暗影
義母視点。
一方、次の日。ゲルダを追い出した、サブル伯爵家はと言うと。
「お母様! あの侍女を、クビにしてちょうだいっ!」
幸い、夫は先に寝室を出て、今はエレノアだけである。
朝食を取る為に身支度を整えていると、娘であるクリスティアが飛び込んできて、エレノアは軽く目を瞠った。そんな彼女に、クリスティアが青い目を潤ませて訴えてくる。
「まあ、どうしたの? クリスティア」
「髪がうまくまとまらないのに、ただ結って誤魔化そうとするの! お姉様より無能なんて、冗談じゃないわ!?」
「あら、それは見逃せないわね……あなたの言う通りにするわ。あと、明日はミラー伯爵令息とのデートでしょう? 今日から、しっかり備えなければね」
「ありがとう、お母様!」
確かに、言われてみれば普段は美しく波打つピンクゴールドの髪が多少、パサついているようだが――サイドが編み込まれ、うまくまとまってはいる。
とは言え、母であるエレノア同様『美』の加護を得ていても、怒っていてはいただけない。それ故、侍女の解雇を告げると途端に笑顔になった。そうしていると、妖精姫という異名に相応しく本当に可愛らしい。
……この可憐な笑顔を守る為にはこれからも、僅かでも不快にさせる存在は排除しなければ。
(加護を知るまでは万が一を考えて、婚姻は様子見されていたけれど……庶子とは言え、認知された伯爵令嬢だし。これからは、相手を選び放題ね)
娘の幸せは、母の幸せである。
更にゲルダという邪魔者が完全にいなくなった今、伯爵令嬢はクリスティア一人だ――そこまで考えて、エレノアはふと引っかかった。
(それにしても……確かに私も今日は、肌の調子が悪いのよね。あと旦那様も、何だか体臭が……昨日のクリスティアの、成人記念パーティーで疲れたのかしら?)
けれど、今までなかったことなのであくまでも一時的なものだろうと、エレノアはすぐに考えるのをやめた。
……ギフトを『知る』のは十五歳の儀式でだが、元々生まれた時から人はギフトを持っている。
そして、使用人として働いていたゲルダは無意識に掃除や洗濯、あと調理の時の水に『菌』のギフトを使っていた。『菌』には肌や髪に潤いを与え、更に体臭を抑える効果もあるのだ。
それ故、元々『美』のギフトを持っていた母子や美丈夫な父は、ますます美しくなっていたのだが――その功労者であるゲルダは、恩恵を受けていた家族から追い出された。
結果、伯爵家は主一家だけではなく使用人達に至るまで、この世界にはない『菌』を失ったことで覿面に不調が現れるようになり、絶望することになる。




