朽落
義母視点。
……その後、一か月ほど経ったサブル伯爵家はと言うと。
「どうして!? どうしてなの、お母様……今まで、こんなことなかったのにっ」
クリスティアが、朝から悲鳴を上げてエレノアの部屋に飛び込んできて訴えた。
何でも、艶やかだったピンクゴールドの髪はパサついて枝毛が出来てしまい、更に額にニキビが出来たらしい。おかげで自慢だった髪は結ったり束ねたりしなくてはいけないし、前髪も上げられないと不満げだ。美しい髪を下ろして自慢出来るのは、未婚の時だけ(結婚するといつも結い上げなくてはならない)なのにである。
「そりゃあ、他の令嬢達よりは全然、マシだけど……こんなんじゃあ、未来の旦那様に幻滅されてしまうわ!?」
「落ち着きなさい。食べ物や睡眠に気を付ければ、すぐ元の美しさを取り戻すから」
「お母様、本当?」
「ええ、私でも若い頃はあったわ……だから、落ち着きなさい? 改善する為の食事は用意させるから、治るまではしっかり洗顔して睡眠も取るのよ?」
「……解ったわ」
娘に答えつつも、エレノアは声に出さずに苛立っていた。そう、確かにエレノアも若い頃には経験していたのだが、ここしばらくはずっと絶好調だったのだ。
まさかと思い、クリスティアを宥めて自分の部屋に戻した後に鏡を見ると、顎の下にシミが出来ていた。角度的に正面を見ていると隠れるが、万が一のことを考えると白粉を厚く塗らなければならない。
「どうして……」
言葉は疑問形だが、思い当たる節はある――娘には誤魔化しているし認めたくはないのだが、彼女達の不調はゲルダを屋敷から追い出してからなのだ。
ちなみに一時的だと思いたかった、夫の体臭や口臭も相変わらず続いている。多少ではあるし、他の者達からはもっときつく感じる場合もあるのだが、やはりゲルダがいた時は感じなかったのだ。
「何なの……あの娘のはずれギフトは、呪いだったの?」
つい口から嫌な考えがこぼれ出たが、認めたくなくてエレノアは振り払うように首を横に振った。そもそも、今までがゲルダのギフトの『おかげ』なのだが酷使していた身としては、そういう発想には至らない。
そして娘に言った通り、若い頃は食事や睡眠で不調を改善させていたことを思い出し、エレノアは己を奮い立たせていた。
「私と娘の邪魔はさせないわ。アンタなんていらない……絶対に、連れ戻したりなんかしないから!」
そして忌々し気に言うとエレノアは部屋を出て、まずは不調を改善する為のメニューを作らせる為に厨房へと向かった。




