名乗
「…………」
クロムと見た目の年や背格好が同じくらいの、青年だった。しかし白銀の髪と瞳をしたクロムとは違い、短い髪と切れ長の瞳は闇のように深い黒。あと、ゲルダ以外には表情に乏しいクロムに反して、ニコニコ笑って気さくに話しかけてくるので、まるで印象が違う。
そんな相手をしばし、無言で見上げて――クロムは、青年の正体を知った。女神からゲルダを頼まれているので、彼は簡単なものだが『鑑定能力』の加護を受けているのだ。
だから、面倒臭がりのクロムは安定の無表情のまま、今まで聞かれても答えなかったことを口にした。その方が、面倒臭いことにはならないと思ったのである。
「サブル伯領の森だ。そこの森番から頼まれて、商いをしている」
「……そうなのか。なぁ、このワインを全部買わせてくれないか? あと俺を、その森に連れていってほしい」
相手の返事に少し間があったのは、ゲルダとクロムが住んでいる森から、今クロムが来ている王都までは馬車で三時間、徒歩だと十時間くらいかかる。だがクロムは宿などに泊まらず、ふらりと午前中に現れて、売れたらやはりふらりと帰るのだ。
今まで誰にも言わなかったので、クロムがどこから来ているか知っている者はいないが、少なくとも王都に住んでいないからとよからぬことを(珍しいワインを横取りしようなど)考えた奴に尾行されたりしたが、相手の隙を突いて転移魔法で振り切っていた。絡まれたくないのもだが、一人で留守番しているゲルダが心配で一刻も早く帰りたいのである。
(こいつを味方に出来たら直接、客の相手にしなくて良くなってゲルダとの時間が増えそうだ)
そんな下心を無表情で隠しつつ、クロムは相手の目を見据えたまま言葉を続けた。
「『移動方法』をバラさないのと、森番に無茶を言わないのなら良いぞ……俺は、クロム。お前は?」
「レニエだ。条件については、了解した」
……鑑定で解っていたが、それはこの国の第三王子の名前だった。




