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第十八話 許されざる世界

「はぁぁぁぁぁ……」


 自宅にて。

 気味の悪い声が閉め切られた部屋に響き渡っている。

 声の主は勿論俺であり、先程までの余韻に浸って声を漏らしていた。


 居酒屋で巡葉の話を聞いた後、俺達は付き合う事になった。

 一度は交際して破局まで経験しているというのに、そんな記憶は何処へやら、なんだか初めて恋が成就したような錯覚に陥っている。

 我ながら不思議なものだ。

 浮かれている場合ではないような重い話を聞かされたし、あれほど巡葉との交際に対して懐疑的だったのにも関わらず、結果はどうだ。


 スマホの画面には、つい今まで会話をしていた巡葉とのトークページが映っている。

 中身は冷静に見たら若干恥ずかしいような、初々しいメッセージの応酬だ。

 大学生な部分の俺が脳内で『お前正気か?』と訴えかけてきていた気もするが、巡葉からのメッセージに真摯に返信していたら、俺まで初心な感じの文面を送っていた。


「……タイムリープしたせいで、精神年齢が恋愛初心者の男子高校生まで退化してんのかな」


 ため息を吐くと、鼻の奥に残っている居酒屋の匂いを感じた。

 当たり前だが、本気で巡葉との交際に浮かれているわけではない。

 過去を打ち明けてもらった嬉しさとは別に、今まで巡葉の本質に踏み込まなかった自分への侮蔑、そして理解者でいてやれなかった罪悪感とで頭がおかしくなりそうだった。

 全然整理がつかないのは情報量の多さ故の混濁に加え、精神的な摩耗で体が思考を拒絶しているせいだ。


 正直、自分でもよくわからない。

 あの場の雰囲気に呑まれた感じも否めないわけで、巡葉と付き合うのが本当に最適なのかどうかは、今考え直してもわからない。

 だがしかし、限界だと思った。

 パニック障害だと聞かされてなお、アイドルを目指せとは流石に言えない。

 今まで散々未練がどうとか言っていたが、そんな生温い話ではなかったのだ。

 目指したくても、目指せない理由があったのだと俺は知った。

 ならば俺にできることは彼女の意思を尊重することだと思う。

 馬鹿な俺には、結局そんな決断しかできなかった。


「だけど、それは俺のエゴなのかな」


 あいつの傷つく顔が見たくないというのが、正直な本音だ。

 彼女の幸せを願いながら、自分が見たくないものを遠ざけただけかもしれない。

 恐らく、あの場で俺がアイドルを諦めるなと力説すれば、彼女はまだなんとか折れずにレッスンに打ち込んだだろう。

 少なくとも、今日諦めるという決断には辿り着かなかったはずだ。

 だけど、そんなこと俺は言えなかった。

 巡葉の凄みのある表情に、生命の危機を感じたから。

 俺はそんな彼女に、一瞬最悪の結末まで想像してしまった。

 だからこそ、気圧されて俺がサポートすればいいという選択に逃げてしまったのかもしれない。


 思えば、俺がタイムリープする前に、巡葉の過去について追求しなかったのもこの逃げの姿勢故かもしれない。

 あいつの過去と向き合うのが怖かっただけかもしれない。

 たくさんの日常を共有してきた巡葉が、唯一頑なに自分から喋らなかった過去を、俺が過剰にタブー視し過ぎていたような気もする。

 本当は、あいつも打ち明けたかったかもしれないのに。

 俺に過去の話を聞いてもらって、真の意味で隣に居たかったかもしれないのに。

 まぁ今更嘆いても仕方のないことだ。


 どのみち、タイムリープする前の——巡葉がアイドルを挫折する世界線とはまた少し異なるルートを辿っている。

 多少強引に話を振ったのもそうだが、今回打ち明けてくれたのは彼女が俺に心を許してくれている証拠のはずだ。

 今回は俺も少しは彼女の支えになれたと、そう思う。

 そうとなれば、俺は今度こそ彼女を幸せにするために人事を尽くすしかない。

 何度も都合よく世界が巻き戻るわけではないのだから。


「寝るか」


 考え事ばかりで頭が重くなってきた。

 現在時刻は日付を越えて金曜の午前1時27分。

 普段なら全然起きていられるのに、何故か不自然なほどに瞼が下がってくる。

 急に眠気に襲われて、目を閉じながら自分の今日一日を思い返してみた。


 思えば朝から散々だった。

 授業中に先生に怒られ、昼休みは湊音と気まずい昼食を過ごした。

 放課後は課題を済ませた後に本屋に寄り、そのまま巡葉のマンションへ。

 その後一緒に飯を食い、過去の話を聞き、そして交際に至った。

 挙げるだけで頭がいっぱいになるほどのイベント渋滞だ。

 そりゃ疲れるに決まっている。


 俺はそのまま、気を失うように眠りについた——。





 目が覚めてすぐ、俺は嫌な予感に襲われた。

 意識の覚醒と共に全身にぶわっと鳥肌が立ち、背中には汗が滲む。

 靡く前髪に吹き付けるのは温い湿った風だ。

 そう、何度も経験したあのデジャブのような感覚である。


 現実を直視したくないため、しばらく目を瞑って現実逃避をした。

 しかし、無情にもスマホのアラームの音に阻まれる。

 けたたましい音に顔を顰める俺。

 どうやら静けさを求めるには、どうしてもこのスマホと向き合わなけらばならないらしい。

 見たくないこの端末のホーム画面を、視界に入れなければいけないらしい。


 観念してスマホを見ると、そこには何度も見た地獄のような数字が躍る。


『2020年7月10日月曜日』


 あぁ、どうしてだろうか。

 また巻き戻っている。

 金曜だと思って起きたら、また月曜に巻き戻されていた。

 意味が分からない。


「前回は巡葉に似た女に殺されて、今回は特に何の演出も無しにループか」


 何気ない自分の発言に笑うしかない。

 乾いた笑い声を聴きながら、項垂れるだけだ。

 この期に及んで"演出"だなんて、俺はゲーム気分なのだろうか。

 いや違う。

 そう思いでもしないと、本格的に気が狂いそうなだけだ。

 

 と、そこである事を思い出した。

 スマホの画面を見て、俺はホームをスライドしながら様々なアプリを見渡す。

 この時代にはないあのゲームの存在を考えながら、そして目を見開いた。


「似てる」


 自分の置かれた状況が、あのゲームに酷似していると思った。

 ヒロインと破局すればバッドエンドでリセット。

 ヒロインにアイドルの夢を断念させてしまったらバッドエンドでリセット。

 攻略ヒロインと付き合いながら、並行してそのヒロインをアイドルとして大成させ、その上で結婚エンドを見るのがトゥルーエンドとして設定されているあのゲームに、今の俺の状況が酷似しているのだ。


『The Wedding of Your Idol』


 とあるギャルゲーの名前を思い出した瞬間、確信する。

 頭の中で、ずっと埋まらなかったピースがハマった音がした。


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