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第十七話 事のあらまし

 巡葉の言葉に、俺はすぐに反応できなかった。

 目の前の女の子の表情の凄みに、気圧されて何を言えばいいかわからなくなってしまった。

 と、すぐに巡葉の表情にいつもの調子が戻ってくる。

 手を合わせて「急に変なこと言ってごめんね」なんて言いながら笑っていた。


「どういうことだよ」


 何とか絞り出した俺の言葉に、彼女は答える。


「いわゆるパニック障害ってやつだよ」


 彼女はそれから自分が体験したことを俺に話した。

 恐らく、全て本当の話であるはずだ。

 だがしかし、思っていたより問題は重く、複雑だった。


 中学二年生だった柴凪巡葉は、とある大手アイドルグループの候補生になった。

 その後、メジャーデビューを目指すべくその選抜組の中で人一倍レッスンをした。

 努力家な彼女は、毎日のレッスンに飽き足らず、自宅でも自主練を増やして寝る間も惜しんで真摯に取り組む。

 それは誰が見てもオーバーワークで、当時両親や同期はいつも心配してくれていたらしい。

 だがしかし、その言葉は巡葉には届かない。


『私は人一倍やらないと、ダメだから』


 そんな自分の価値観に縛り付けられ、彼女はハードな毎日を繰り返した。

 そうしたとある日、事件は起きた。

 ダンスのレッスン中に急に目の前が真っ暗になり、倒れたのだ。


 実際にはその前から予兆はあった。

 疲労が取れずに体調は悪化し、自律神経の乱れからまっすぐ立つのも難しくなっていたらしい。

 だけど巡葉は甘えだと言って、自分に休みを許さなかった。

 すると、結局倒れることに繋がってしまった。


 倒れた時、過呼吸の症状が出たらしい。

 彼女は休めばすぐに良くなると思ったらしいが、その後も回復はしなかった。

 別日にレッスンを始めようとすると、その時も過呼吸の症状が出るようになったのだ。

 色々試すが、早期の回復は望めず、彼女は諦めることになる。

 こうした結果としてデビューに繋がる未来は途絶え、アイドル候補生としての生活に幕を閉じたというのが事の全てである。


 全てを話し終わった後、巡葉は憑き物の取れたような顔をしていた。

 誰にも話したことがなかったらしく、俺に打ち明けて落ち着いたらしい。

 俺は彼女の真相なんて、全く知らなかった。

 知っていたのは、中学の頃に流れていた根も葉もない噂話だけである。


「中学では、同期を殴って離脱させられたとか言われてたよな」

「そうだね。あの頃は私嫌われてたから。でも火のないところに煙はって言うし、自己顕示欲を露わにするばかりで協調性に欠けてた当時の私が一番悪いよ」

「流石に俺はそんな噂信じてなかったけどな。中三の頃は同じクラスだったし、そこでお前の人となりを知ってたし、そもそも殴るほど人に執着なさそうだったことも知ってたし」

「ディスってるの? それ」


 巡葉の中学時代は、言わば自己中なナルシストみたいなものだった。

 その言動が原因で女子からはかなり煙たがられていたし、男子からもあまり好かれてはいなかったように思う。

 高校以降の巡葉とは、まるで別人なのだ。

 恐らく、その当時の失敗が今の彼女の人当たりの良さを作り上げたのだと、俺は思っている。


 と、彼女は深呼吸して続けた。


「実は今回の面接でも、ちょっとパニックになっちゃってさ。それで上手く話せなかったんだよね」

「……だから、ずっと不安そうだったのか」

「ふふっ、そうかも。良い事は言ったつもりだし、仮に落選でも割り切れると思ってたんだけどな。無理だったよ。今日はショックで寝込んでた」

「……」

「カウンセリングは受けたんだよ。薬も試したし、ルーティンなんかも取り入れてみてね。でもダメだったな。全然治らないの。……もう、限界だよね」


 最後は、巡葉は涙を流していた。

 自分でも無意識だったらしく、驚いた表情で顔を拭った。

 誤魔化すように俺に笑みを向けた後、しかし堪え切れずに決壊した。

 しばらく、彼女はそのまま泣いた。


 悔しくないわけがない。

 候補生という、最も惜しい位置から無念の落選——いや、辞退だ。

 今の巡葉だけでなく、俺が未来で見てきた巡葉を鑑みても、並々ならぬ思いがあるのは疑いようもない。

 こんなに辛い過去と改善できない致命的な問題があっても、区切りを付けられない程の憧れなのだ。


 俺は、つくづく自分が巡葉の内面に触れずに付き合っていたことを知った。

 恥ずかしさと後悔で胸がちぎれそうになる。

 タイムリープする前の世界で、一度でも聞いていたら変わったのではないのだろうか。

 俺が巡葉に一言、『中学時代何があったんだ?』とでも聞いていれば、また別の世界を見ることができていたかもしれない。

 それなのに、俺は。


「三次選考対策のダンスレッスンもボイトレも全部また無駄になっちゃった」

「無駄なことなんかないよ。絶対役に立つ」


 誰に対して言っているのかもわからない言葉に、巡葉は止まった涙の後を指で擦った。


「ねぇ雲井君」

「うん」

「私のこと好きでしょ?」

「勿論」


 突然の話に、思わず頷いてしまった。

 彼女が俺に辛い過去とトラウマを隠していたように、俺も俺で巡葉に対する思いは隠そうと思っていたのに、あっさり頷いてしまった。

 だけど、今この場で嘘なんかつけない。

 仮にもう一度この瞬間をやり直せたとしても、俺は同様に肯定してしまうはずだ。

 巡葉は、薄く微笑んで、そして続けた。

 

「私も好きだよ。だから付き合わない?」

「……なんで急に」

「私ね、アイドルを諦めようと思ってるんだ。だから今度は雲井君が隣にいて欲しい。君と一緒なら、多分毎日前向きに生きていける。アイドルじゃなくても幸せになれるんだって、君が私に見せてよ」


 唐突な告白だったが、意外ではなかった。

 そう言えば、前もこんなノリで告白されたような気がする。

 そして俺も、二つ返事で受け入れたのだ。


 今回の俺には使命がある。

 それは、巡葉をアイドルにさせてあげるため、破局の未来を知っている俺は巡葉と絶対に交際しないということだ。

 俺と付き合う世界線に未来はない。

 だから何が何でも避けるべきなんだと思っていた。


 だけど、いざこういう状況になると俺は首を横に振れない。

 そもそも、今の話を聞いた上で、俺はこいつにアイドルを目指させるのが正解なのかわからなくなってしまった。

 しかも、前とは条件が違う。

 今回、俺は彼女の全てを知った上で、アイドルを諦めるという宣言を聞いた。

 その上で告白されている。

 じゃあきっと、この先に待っているのは別の世界線のはずだ。

 俺が知っている未来とは、異なる展開が待ち受けているに違いない。

 もしかすると、今度は幸せな未来が待っているのかもしれない。

 アイドルを目指すことが全てではないと、そう思えてしまった。


 俺は、巡葉が幸せになってくれれば、それが一番だ。

 彼女にとってアイドルを目指す道のりは、予想以上に致命的な問題を孕んだものだった。

 それを無理して目指して取り返しのつかないことになるくらいなら、きっぱり諦めた方がマシだ。

 そして、今回はその問題点が分かっている以上、俺だって別のアプローチで巡葉と向き合える。

 巡葉の奥に眠る未練を俺が突きつけて、アイドルを再度目指すように諭したりしない。

 今度は、上手くやれるはずだ。

 いや、やらなくてはならない。


 だとすると、俺の答えは当然一つに決まっていて。


「わかった。俺が、見せるよ」


 俺は今度こそ、巡葉の彼氏として役割を全うするまでだ。



 ——言った瞬間、首筋に誰かの手の温もりを感じた気がした。

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