼやく。
「なんですか、そんなに楽しみにしていたのですか?」
「うんうん、そうだね」
興味津々に尋ねる真理に頷きながら頭を撫でた。
「先輩って、誤魔化すときに頭を撫でるクセでもあるんですか?」
「さぁ、しかし女性のプレイヤーも結構いるな」
健一は周囲を見渡す。思わず視線を遠くに移し、そこで一人の女性プレイヤーに目を引かれる。紅色のロングヘアをなびかせ、カジュアルでありながら美しい七三分けの武士風の衣装を身にまとっている。
「先輩、出会い厨なんですか?」
冗談めかして訊ねる真理に、健一は「なわけあるかい」と笑って答えた。
「でも、やめておいた方がいいですよ。ほら、歩き方やら何やら、男ですよきっと」
真理が警告すると、健一は一瞬黙ってから頷いた。
「なるほど、歩き方がガニ股だし、他の女性プレイヤーを見る目が妙なんだな。まあ、男性プレイヤーに対しての時に見せるニヤニヤとした顔が特に目に余る」
冗談を交えながら続ける。
「よくやりますよね、容姿変更が今後できなくなるのに、多様性ってやつですかね?」
真理が問いかけると、健一は「そういうものなんだかね」と少し考え込む様子を見せた。
「イベントの内容はある程度調べてきたつもりだけど、ここでみんなで攻略するんだよな」
「そうですよ。このフィールドの中央に魔法陣が見えますよね?」
健一が確認すると、真理は頷きながらと指を指した。視線の先には、大きな円状の魔法陣が広がっている。
「時間になると、あそこにボスモンスターが出現します。そのモンスターに攻撃を繰り返して、その貢献度に比例してドロップするレア度が変わるっていうシステムです」
「あのお二人さんは、パーティーを組んでいるのですか?」
健一が気になった様子で話していると、近くで話しかけてきたプレイヤーが寄ってきた。
「はい、彼とパーティーを組んでます」
真理が前に出て自己紹介すると、そのプレイヤーは「そっか、残念。君、女の子でしょ?」と冷やかした。
「私もパーティーに入れてくれない?」
そのプレイヤーは食い下がるが、真理は「いやです」と即答した。
「そっか、残念。精々、後ろに気をつけてね」
プレイヤーは健一たちを下から順に見回し、鼻で笑い、続けてそう警告すると、真理は「はい、あなたこそ」と言い返した。
女性に扮したプレイヤーは、少しの間黙り込み、やがてそのように言い返し、健一たちを見つめてきた。
「大丈夫?」
その様子にただならぬ雰囲気を感じ真理に尋ねると、素敵な笑顔で「はい?仲良しこよしで良い武器が手に入るわけないじゃないですか。戦場ですよ、ここ」と冷たく答えた。「怖いな」と健一は思う。
「ゲームは遊びじゃないですから」
「えぇ……」
「そういうわけなんで」
真理は挑発的な表情を浮かべて言った。
「本当によろしいですね?」
「えぇ」
「いえ、そうですか……残念です。なら流れ弾など当たっても仕方がありませんね」
そのプレイヤーは不敵な笑みを浮かべて言った。完全に敵対視されたように感じだった。
「はい!構いませんよ。あなたこそ後ろにお気をつけて。私の相方はノーコンなんで」
挑発を返す。「おい」と健一は声を大にした。その様子にプレイヤーは微笑んだが、笑顔は崩さずに立ち去った。去り際に見せた不敵な笑みが、健一の胸に不安を残す。
「本当に参加してもらわなくてよかったのか?」
「普通に考えて怪しすぎますよ。それに下心ですよきっと」
「怪しいのはわかったけど、わかるもんなのか」
「噂されてると、そういう人が寄ってくるんですよ」
「そっか」