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神の箱庭

作者: 利鳳

 幼き頃、地面を這うアリの行列にジョウロで水をかけて「俺様が貴様らの神である」と、アリの世界の支配者を自負していた。


 それは当然のことながら本気ではなく、もちろんアリを懲らしめたいとか、ましてや滅ぼしたいと思ってやったことではなく、あくまでいたずらの一環だったと補足する。


 でも、これがもしアリではなく自分の身に降りかかるような出来事だったとしたらどうなるのだろうか。そして人間世界の実質的な支配者が突如として現れたとしたら……。

 さらにその支配者の姿が、自分にしか見えていないとしたらどう対処すればよいのだろう。


「俺にしか見えない支配者?」

「そもそもそんなもの支配者でも何でもないじゃないか!」

と反論されそうだが、事実、この世界の支配者として君臨しているとしか思えないから仕方がない。



 それはある暑い夏の日のことだった。


 夏休みの部活帰りに、俺は道の傍らで働きアリの行列を見つけた。行列の先を追っていくと、比較的広めの空き地の中に続いており、通常より少し大きめのアリの巣穴を見つけた。

 

 働きアリたちは、せっせせっせと巣穴に餌を運び込んでいる。そんなアリたちを見ていると、かつて少年時代のいたずら心が沸々と沸き上がるのを感じた。俺は、カバンの中から水筒を取り出すと、既に生ぬるくなっていた中の水を行列に向かって数滴たらした。

 

 驚いたアリたちは右往左往する。アリたちの行動は様々で、瞬時に方向転換するものや、水滴を回避して突き進むもの、来た道を戻ってしまうものなど多様だ。


 そのようなことを繰り返していると、頬にポツリと冷たいものが触れるのを感じた。空を見上げると、未だに肌を突き刺すような日差しが煌々と降り注いでいる。

 しかし、次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨が全身をずぶ濡れにした。それは僅か数秒程度の時間だったと思う。

 

 前髪から滴り落ちる雫越しに、俺は再度空を見上げた。視線の先には、先ほどまでと同じような紫外線が充満する太陽光が大地を照り付けていた。


 呆然と立ち尽くす、俺。

 

 服は下着までビショビショだ。お天気雨にしては、あまりにも局地的過ぎはしないだろうかと空を二度見してしまう。


 その時、俺の視線の先に、いや視界一杯に、にわかには信じがたい光景が目に入った。


 炎天の空一面に、人の姿が映し出されていたからだ。 

 

 姿は上半身のみ。連なる家々が邪魔で全身像は分からないが、おそらく下半身は地平線の下にまで続くであろうほどの大きさだ。もはや巨人という域を超えている。

 推測すると地球よりもはるかに大きいのではないだろうか。なぜなら、白昼に横切る月が、その人の姿と対比するとまるでピンポン玉のような大きさにしか見えなかったからだ。


 しかし、俺も今年で中学二年生。世間的には中二病などという俗語が当てはまる年齢だが、世間常識くらいわきまえているつもりだ。そんなオカルトじみた現象を鵜吞みにするほど野暮ではない。炎天下ゆえの蜃気楼ではないのか、どこぞの新技術による大規模投影システムの模擬テストではないのかなど、考え得る限りの考察をしてみた。

 

 しかし、そのどれもが当てはまることはなかった。


 なぜなら、これほどの大規模な仕掛けならば、リアルタイムで世間的な話題になっているはずだ。

 

 俺はスポーツバッグにこっそり忍ばせていたスマホを手に取り、画面をのぞき込む。ところが、珍事好きなSNSですら、そのような話題になるどころか、そのような投稿を見かけることはなかった。


 急いで家に帰りテレビをつける。どこかの企業の宣伝ならスポンサーになっているメディアだっているはずだし、ニュース的にも放ってはおかないネタだろう。しかし、俺の期待に反して、全ての情報源は沈黙したままだった。


 おかしい。そんなはずはない。俺は改めて玄関の扉を開けて、空を仰ぐ。

 

 そこには巨大な人の姿が未だに浮かび上がっていた。しかも胸元あたりに、ご丁寧にも名札がつけてある。



『ケンタ』

 


 それが巨人の名前だろうか。

 巨大な姿に翻弄されて良く見ていなかったが、落ち着いて見てみると、黄色の帽子と、角丸の白襟がついた水色の服……、スモックとかいう典型的な幼稚園児の服装だ。



「やっぱり、いるよなぁ」



『ケンタ』という名の巨人は、園児らしい可愛いルックスでその存在感を誇示していた。これが話題になっていないということは、そもそも目の前の事象は存在しないということに他ならない。



(幻覚……)


 

 こうなると俺自身の精神的な何かが問題なのではと一抹の不安が頭を過る。

 夏休みの間も休みなく続いた部活動の疲れで幻覚をみているのではないかと疑ったものの、それは勘違いであったと直ぐに知ることになる。なぜなら翌日の朝、玄関先に出てみると、雲一つなく晴れ渡る空に、ハッキリとしたシルエットでケンタが映し出されていたからだ。




 昨夜は良く寝たはずだ。夕ご飯の後はスマホのメールすらチェックせずに二十一時には床に就いた。幸い今日は日曜日で部活も休み。今朝は8時までグッスリと寝れたため寝起きも爽快だ。それなのに――。


 翌日まで続くような幻覚ともなれば、もはや慢性的な病気の類だろう。


 玄関先で突っ立っていてもどうにもならない。俺はケンタを天に仰ぎつつ気晴らしに近所を散歩することにした。


 あてもなく歩くこと数分、昨日の空き地の前を通りかかった。道端には相も変わらずアリが行列をなしている。

 俺は悪いこととは思いつつも、腹いせに行列に向かって足を踏み下ろす。そうは言っても良心の呵責もあり、アリを踏みつけないように行列の側面に向けた威嚇攻撃だ。アリは突然の敵襲とばかりに隊列を乱して散々した。


 その直後だった。


 突然、視界が揺れ動き、一瞬足が地面から離れた感触を感じたかと思うと、次の瞬間には立っていることができずに地面に膝をついていた。


 周囲を見渡すと、体制を崩して壁に手をついている通行人や、側溝に脱輪させてしまった自転車、猫ですら足を滑らせて塀から落ちてしまったようだ。その誰もが一様に(何が起こったんだ)という不思議そうな顔をしている。地震? と疑うもどうやら違うらしい。


 空を見上げるとケンタがニャっと不気味な笑みを浮かべている。昨日から見ているが、表情が変わるのを初めて見た気がする。


 数分もすると、スマホが慌ただしく騒ぎ出し、SNSが情報の列をなす。そのどれもがたった今起きた事象のレポートのようだ。のぞき込むと、そのどれもがパッとしない曖昧な内容ばかりだ。

 地震というワードが多く見られたが、気象庁が発表していない時点で地震ではないらしい。ガセネタも増え始めている。


 そのような中で、目を疑う画像がシェアされ始めた。

 広範囲で地面が陥没している画像だ。


 場所は俺のいるところからほど近い、近隣の大都市と思われる地名だ。見た感じ、琵琶湖くらいの大きさの地面が抉られるようになくなっている。地盤沈下を思わせるような凄まじい光景だ。家どころか、その場にあったであろうもの全てが跡形もなく消え失せている。一瞬で大都市一つ、いやそれ以上の街々が消失したようだ。


 にわかには信じがたい光景を目の当たりにし、俺は今一度空を見上げる。

 ケンタは相も変わらずニヤついた表情だ。

 そのまま視線を地面に落とすと、アリは何事もなかったかのように作業を進めていた。



(まさか……な)



 俺は思うところがあり、近くの自販機でミネラルウォーターを買うと、昨日と同じようにアリの行列に向けて数滴垂らした。


 次の瞬間、雲一つない青空から、まるで局地的豪雨のような雨が頭上に降り注いだ。

 

 服は昨日同様に下着までビショビショだ。空を見上げると何もなかったかのような真夏の青空が広がっている。

 ケンタの顔は何故か満足気だ。


 俺は再検証するため、空き地に無造作に落ちていたヘルメット拾い、アリの巣穴の上にかぶせてみた。

 すると突然、皆既日食のごとく太陽光が遮られ、闇があたりを覆いつくした。それまで我が物顔で天から降り注いでいた紫外線は完全になりを潜め、急激に気温が下がり始める。

 そして再びヘルメットを巣穴から外すと、強烈な太陽光が降り注ぐ夏空が戻ってきた。


 予想は確信に変わった。理由は分からないものの、このアリの行列に危害が加わると、この世界に跳ね返る。ケンタが何かしら関与しているに違いない。


 同時に知らぬこととは言え、俺の心は罪悪感で一杯になり、その場を後にした。この日のニュースが、このおかしな現象一色に染まったことは言うまでもない。




 次の日の朝、俺は母の呼ぶ声で目を覚ました。二階にある部屋を出て、階下のリビングに行くとテレビ画面を見入る両親の姿を目にする。

 二人の視線の先には、地面が津波のようにうねりながら、縦横無尽に大地を這いまわっている光景があった。その現象は世界中で起こっており、通り過ぎた後には生命の痕跡がなくなっているようだ。



「まるで見えないブルドーザーだな」



 父が他人事のように言う。まぁ、無理もない。どこの場所かというと地球の裏側の話だ。しかし父の余裕はそこまでだった。


 一瞬、窓の外が暗くなったかと思うと、地響きと爆音が轟き渡り地震のように家財が散乱した。


 そこから先はうろ覚えだ。気が付くと俺は玄関先に躍り出ていた。

 空を見上げると、ケンタがスコップらしき道具を手にしているのが目視された。



「何しようとしているんだ!」



 俺は急いでアリの巣穴がある空き地に向かう。そして到着すると同時に、俺はその場に膝を落とした。



 『工事中』



 真っ先に目に飛び込んできた看板の文字だ。

その看板の向こうでは、ブルドーザーのほか、工事用重機が縦横無尽に動き回っている。


そして今まさに、アリの巣穴があった場所はショベルカーで掘り起こされていた。


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私の作品に気づき読んでくださり、ありがとうございます。 お手すきでしたら、いいね、作品の評価(↓☆☆☆☆☆) ブクマ、お気に入り登録などしていただけると嬉しいです! よろしくお願いしますm(_ _)m
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