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ヘイリー、伝授する

「バカモノーーーーー!!」


それから数刻。


特訓部屋と名付けた客間には、時折このような怒鳴り声が響いた。


「なんでこれくらいのことが言語化できんのだ!!」


「だって、だって、私は感覚でやっておりまして…」


「だからといってアーッだのエイッだの、

 具体性も何もないではないか!」



ハクジはショコラの扱いについてはズブの素人であった。


とりあえず溶かして固めるだけのショコラを作っては表面に白い油脂の霜を降らせ、

口に入れるとやたらザラザラする代物を作っていた。


そこでヘイリーがテンパリング、ショコラの温度調整をしてやることでその美味しさを引き出す技術について語ると、ハクジはそれはもう喰い付いた。



なんだそれは?

何?溶かす時の温度?

溶かしたらそのまま型に入れてはいかんのか?

どの程度だ!すぐさま吐け!!

やってみせろ!!


まるで尋問かと言うほどの語気で詰め寄られ、

彼らのテンパリングレッスンはスタートした。



しかしながらヘイリー、

壊滅的に教えるのが下手な部類であった。


彼女はショコラを溶かす際、

一切火を使わない。


火魔法の応用である温度調整魔法を使い、

金属のボウルそのものを温めながら溶かすのだ。


その後ひんやりとしたツヤツヤの石のまな板の上に溶かしたショコラをえいやっと落とし、ヘイリー特注の金属のヘラを使い、混ぜながら今度は熱を奪っていく。



つまりヘイリー流では、

テンパリングの要は火魔法にあると言ってよかった。


熱しすぎず冷ましすぎず、絶妙な温度調整。

その「これくらい」を説明するのがとてつもなく難しかったのだ。



「まだか!」

「まだです!エイヤーっといっちゃってください!」

「よし!」

「あーやりすぎー!」

「なんだと貴様!」



とまあ、

こんな具合で全然噛み合わないのである。


しかもハクジは、絶望的に温度調節が下手であった。

基本高火力オンリー。

はじめは「温度調整魔法?なんだそれ?」と言ってのける始末。

火魔法それすなわち全焼、それだけの知識であった。


魔法学校で一体何を学んで来たんだ君は!



ヘイリーもさすがに気を遣って、


「いやー魔法を使わない、

 もっといい師匠がいるんじゃないですかね」


と提案してみたりもしたが、


「やかましいもう一度だ」


と一蹴された。





しかし回数を重ねればある程度は形になるもんで、なるほどなぁこういうことか、とハクジが謎の納得を見せたところで、


なんと朝になってしまった。



「うぅーん、

 徹夜してしまいましたね…」


「付き合わせてすまんな、俺も習得を急ぎたい」


「そうなんですか」


「ああ。ちょっと訳アリでな」



ヘイリーに対してはどう見てもヤクザな態度であるが、上司に対しては割と頭が上がらないらしい。



「とりあえず私はそこのソファで仮眠を取ります。

 ハクジ様は今日はお仕事は?

 時間まで部屋でお休みください」


「いや、ソファで寝る必要はない。

 そこの扉の奥の部屋、お前が使っていいそうだ」


指さしたのは内扉。


え、そこハクジの部屋じゃないの?



「いいや俺は別の部屋を借りてる。

 いいから休め。

 今日はお茶の時間の菓子はいい」


あれ、もしかしてハクジが作ってくれるの?


なにそれラッキー、とばかりに、

ヘイリーは身繕いもそこそこに寝具に飛び込んだ。



甘ったるいショコラの匂いに包まれ、

ヘイリーは深く深く眠った。




目が覚めたら昼であった。



客室で不遜にも湯浴みをしなおし、

着替えて内扉を出ると、


なんとハクジがまだショコラと格闘している。



昨夜はテンパリングしたところまでの練習で、一度も型入れしていなかったのだが、台には型に入れ冷やされた試作品がいくつかあった。



ファーストトライと思しきものは、

まだ表面に油脂の白い花が咲いていた。

温度が高すぎたんだな。

これがあると口当たりが良くない。


その隣にあるものは、

なんだかべちょっと形が崩れている。

ああこれはアレだ、温度が低すぎたんだ。


そんな具合に試行錯誤しながら、

いちばん端っこのものはうまく艶が出ていた。



「凄い!

 もうここまで習得したんですか」


「どうだ?」


「端っこのやつはかなりいいです!」



そうか、


と、ハクジはヘイリーを見て嬉しそうに顔をほころばせた。


白い髪が陽の光に透けるようで、

細められた緑の目がエメラルドのように綺麗だ。



「さあて俺も一度休む。

 夜のデセールは頼むぞ」


ぽんぽん、とヘイリーの肩を叩き、

ハクジは部屋を出ていった。



……え、鍵は?



ーーーーー


「どれどれ、『第二王子、長期休養へ』とな」



ありがたくも伯爵邸の食堂で朝食を用意してもらい、塩気のあるポテトをむぐむぐやりながら新聞に目を通す。



「やっぱ傷が深かったんだな〜〜」



我が国の第二王子はやたら血の気が多く、

色んな周辺国に喧嘩を売りまくる厄介者として知られていた。


国王も頭を抱えて公務に出さないようにアレコレ手配するものの、毎回強行突破で乗り込んでは問題を起こす迷惑系王子である。



しばらく前にも、どっかの国に腹心数人を連れ乗り込んでいったらしく、大怪我をして帰ってきたらしい。しかもコッソリ持っていった国宝も壊してきたらしい。



もう閉じ込めろそんな奴。



以前ヘイリーの焼菓子を土産にナイーダ伯爵も

第二王子に謁見したことがあるが、『この菓子うまいな、作ったやつ寄越せ』と言われたらしく、それからしばらくは誘拐防止の為今回のように伯爵邸に滞在させてもらったこともある。



何にせよできるだけ長く休養してくれ、

どうか一日でも長く。



「ようヘイリー、また厄介なことになってんな」



声を掛けてきたのは屋敷のフットマンの少年である。


「んん?何が?」


「菓子作りを教えてるんだろ?」


「ああ。うん、一応」


「身体大丈夫なのか?もうすぐまた帰省の日だろ?」


「今んとこ大丈夫」



そうだった、月に一度と定めている帰省日。

3日後の予定だ。


しっかりしないと。

ヘイリー奥歯を噛み締めた。



ーーーーー


「とんでもない上達ぶりですね」


その日の夜、再度ハクジとヘイリーは特訓部屋で修業に勤しんでいた。


まあ上手い。

完全にテンパリングをモノにしている。



「ま、こんなもんだ」


アッサリ言うが、いやいや離れ業ですよ。


それを見て、ヘイリーはハクジに提案した。


「基本のき、は一旦おしまいにしましょう。

 あとは色んなチョコの種類を使ったり、中に閉じこめる食材を色々試してみては」


「いいな。

 付き合ってくれるか」


「もちろん」



そして翌朝。

そうして作った試作品を並べ、

ヘイリーとハクジは早めのティータイムとしけこんでいた。



「ところで何故そのように習得を急がれるのです?」



ヘイリーはふと思い立って聞いてみた。

もうお客人諸共帰る日が近いってこと?


「ああ、

 いや…いいか、実はな」


ハクジは照れくさそうに鼻の頭をかいている。


「求婚の手土産にしようかと思ってな」


「え、あ?

 ハクジ様ご自身のためなんですか?

 上司の方のためではなく?」


「それももちろんそうなんだが、

 少しくらい俺のためであってもいいだろう」


「まあそりゃもちろんですが」


「手製の美しいショコラを捧げて、

 結婚を申し込むつもりなのだ」


「へえ、お付き合いを?」


「いいや、俺達にはそういうのはない。

 だからこそ、真心こめた何か特別な贈り物が必要なのだ」


「へえ、」


とまで言って、ヘイリーは続けようとして続く言葉がないことに気づいた。



そうか、そういった情熱が込められたショコラは、

きっと豊かな味がするだろう。


羨ましいことだ。


「師匠は?

 なぜ菓子職人の道を?」


「元は料理人だったんですけど、

 菓子の評判が良かったのでナイーダ伯爵が専門職を作ってくれました。

 私も菓子作りが何より好きなので、

 渡りに船で乗っからせてもらってます」


「へえ。肉より菓子か」


「ええ、パンより菓子です」


「贅沢だな」


「ええ、贅沢が何より好きです」


はは、と笑ったハクジは、ふとヘイリーの顔を見ると、ふっと怪訝な顔つきになって覗き込んできた。


「それにしては引きつった顔をしている」


そしておもむろにヘイリーの頬を手の甲です、とさする。


「まあ、あまり褒められたことじゃありませんから」


ハクジの手を振り払うように頭を振ると、


「そういえば、数日後に2日間お休みをいただきます。

 その間は申し訳ありませんが自習を」


「ああ、伯爵からも聞いている。

 帰省だそうだな。

 この日だけは容赦してやってくれと懇願された」


気をつけて行って来い、

とハクジは頭を撫でてくれた。




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