12・熟練上げと強さと現実
違法奴隷商に捕えられた人達を開放した後、私とツヨシ君は駆け出しランクのクエストに向けて自己鍛錬を行う為に鹿相手に熟練上げを行っていた。
とは言ってもその鍛錬を行っているのは主にツヨシ君だけで、私は以前に苦戦していた梨の収穫をのんびりと行っていた。
以前訪れた時には【収穫】の熟練も全くだったので持ち帰れた数は散々なものだったが、今回はある程度【収穫】の熟練も上がっているので、以前よりも大量の梨を獲得できている。
自生している梨を淡々と集め続けていると、林の奥で鹿狩りをしていたツヨシ君が姿を現す。
「師匠、猿が居るなんて聞いてませんよ」
「アタイが以前に鹿狩りしてた時はそんなの見掛けなかったよ。かなり奥まで入り込んでしまったんじゃないのかい?」
敵性モブはゲームではある程度配置されている範囲が決まっており、その範囲内でなら目的の敵性モブのみを相手にする事ができる。
その配置される範囲はゲームによって異なるが大抵はそれなりに広範囲に設定されている事が多い。
エデンにおいてもそれは変わらず、私が今収穫を行っている梨などの非移動型のオブジェクト扱いのようなものでもそれは変わらない。
以前鹿狩りした時は猿なんか見掛ける事は無かった事から、ツヨシ君は鹿狩りに夢中になって相当奥まで入り込んでしまったのだろう。
「でもあれは反則ですよ。木の上から物を投げて来て一方的に攻撃を仕掛けて来るんですよ、ズルくないですか?」
「格闘じゃかなり分が悪いねぇ」
「そうでしょ? どうにかなりませんか?」
反撃手段も無く一方的に攻撃された事が相当悔しいらしく、ツヨシ君はその対処方法を私に聞いてきた。
「そうだねぇ、一番簡単な対処方法は遠距離攻撃手段で対抗する事。格闘と相性が良い遠距離攻撃手段の獲得だと身体魔法が良いかもね。その魔法の中にオーラショットっていう遠距離でも攻撃可能な魔法もあるし、回復手段も兼ねられるから格闘の熟練とは個人的にはかなり相性が良いと思うよ」
そうツヨシ君に説明する。
「この際だ、エデンで一般的に強いと言われているキャラ育成についてしておこうと思うけど、ツヨシ君はそれを聞きたい?自分で試行錯誤しながら自分だけの強さを求めても良いけど、それはツヨシ君次第かな」
この世界がゲームであるのは確実と言って良い状態になった為、多少の無茶をしても大丈夫という安心感から、そのような提案をツヨシ君にしてみる。
汎用性の高い強いキャラクターのお決まりみたいな型は存在するが、それを選択するかどうかはツヨシ君次第であり、それを押し付けるような事をしてしまってはせっかくの楽しいゲームも台無しになってしまう。
だからこそ押し付けにならないように言葉を選んで彼に聞いてみた。
「教えて欲しいです!」
そんな私の考えなどお構いなしといった様子でツヨシ君は勢い良く答える。
「エデンで一般的に強いと言われているキャラクターは攻撃手段、回復手段、逃走手段のみっつがバランス良く取られているのが特徴なのね。もちろん、これは一般的な話であって、そのみっつの手段のうちひとつだけを極めて劣った能力を補うなんて人も居たりするけど、これは特殊な例で参考にならない事の方が多いから、今回の話では除外ね」
一本ずつ指を立てながら説明をしていく。
「まずは攻撃手段、これはツヨシ君の場合なら格闘、私の場合なら弓がそれに当たるね。格闘だとその手数が最大の特徴だけど、遠距離に対しては極端に弱いし、その火力も他の攻撃手段に比べたら低い事もあって、普通はメインの攻撃手段として選ぶ人が少ない熟練ってのもあるね」
「その師匠の言い方だと格闘って弱いって事ですか?」
「いやいや、決して弱い訳じゃないよ。格闘熟練は他の武器を用いて攻撃するのに比べて多彩な能力低下を与える技が多いんだ。これを上手く使えば相手を一方的に封殺するなんて事も可能だから、それを扱う人次第っていう玄人好みな攻撃手段であるとも言えるんだよ」
「色々と攻撃を食らってしまう今の僕はまだまだなんですね」
私の説明を受けてツヨシ君の声のトーンが落ちる。
「あのね、エデンでは熟練を上げ切ってからが二度目のスタート地点なんて言われているんだから、その熟練を上げている途中で強さなんて語れる状態じゃないんだよ」
わざとらしく明るい声で、今はまだ強さの評価の対象にすらならない事を伝える。
「そういえばツヨシ君の格闘熟練はどれくらいまで上がったの?」
「えっと……やっと二十九を越えたくらいですね」
「そっか、じゃあ熟練の数値の目安もこの際に教えておくね。この世界での熟練は四十を超えると一人前、七十を超えると熟練者、九十を超えると達人って感じで扱われるんだ」
「え?でも、それだとこの熟練一覧おかしくないですか?」
私からは確認できない熟練一覧の表示を確認しながらツヨシ君は尋ねる。
「どの熟練の五十が最大になっているのに、師匠はそれ以上の熟練の数値を出してるって何故です?」
「それはね、どの熟練も百まで伸ばせるからだよ。熟練が最大になったらその熟練を極めているとされるNPCに試練を貰い、それに受かる度に熟練の最大は十だけ上昇するんだ。そうやってエデンでは自分だけのキャラを完成させるんだよ」
「って、事は熟練五十まではお試しって感じなんです?」
「それはそうとも言えるし、違うとも言えるかな……」
「何だかモヤモヤする言い方ですね」
流石に付き合いもそれなりになって来たからというか、私が言いたい事を察するツヨシ君。
「私の場合、料理人でありながらその材料も自分で戦闘して集めてくるキャラクターにしようとしているのは話した事あるよね?」
「はい、そういう育成をする人は少ないんですよね?」
「そうだね、なんでそんな万能に近い育成をするの人が少ないか分かる?」
「えっと、そうなるまでにより多くの時間が掛かるから……ですかね?」
「それは熟練一覧の右上を見てみて。そこに現在熟練に割り振られて使われている数値とその最大値があるでしょ。それが答え、熟練のポイントは八百七十五まで自由に使えるけど、逆を言えば百まで熟練を成長させられるのは最大でも八つまでってのがこの世界のルールなんだよ」
「えっと、つまりどういう事なんです?」
「つまりね、万能キャラに近い状態にするためには意図的に熟練の数値を最大まで育成しないで、弱いままの状態で運用しなきゃならないモノも無いと駄目って事になるんだ。私の目指す育成の場合だと、戦闘に関する熟練をあえて弱いままにして、それで万能キャラのように振る舞わうんさ」
「え?それじゃ師匠の目指す育成って強く無いんです?」
「そこで最初の話に戻る事になるんだけど、最初の話に戻っての強いキャラの要素って訳さ」
「攻撃手段と回復手段と逃走手段のみっつでしたっけ?」
「そう、私の目指すところは戦闘では火力が低くて、生命力も無い。戦闘は長引いてしまうから、回復手段を用いて倒れないようにし、必要最低限の戦闘で食材を集めるために逃走手段も用意しておく感じかな」
「でも、師匠の目指すその育成って強いんです? 何だか聞いてる限りだと、それ程でも無い感じがするんですが……」
「やりたい事はできるけど、強くはないとアタイは思ってるよ。でも記憶の中にある感じだと強いと言われていたんだよねぇ」
結局強さなんてものは相対的なものでしかなく、自身の思いとは別にどうみられるかって側面もある。
私自身は自身が求めるキャラの育成は強いとは思っていなくても、それをどう見るかはその人次第なのだろう。
「んで、その弱いままにしておく熟練の中には四十程度で育成を止めるものもいくつか存在する訳なんだけど、そうなるとその熟練はお試しでは無いだろ? だから、そのような熟練はお試しでは無いから目安で語る数値とは違うとも言える訳さ」
「そういう事なんですね」
少し回りくどい説明になってしまったかと思ったが、ツヨシ君が納得してくれたようで良かった。
「何にしても駆け出しランクに昇格する為には熟練は四十前後は必要になると思うから、そのくらいまでは熟練上げは必須なのは間違いないけどね」
そうやって熟練に関しての話は終了させる。
「でも、それなら師匠も熟練上げしないと駄目なんじゃないですか?」
鹿の群生地に来てからと梨ばかりを集めていた私に対してツヨシ君は聞いて来る。
「そうだね、ツヨシ君の熟練上げを邪魔しちゃ悪いと思ったから別の事をしていたんだけど、熟練上げに丁度良さそうな相手が居るなら話は別だね。猿に襲われた場所に案内してよ。アタイはそこで熟練上げをする事にするよ」
そういってツヨシ君が猿と接敵した場所まで案内してもらった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「師匠、なんだか浮かない感じですね」
狩りを終えてイリュシオンに戻って来たのだが、その成果は納得できるものでは無かった。
「猿の肉だけど、思ったより安かった」
ツヨシ君に案内してもらった猿が配置された場所は最初こそ目新しさを感じたが、実際には初見殺しな攻撃でしか無く、木の上にいる猿に対して攻撃を当てる事さえできれば、木から落ちてその後は何て事ない相手でしか無かった。
その強さは鹿や猪よりも劣り、熟練の上昇なども無かった。
肉の買取価格も蛇の肉よりも多少良いくらいでしか無く、矢の消耗を考えたら赤字にはならないものの、黒字にもならないといった感じで旨味が全く感じられるようなものでは無かった。
味などは感じる事は出来ないものの猿の肉を焼いたものは何となく受け付けなかったので、調理もしないまま売り飛ばしてしまった。
「それよりも鹿のお肉焼いてくださいよ!、それとデザートの梨もお願いします!」
私とは対象的にウキウキな感じのツヨシ君。
「梨は焼いた鹿肉と一対一の交換で良い?」
「それで良いですよ」
上機嫌で答えるツヨシ君。
「アタイ、明日からの狩りは猪を相手にして熟練上げをする事にするよ」
「え? 僕と一緒に鹿を狩れば良いじゃないですか」
「熟練上げをする時は単独で行うのが一番効率が良いんだよ。稼ぎの面からみても同様だから別々で行動した方が良いよ」
ツヨシ君はそう提案してくれるが、熟練上げを目的にするなら一緒に行動するよりも単独で狩りをした方が効率が良い。
それに今はツヨシ君を行動を共にする事が多いが、それがいつまで続くかは分からない。
私は料理を極めたいって目的があるが、ツヨシ君は戦闘で最強を目指すという目的がある。
やりたい事の方向性が全く異なっているため、いずれは私の方が戦闘面でついて行かれなくなる。
「師匠がそう言うなら仕方がないです……」
ツヨシ君は完全には納得してくれなかったようで、ふてくされたような声を漏らす。
慕ってくれている子を突き放すようで心苦しくも感じるが、いつまでもお互いに効率の悪い事ばかりを続けて身動きが制限されたままなのは出来る限り早急に脱したい。
「ゲームとしてこの世界を楽しむってだけなら、のんびりと楽しむのも良いと思うんだ。でも私は私自身を取り戻したいと思っているし、その為にはこの世界を不自由なく歩けるだけの力を手に入れないと、どうしようもないと思うんだ」
自分が何者なのかという記憶も全く無い事から、危機意識は薄いとはいえ、それでも現実世界に残されているであろう身体の事は気になる。
この世界が現実の時間と同様に過ぎ去っているなら、すでに一週間以上は軽く経過している。
現実に残された身体が何の処理も施されていないなら、今ここに存在している自分と云う存在は何者なのだろうか?
それを確かめる為にもできるだけ早くこの世界を見て回る必要があった。
「エデンなら何度倒れてもどんな失敗でも笑い話にできるけど、アタイ達はこの世界に閉じ込められている状態で、正直生きているか死んでいるかも分からない状態なんだ。それを確かめる為にもノンビリはしてられないと思うのはいけない事かい?」
本来は楽しいはずのゲームという娯楽でこんな事を話すのはナンセンスだと思う。
でも私達にとってはこの世界はディストピアであり、自身という存在を賭けたデスゲームなのだ。
その問いに対してツヨシ君からの返答は無く、ただ沈黙をまもるだけだった。
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翌朝、私とツヨシ君は熟練育成の為、私は猪を、ツヨシ君は鹿を狩る為、無言のまま別れイリュシオンの別々の出口を出た。
別れ際のツヨシ君の後ろ姿は昨日の狩りに向かう時よりも縮こまっている様に見えたが、気のせいだろうか?
私は現実を把握する為に焦っているのだろうか?
昨日あんな事を言ってしまったのは間違いだったのだろうか?
様々な思いが頭の中をかすめて行くが、何が正しかったのかなんてどれだけ思考を巡らしても答えなんか出る訳が無い。
そんな事を思っているうちに猪が配置されている林に着いてしまった。
『今は答えの出ない事を考えていても仕方がない』
そう自分に言い聞かせ最初の犠牲になる猪に向かって弓を絞るのだった。
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