第十九話 ハードモード
『The Wedding of Your Idol』——通称『ユアドル』。
2024年の秋頃にリリースされるアイドル系のギャルゲーである。
ゲームコンセプトは攻略ヒロインの好感度を上げつつ、恋愛シミュレーションしながら、アイドルとしてプロデュースするというものだ。
考えてみればかなりふしだらな内容だと言える。
そもそも恋愛禁止がスタンダード姿勢であるアイドルが、裏方と恋愛的に繋がる事なんて言語道断。
現実世界にも多く転がっている内容だろうが、バレればハチの巣になるまで撃ち抜かれ、燃えた後は灰すら残らないくらい綺麗に界隈から消されるだろう。
いや、負の遺産として語り継がれるだろうから灰は残るか。
そんな冗談はさて置き。
あくまでゲームとして、現実にはそう起こり得ないから流行っていた。
推しと恋愛してあんなことやこんなことを……そんなただのオタクの夢である。
そして、どこまでいっても所詮願望を詰め込んだだけのフィクション。
だからこそ結婚エンドなんて言う大問題イベントが、幸せのトゥルーエンドとして描かれていたのだ。
ゲームでは週ごとにイベントを選択し、ヒロインとの関係を進めていくシステムが採用されており、その行動選択に失敗したら任意でリセットやループができる機能が付いていた。
快適性を担保するため、プレイヤーは恋愛シミュレーションやアイドル育成に失敗したと思った瞬間、いつでも自由にリセットできたのだ。
そしてその際、毎回戻されるのは起点日である月曜。
やり直してその週に何のイベントをこなすかを選び直せた。
ここまで思い返してやはり思う。
俺の今置かれている現状が、物凄くそのゲームシステムに酷似しているという事だ。
ゲームに合わせて言うなら、攻略ヒロインである柴凪巡葉というアイドル志望の子と恋愛しつつ、かつその間に彼女にアイドルになる夢を諦めさせてはいけない。
それに失敗すればバッドエンド——つまりリセット、ループである。
またこの7月10日の月曜日に戻ってくるというわけだ。
そう考えると思い当たる節は多くある。
初めてループした時、俺は巡葉と距離を置こうとし、敢えて夕星と仲良くする場面を彼女に見せてフラグを折ろうとした。
恋愛シミュレーションのギャルゲーだと仮定するならば、最速バッドエンド確定の最悪の選択肢だったのだろう。
その次が昨日のやり取りだが、アイドルへの断念を許した時点でこと『ユアドル』というゲームにおいては、世界線が破綻してしまった。
これもバッドエンドルートなため、巻き戻されたと。
全てゲームのシステムに当てはめてみると、面白いくらいに繋がった。
タイムループの謎が解けたのだ。
しかし、ここで問題が生じる。
俺のこの奇妙な時間軸において、自由なリセットもヒロインの好感度表示も存在しないという事だ。
明らかにゲームの時と難易度が違い過ぎる。
それと、一回目のループの晩に見たあの女は誰だったのか。
俺はあの時、本当に殺されたからループしたのだろうか。
未だ不明な点は多く残っている。
「とりあえず、一旦状況を整理するか」
ベッドの上に胡坐をかいて座りなおし、考えた。
現状わかっているのは、巡葉と俺が普通に関係を進めれば高二で付き合う事になり、そのまますれ違った末に大学二年の冬に決別することになる事。
それと、巡葉と距離を置こうとすると、今度は何者かに絞殺される事。
そして最後に、直近の記憶からわかることは、巡葉の過去と挫折を受け入れるとバッドエンドが確定するという事。
うーん……。
「詰んでいるのでは?」
『ユアドル』というゲームで何人ものアイドルルートを攻略してきたが、流石にここまで八方詰まりなヒロインは初めてである。
ゲームと違って選択肢を選ぶわけでもなく、自分の行動は無限の可能性の中から自分で考えて選び抜かなければならない。
わかっているのは、バッドエンドが確定するとループするため、試行回数で乗り切るしかないというとんでも仕様だけだ。
仮にゲームだとして、これではギャルゲーと言うより死にゲーだろう。
俺はあと何回やり直せばいいのだろうか。
チラリと頭をよぎる巡葉の顔に、俺は首を振った。
俺がいくら何周もループしたとしても、巡葉は巡葉だ。
あいつはゲームのキャラではなく生身の人間で、心がある。
試行回数ゲーだと割り切ってテキトーに間違い探しをするわけにはいかない。
俺は全ての行動で最適解を踏みつつ、その上で巡葉という人間と向き合っていくしかない。
ここは歪だが、現実に変わりないのだから。
「じゃあ直近の未来から変えるか」
我ながらヒーロー気取りの寒いセリフを吐いた。
同じ轍を踏んでいる暇はないため、これから起こる事象を抑え、そこから変えていく。
巡葉は今週、アイドルオーディションの結果報告で落選を知る。
この事象は既に面接オーディションが終わっているため、変えられない。
だから変えられるのは俺のアフターケアだ。
巡葉の過去と何が問題で落選したのかを知っているため、対応はできるはずである。
どのみちあいつにアイドルを諦めさせるわけにはいかない。
恐らくそれでは、この世界が進まないから。
自分都合で申し訳ないのだが、俺のループ脱出のためにもあいつにはアイドルになってもらわないと困る。
そして多分、こうなった以上彼女にとって真に望んだ未来も、アイドルになった先に待ち受けているのだろうから。
となれば、まず俺がやる事はあれしかない。
頭に浮かんだ顔に苦笑しつつ、俺は覚悟を決めた。
……ちなみに、この日は考え事のせいで盛大に遅刻した。