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第九話 バッドエンドは突然に

 帰宅後、妙な喪失感と共に俺は自室にいた。

 明日が雨予報だったため、窓は締め切って冷房を付けている。

 古いエアコンの異音を聞きながら、床に座ってベッドを背もたれにしていた。


 手元にあるスマホに映し出されたのは、ラインの画面だ。

 開いているのは巡葉とのトークページで、そこには下書きがあり、『レッスンどうだった?』という機嫌取りメッセージが張り付けられている。

 俺はそれをまた全部消去した後、ベッドにスマホを投げた。

 かれこれ似たような行動を六回は繰り返している。


「はぁ」


 今日何度目のため息なんだろうかと我ながら思った。


 夕食を家族ととり、そのまま自室で宿題といういにしえのミッションを済ませた後の事だ。

 残りは就寝するだけになって、不意に考えなくて良い事ばかりが頭をよぎる。


 今日のやり取りで巡葉を不用意に傷つけすぎたのではないか、もっとやり方や言い方はあったのではないか、俺に怒ってしまっただろうか。


 そんな詮無い後悔と反省が押し寄せた。


 巡葉は俺の事をよく見ている。

 あいつは既にタイムリープした俺に違和感を覚えており、それを敏感に感じ取っていた。

 ふとした行動の差異もあるだろうが、それ以上に彼女に違和感を悟らせた原因は、俺が急に素っ気なくなった事だろう。

 

「まぁ考えても仕方ないな」


 壁にぶつくさ言いながら自己正当化を図るしかない。

 未来を知っている俺が、その最悪を回避するためにしている事だ。

 間違っているわけがない。

 今は若干傷つけることになったとしても、最終的に巡葉が笑う未来に繋がるはずだ。

 ……多分、そうに決まっている。


 だがしかし、今少し怖いことが頭に浮かんだ。

 それは、ここで俺と付き合う世界線が消滅したとして、それはそれでアイドルにもなれないという未来が訪れる可能性だ。

 俺は勝手に自分の存在が彼女を阻む障害だと思っていたが、そうではない可能性もある。

 俺と付き合おうが付き合わなかろうが、関係なくあいつはアイドルになれない運命なのかもしれない。

 そうなると、ただ本来の想い人と結ばれないという鬱展開のみが待ち構えている事になって。


 いやいや、そんなわけがない。

 

 どうせ俺との交際に舵を切ったところで、待ち受けているのは決別だ。

 その事実が変わらない以上、俺と付き合うのは最悪の愚策。

 どのみち俺は距離を取るに越したことはないんだ。


 暗い思考が脳にまとわりつくのを思いっきり振り払い、俺は部屋を見渡す。


「くそ、キンキンに冷えた缶ビールが飲みてぇ」


 未成年というのは色々不便なもんだ。

 こういう時は雑念ごと、酒で意識を飛ばせたら楽なのに。


 起きていても嫌な事ばかり考えてしまうため、俺は寝ることにした。


 ベッドに転がるとすぐに睡魔が押し寄せてくる。

 今日も今日とて色んな事があって、頭も体も疲労が溜まった。

 ゆっくり休もう。

 

 重くなる瞼に逆らわず、目を閉じる——。





 眠ってからどのくらい時間が経ったときの事だろうか。

 ぼーっとする意識の中で、俺は息苦しさに薄っすら目を開ける。

 何やら違和感があり、目が覚めたらしい。


 息苦しさの次に覚えたのは首の違和感であり、一瞬寝相が悪いせいで首に布団が巻き付いたのかと思った。

 だがすぐに下腹部に妙な重さが加わっている事に気付き、徐々に不自然さに気付く。

 ……誰か、いる。


 状況の緊迫性に気付き、俺は恐怖で咄嗟に目を瞑った。

 今俺の上に、恐らく誰かが馬乗りになっている。

 しかもその主は俺の首に手をかけ、力を込めている。

 —―殺されかけているのだ。


 状況に気付いた時にはすでに遅かった。

 呼吸はほぼできず、全身をガッチリ固められているせいで力も入らない。

 冷房のせいか、やけに冷たく感じる手先足先の感覚とは逆に、首と頭にかけて血が集まっていくのがわかる。

 抵抗できない分、ジタバタと芋虫のようにもがくことしかできなかった。


 一度は恐怖で閉じた目を、俺は今度は開いた。

 自分を殺そうとしている相手の顔を、最期にこの目に焼き付けようと思ったのだ。

 この意味の分からない状況で、俺は精一杯目を開ける。


「ゔッ! ……ぅぅっ」


 暗闇でよく見えなかった。

 相手は馬乗りになって俺にしな垂れかかってきているため、陰になってほぼ視界は真っ黒だ。

 だがしかし、その少ない情報からも相手の事が俺にはわかってしまった。


 そいつは女だった。

 体は華奢で細く、どこにこんな力が隠れていたんだと驚く。

 セミボブの髪がバラけ、俺の方に垂れ下がっていた。

 暗闇に目が慣れてきた事で顔の中身が薄っすら見え、俺は最後の力を振り絞って目を見開き、呻く。


「おぁえ……、め、めゔぅ」


 刹那、意識が飛んだ。

 俺は恐らく死んだのだ。

 今この時を持って、せっかくの二周目の人生を、目の前の女に終わらせられたのである。



 馬乗りになって俺の首に手をかけていたのは、俺が最も愛した女だった。

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