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第二十話 ストーカー

 人生四度目の2020年7月10日月曜。

 お決まりのやり取りや耳タコな授業をこなした後、俺は放課後に入ってすぐに教室を飛び出した。

 向かう先は隣の隣のクラスである。


 その際、俺の奇行に巡葉が目を丸くして「漏れそうなの……?」なんて言っていたのは華麗にスルーした。

 お前含む俺達の未来のための行動だというのに、酷い言い草である。


 ちなみにそんな彼女は普段の展開通り、今日もダンスのレッスンに行くと意気込んでいた。

 なんなら明日もレッスンに行くことを、俺は知っている。

 そしてそのレッスンが実を結ばない結果が、今週木曜に待っている事も。

 だからこそ、今日この瞬間の俺の行動に意味が生まれる。


 放課後になって生徒が帰宅し始める中、廊下を駆け抜けて目的地に早速到着。

 即座に教室の戸を開けようとして思いとどまり、少し息を整える。

 用があるのはとある男だ。

 そいつのクラスは巡葉に聞いたから間違っていないと思う。

 

 ガラッと教室の戸を開ける俺。

 と、すぐさま中の生徒たちから一斉に視線が集まった。

 その中で即座に例の男の姿も見つけた。

 そいつは俺を見るなり怪訝そうに、そして興味深そうに眉をひそめている。

 しかし。


「おい! まだ終礼の最中だぞ!」

「す、すみません」


 高校生を卒業して早数年、他クラスの終礼を待つという文化を忘れていた。

 教員に怒鳴られて謝り、一旦扉を閉めて廊下に戻る。

 中から笑い声が聞こえ、それが自分に向けられているとわかって顔が赤くなるやらなんとやらである。

 そもそもあまり先生に怒鳴られ慣れてもいないため、一々メンタルに来る。

 あんなに怒ることなかっただろうに。


 頭をかきながら気恥ずかしさを隠していると、背中に気配を感じた。

 と、振り返った背後には見知った女がいる。

 そいつはじーっと話しかけもせず、俺の後ろ姿をジト目で眺めていた。


「ねぇ何やってるの?」

「……べ、別になんでもない」


 怒鳴られるのを聞いていたのだろう。

 そのまま薄い笑みを向けてくるのは柴凪巡葉だ。

 彼女は何度と見た小悪魔チックな表情で、俺を煽るような笑い声を漏らした。


「ふぅん。顔真っ赤だけどなんでもないんだ」

「そういうのは口に出さないのが優しさってもんだぜ」

「ふふ、それは悪うございました。……で、なんであの人に会いたいの?」


 巡葉に聞かれて俺は何もないフリをしながら答える。


「野暮用だよ」

「ふーん。私に内緒事するとは命知らずだね」

「……全然洒落になってねえんだよ」

「あはは、まぁいいや。じゃあまた明日ね」


 彼女は俺に言うと、そのままその場を後にする。

 今からレッスン教室に向かうのだろう。

 軽い足取りで小さくなるその後姿を眺めていると、なんだか複雑な気分になってくるものだ。

 そして、俺は独り言を漏らす。


「……次会うのは明日じゃないんだけどな」





 思ったより終礼が長引いており、時間にして十分くらい待たせられたのち、ようやく教室から生徒が出てくる。

 流石にもう怒られないだろうと教室に顔を出すと、丁度帰る予定だったのか、扉のすぐ目の前に俺の目当ての人物が立っていた。

 そいつはまだ(・・)面識のない俺に向かって首を傾げながら聞いてくる。


「雲井君、だよね?」

「あぁ。……用があるんだけどちょっと時間ある?」

「僕に?」


 目の前の美男子——澤湊音にそう聞くと、彼はスマホを見て思案顔になった。


「急ぎの用があったんだけれど、まぁいいか。君の顔を見るにこっちの要件もかなり重要度が高そうだし」

「そんなに酷い顔してる?」

「うん」

「即答やめてもらっていいですか? なんか傷つくんですけど」


 被害妄想か知らないが、素の顔が酷いと言われた気がする。

 しかし何はともあれ、話を聞いてもらえるようで一安心だ。

 俺達は一度教室に入り、湊音の席で話をする。


「で、何の用だい?」

「今日、ダンスのレッスン教室に行く予定はあるか?」

「……」


 質問に質問を返され、さらにその内容がかなりプライベートだったからか、湊音の表情にあった余裕が失せた。

 澄んだ両の眼は、明らかに警戒した目つきになって俺を見る。


「柴凪ちゃんに聞いたのかな?」

「あぁそうだ。よく妹の付き添いで来るってあいつが」

「……だとして、それが君に何の関係が?」

「行くなら俺も連れて行ってくれ」

「……」


 再び口を閉ざす湊音だが、その表情は今度は警戒から困惑に変わった。

 まぁ普通に考えたら意味の分からない申し出だもんな。

 とは言え、俺は本気である。

 じっと見つめてくるのに俺も目をそらさずに訴えかけていたら、彼はやれやれと首を振りながら口を開く。


「行くか行かないかで言ったら行くよ。うちの妹、今日もレッスン着を忘れて家を出ていてね。このままじゃ裸でレッスンしかねないから渡しに行くのさ」

「流石に裸はないだろ」

「どうだろう」


 ボケだと思ってツッコんだのだが、湊音の本気の懸念顔に内心ドン引きだ。

 こいつの妹こと澤虹乃に関して、正直面と向かって関わったことは少ないのだが、こんな心配をされるレベルでぶっ飛んでいるとは思わなんだ。

 

 放課後の教室では他の生徒の騒ぎ声が響いており、若干煩わしい。

 教室前方の大声で動画を撮っている女子に顔を顰めていると、湊音は俺に聞いてきた。


「で、うちの妹や僕の予定はどうでもいいんだ。なんで君はレッスン教室に行きたいんだい?」

「……巡葉が、最近思いつめてるようだから心配で」

「なるほど。でも、付き合ってもいない君が行って何になるんだい? 正直気味が悪いし、彼女にとってもお節介かもしれないね」


 俺は巡葉のストーカーにでも見えているのだろう。

 事実として湊音の発言は正しいし、俺はこの件に関して部外者だ。

 付き合ってもない女子、いや、仮に付き合っていたとしても、他人の課外活動に顔を出すのなんて異常行動だろう。

 俺の今の状況では本当にストーカーとして訴えられてもおかしくない。


 だがしかし、そうはならない。

 巡葉は絶対に俺を邪険にしない。

 未来を知っている俺は、現在のあいつの俺への好感度もある程度把握できている。

 完璧に拒絶されたり、通報されたりって事は考えにくい。

 あと、仮に邪険にされるならそれまでだ。

 俺の見通しが甘かったと反省するだけ。

 何故なら、どうせそうなった時点でそのルートには未来がなく、また巻き戻ってやり直すことができるのだから。

 俺には”次”があるのだ。


「でも、俺以外に誰があいつのサポートをするんだよ。付き合ってなくても、大事な友達だ。助ける理由にはなるだろ。誰もサポートしてやらないから今あんなに追い込まれてる。お前だって近くで見てるならわかってるだろ」


 強引にそう言うと、湊はため息を吐く。


「まぁそう言われると一理あるかな? とは言え、教室の子はみんな柴凪ちゃんがアイドル志望なのを知ってる。男がいるだなんて勘違いをされるような事をしたら、彼女が困るんじゃ?」

「それは……」


 正直考えが及ばなかったところだ。

 流石と言うべきか、湊音はあっさり俺の行動の問題点を指摘し、論破する。

 彼の反応を見て、俺は無謀な頼みだったかと残念に思った。

 しかし、彼は続けた。

 それはもう意地の悪い笑みを浮かべながら、俺の反応を愉しむかのように言う。


「まぁ別にいいけどね。見学って体で僕から連絡すれば誰も訝しまないさ。それに、君の話は柴凪ちゃんから何度も聞かされてる。彼女、思ったより君を気に入ってるみたいだから喜ぶだろうさ」

「え?」

「そうと決まれば急ごうか。教室の場所は電車で数十分かかるからね」


 てっきり断られるのだと思っていたため、俺は目を丸くする。


「いいのか?」

「うん。まぁ君がストーカーとして警備員に連れて行かれたら、それはそれで面白いし」

「俺は全然笑えないんですけど。……ねぇ、本当に大丈夫?」


 笑いながら荷物をまとめる湊音に、俺はただ呆然と立ち尽くした。

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