スケベ熟女 幸恵(1960年生まれ)
登場人物
私 団塊ジュニア世代で飄々と生きる作家志望の男
大卒、損害保険勤務→地方公務員
幸恵 1960年生まれ
身長155cmB90W69H92(50代後半時点)
高卒、バツイチ、家事手伝い→風俗嬢
1995年12月
就職氷河期という言葉が流行り始めた1年目、何とか東証一部上場の保険会社から内定を貰い、大学の卒業単位も取得済みで卒業までの数ヶ月をノンビリと過ごしていた頃の話である。
携帯電話も普及していないこの頃、伝言ダイヤルと呼ばれるプリペイドカードを利用したテレクラ的なサービスを利用して『遊び相手』でも拾おうかと試みた私は、伝言板へ「暇人してる大学四年生です。エッチ有りで逢える、スケベなお姉様からのお誘いをお待ちしています。」と伝言してみた。
そして2〜3日後に伝言板の録音を確認してみると、20件ものお誘い伝言が入っていた。全ての伝言を聞いた後で、
①家事手伝い・バツイチ・35歳・155cm52kg
②生活保護・バツイチ・子供3人・43歳・150cm48kg
③事務員・バツイチ・39歳・160cm45kg
〜の3人をピックアップしてみた。
何度か伝言板でやり取りして
②はDV亭主と離婚調停中でシェルターへ入っている訳ありと判明したので却下
③は実年齢が50代で有ることが判明して却下
結局、①が嘘をつかず誠実そうだと思い直接話して、逢ってみることになった。幸恵との長い付き合いの始まりである。
1996年1〜3月
当時35歳の幸恵は、155cm52kgと程よくムッチリとした
Dカップの乳房が可愛い色白肌のよく笑うオンナだった。
高校卒業後すくに結婚、子供ができず30代になってすぐに離婚した後は、実家で脳梗塞に倒れた母親の介護をしながら、たまにテレクラでエッチ相手を探して小遣い稼ぎをするような生活をしていた。
大学生だった私に、ホテル代負担をさせない為に、車中や多目的トイレ等での性交も嫌がらなかった。
車中や多目的トイレなので当然、洗っていない私のペニスであったが、幸恵は「んんん…」と喉奥深く飲み込み噎せ込みながら『ごっくん』してくれた。
「ワタシ…洗ってないペニス好きよ!」
「お尻の穴も舐めてあげる!」
当時、性体験も浅く不潔なプレイが苦手だった私に変態プレイも教えてくれた。
幸恵は、私と逢う数日前から穿き続けて『臭くなった』パンティを毎回、生脱ぎしてプレゼントしてくれた。
35歳のエロい身体をしたお姉様の陰部臭が染みついたパンティ〜もちろん『オカズ』になったのは言うまでも無い。
大学四年生最後の数ヶ月は、週1ペースで幸恵との逢い引きで終わった。
1996年春〜2000年夏
私が地元の営業本部や支店に勤務していたこの時期、幸恵とはたまに逢瀬を重ねていた。相変わらず家事手伝いとして特に仕事もしていない幸恵は、誘えばどんな夜中でも早朝でも付き合ってくれた。
30代後半の幸恵は一度「妊娠」してみたいと、1999年頃はゴム無しの「腟内射精」を望んだ。高卒だが進学校出身の幸恵なら子供を産ませても良いかと、妊娠させようと種馬みたいに頑張っていたが、「逝くぅ」「逝かせてぇ」と幸恵がメス逝きするのに興醒めするようになってきた。騎乗位、松葉崩しと腟内射精が深くなるよう頑張ったが幸恵は妊娠しなかった。
恐らく妊娠し難い体質なのだろう、幸恵が40歳になった2000年夏頃に私が関西にある本社勤務に異動となり、疎遠になっていき、しばらく逢い引きは無くなった。
2009年夏〜2010年春
私は、30代半ばを過ぎ地元へ戻って来た。
大卒以来勤めていた保険会社がリーマン・ショックの影響で業績悪化、総合職の給与削減〜要するにリストラ対象となり早期退職を余儀なくされたのだ。幸い割増退職金に加え、転職対策期間と支援サービスを会社から与えられ、運良く公務員試験に合格した為、給料を貰いつつ、次年度からの進路も決まり半年以上もの間、時間と資金にも困らずモラトリアムを楽しむことになった。
15年近く前、同じように暇な期間にエッチ相手をしてくれた幸恵はどうしているか?と思い立ち久々に連絡をしてみた。
幸恵は実家で相変わらず独り暮らし、もうすぐ50歳になると嬉々として語った。最期に逢ったのは2000年春頃だったので携帯電話番号の交換をしておいて良かった。
早速9年ぶりに再会したが、少し太った幸恵は照れていた。
ホテルで幸恵の身体を採寸してみた。
自己申告の身長154cm体重59kg
バスト90cm
ウエスト73cm
ヒップ92cm
50歳の女性としては『保っている』方かも知れない。
「コンドームは無しでいいよ!」
久々のセックスなので『ナマ』もOKという
少しボリュームを増した幸恵を正常位で貫きながら、
持参したローターで幸恵のクリトリスを痺れさせると
「出るぅ!あぁン!」の悲鳴と同時に失禁〜
「ゴメンなさぁい…」と羞じらいながらも
トロトロと失禁が止まらず、シーツを黄色く染めた。
35歳の頃に比べてサイズアップしたEカップ乳房を
揉み込んで「あゝん」「あゝん」言わせていると
乳首の先から白い液が滲んで「母乳がぁ〜」と幸恵が
嬌声をあげる。乳首を吸われ舐め取られながら股間からは
更に失禁〜五十路になって更に感度が増した幸恵。
50代の幸恵と年に数回の逢瀬を重ねて、性技を磨く。
2015〜2020年
50代になった幸恵とも年に数回、肉体関係が続いた。
若い頃「子づくり」に励んだ頃よりはスローセックスに
なった感じは否めないが、長年連れ添った夫婦みたいな
エッチになっていると思っていた。
2015年秋、55歳になっていた幸恵が「閉経」を伝えてきた
知り合って20年、「ワタシ、もう貴方の子供を産んであげられない」と少し寂しそうな幸恵、大奥の「お褥辞退」では無いが腟内への陰茎挿入を伴うエッチは55歳のオンナには辛いし恥ずかしい等と言い出したので、この頃よりエッチパートナーとしての関係は解消、逢い引きも無くなっていった。
2019年頃
久しぶりに幸恵から連絡が有った。
59歳になった幸恵は風俗に挑戦中だと驚きの報告をしてきた
箱ヘル(店舗型ファッションヘルス)とデリヘル(出張型ヘルス)を掛け持ちしていると言うのだ。
風俗店のHPを見ると、ベビードールやエロビキニ姿の幸恵が
掌で目元を隠すポーズで客を募っていた。
(源氏名)しのぶ 55歳 155cmB90W66H93
エッチが大好きな未亡人です。
可能なプレイ〜則フェラ、全身リップ、アナルF、指入れ
素股、ディープキス、放尿、おしっこ持帰り
雪子こと幸恵は、リピート客が多いらしく、指名で予約済になっていることが多い。
また常連客には、自分がプライベートで穿き古したパンティやストッキング等をプレゼントしている様だ。
3年ぶりに逢った幸恵は、59歳とは思えない色気があり、風俗勤めで収入も増えて身なりも良くなっていた。
「久しぶりにする?」
地味な家事手伝いな35歳の初対面時の幸恵
アラ40で子づくりを一緒に励んだ幸恵
閉経前に最期の妊娠を望んだエッチな幸恵
20数年に渡る幸恵との逢瀬を思い出す。
目の前にいる60歳を前に風俗嬢として毎日エッチに
明け暮れる幸恵からのエッチ誘いに、熱くなってしまった。
幸恵のミニスカワンピースを剥ぎ取り、若々しい黒の上下下着を引き千切る様に脱がせる。
毎日、客に舐めしゃぶられて磨かれた股間の粘膜は、出産経験が無いため鮮やかなピンク色、風俗嬢としてアナルFも経験した肛門の肉弁は見事な菊花を咲かせている!
「いいわ、いいわ」「挿入て、挿入して!」
「お尻も好きにしていいよ!」
スケベな淫売婦のさまな幸恵に、これでもか!と
愛撫を繰り返し、乳房や頚筋、唇や耳朶を吸い舐め噛む!
荒々しい愛撫の後で、最後の仕上げをするために
仰向けに横たわり、M字開脚した幸恵の股間へ顔を埋め
股底を攻撃!
「✕◎●△〜」言葉にならない悲鳴をあげながら
メス逝きする幸恵!
その股間からは黄色い液体が飛沫く!
何年経っても逝くと尿失禁する癖は変わらない。
2023年現在
短めのポニーテールをした63歳になった幸恵が私の前にいる
コロナ禍で風俗店をクビになり、無収入となって久しい幸恵。
風俗嬢時代の常連客とホテルで逢って小遣い稼ぎをする幸恵だが、実家を売却して街中心部のマンションへ移転したので【商売】には便利らしい。
今夏は猛暑で幸恵もクーラーの無い自宅中古マンションよりも涼しいラブホの方が快適だったらしい。
28年前に伝言ダイヤル等という、古い出逢いツールから知り合った女、30代40代50代のオンナの痴態を知り、一緒に子づくりまでした仲だが、今は以前の様なガツガツなエッチは無くなっているが、スケベオンナ幸恵とは中々、絶縁は難しいらしい。年に1〜2回逢った時に少額の小遣いを渡してやると
エッチを誘ってくる幸恵。このオンナのスケベっぷりはこの先も続くのだろうか?