01・はて?自分は誰なんでしょう?
新連載になります、楽しんでもらえると幸いです。
※2022/03/30
タイトルロゴを作ってみたので試しに貼り付けてみました。
Youtubeで同タイトルを検索して頂くと、この小説のPVを見る事ができます。
※2022/09/13
この物語世界におけるゲームと云う存在について多少加筆しました。
※2023/10/12
エデン世界の見た目に関する事項を多少加筆しました。
「……寝落ち?」
まだハッキリとしない意識のままで呟く。
視界に入って来たのはまだポリゴンと云う技術がゲームに用いられて間もない頃に構築された様な世界が広がっていた。
空には昼だと云うのに双子星と呼ばれるまるで地球に似た青い惑星が見て取れ、いかにも現実世界とは違いますよと云う分かりやすい演出がされている。
その丁寧に、だが簡易的な世界を自分は知っている。
否、熟知していると断言しても良いだろう。
目の前に広がる世界の名前はエデン、剣と魔法で紡がれるMMO-RPGである。
正式には別の名称が与えられていたが、今ではどの家庭にでも置かれているとさえ言われているゲーム機本体と共に無料提供され、まずこのゲームを体験する者がほとんどだろう。
それ故このゲームは本体の名称と同様に呼ばれ、今ではそれがそのまま定着している。
Eternal Digital Entertainment Nationと命名されたこの端末は、その頭文字を取ってE.D.E.Nと呼ばれている。
本来はゲーム機として発売された端末だったが、現在ではそれを礎とした分散ネットワークが構築され、生活の様々な部分にまで影響を与えている。
なので現在ではどの家庭にも大抵一台は存在しており、それ故にこのMMOが時代遅れな少ないポリゴンで構築されたチープな見た目の作りにも関わらず世界規模でユーザーを抱え込んでいたりする。
とはいえゲームなんてものは毎日のように何かしらの新しいタイトルがリリースされ、話題にあがるのは精々三ヶ月程度が関の山だ。
その旬が過ぎてしまえば後にリリースされた話題性のある別のタイトルにユーザーは流れていく。
なので年間で何百と云うゲームタイトルがリリースされていたとしても、翌年まで生き残り定番として生き残れるゲームは極限られたタイトルだけに絞られる。
そんな厳しい生き残りの業界の中でE.D.E.N.が生き残っているのはハードウェアと共に提供されているタイトルであり、見た目は確かにポリゴンと云う技術が使われ始めた頃の見た目で古臭いが、その裏では常に革新的な技術が用いられ、参加しているユーザー達に常に娯楽を提供し続けているからであろう。
それにエデンは過疎だと言われ続けているが、何だかんだで常にそれなりの参加人数は保っており、ゲームとして見ても赤字にならない程度の売上げは出し続けている為、提供を続けられていると噂されている。
提供が安定しており、打ち切られる事が無いと云う安心感は他の新しいゲームに流れたユーザーもそれらに疲れた時に戻って来れる受け皿として存在感として示されているのかもしれない。
そんな世界で意識を覚醒させた自分だったが、ここでその違和感を認識する。
「なんでこの世界に居るんだ?」
自分の発した言葉が異様である事は自分自身も理解している。
何故なら本来であるならエデンの世界に入り込むなんて事は出来ないはずだからなのだ。
遥か昔にはフルダイブ型ゲームの中に閉じ込められ、その世界の中で翻弄する登場人物たちの物語が流行った時期もあった。
だが現実はいつまで経ってもそんな事は起こらず、そんな物語が流行った時期から半世紀以上経っても未だに頭部にそれなりに重量のある映像出力装置を被り、その目の前に広がる擬似的な世界を楽しむくらいしか出来ないでいた。
フルダイブ型のゲームが技術的に可能かどうかといえば、現在の技術応用で可能ではあるらしいのだが、その為には外科的な手術をして機器を体内に埋め込み、定期的なメンテナンスを行えば可能との事らしい。
だが、その機器の製造元だったりがサポートを終了してしまうと、その体内に埋め込んだ機器は使い物にならなくなる。
なので現在ではその様なデメリットを理解しつつも、その技術に頼らざる得ない経済的にも余裕のある一部の人が失った器官を代替する為に利用するに留まっているとの事のようだ。
機械的な面のメンテナンスの他にも五感全てをデジタル世界に置く場合、現実世界の身体の問題もある。
人の生命維持の為に必要な栄養補給が絶たれると二日程度、長くても三日程度でその生命活動が維持できなくなる。
五感をデジタルの世界にあると誤魔化せると云うのは、その生命維持に関する身体からの信号も断つ事となってしまい命をのものを危険に晒す。
そんな倫理観の問題もあり、技術的には不可能では無いが手間に見合わないコストが掛かる為に現実的では無いとされている。
なのでそんな手術を受けた覚えも無い自分がエデンの世界で存在する事自体があきらかにおかしいのだ。
自分……はて? 自分は誰なのだ?
自問し、自分に対する記憶がさっぱりと抜け落ちたように何も思い出せない事に気付く。
ここがエデンのゲーム世界だと云う事やその楽しみ方については覚えているにも関わらず、それ以外の事、自身の名前や性別、年齢など、基本的な事さえ全く思い出せない。
そして自身が先程発したであろう声も男のものであったのか、女のものであったのかそれさえハッキリとしない。
確かに言葉を発したはずなのにそれが声として認識されいないような、そんな不思議な感覚なのである。
その事に言い知れぬ恐怖を感じる。
なんとも言えない恐怖は感じるのだが、自身の事が全く思い出せないせいなのか、それとも本来の自分自身の神経が図太いのか分からないが取り乱す様な事は無かった。
そしてこの世界で意識を覚醒させてから幾ばくかの時間が経っているが、他の参加者を見掛ける事も無い。
比較的簡易なポリゴンで構成された過疎と言われている世界とは言え、同時に定番とも言われているゲームで全く他の参加者を見掛けないと云うのもおかしな事だ。
自身の事は思い出す事が出来ないのにエデンの世界で冒険を楽しんでいた記憶はしっかりとある。
未だにフルダイブできるゲームなんて存在しないとは言え、それでも現実化できていない技術に夢を見る者は多く、その種の物語は手法を変えて今も世に多く出続けている。
かくいう自分もそんな空想科学な物語を少なからず読み、定番と言われている行動は一通り知っていたりする。
とりあえず物語よろしくログアウトできるかどうかを試してみる事にする。
本来であれば両手に持ったコンソールで画面にあるメニュー操作などを行うのだが、あいにく現在はその様な物は存在しない。
だが意識すると視界端に操作に関するアイコンがいくつか現れる。
その中にはログアウトを表すアイコンも表示されていた。自分は迷わずそのアイコンに触れようと手を伸ばす。
『ログアウトまであと十秒』
……できちゃったよ。
頭の中で直接文字列が表示される様なそんな感覚ではあったが、ログアウトはできるようだ。
これで現実世界に戻れるならこれはきっとその種の物語に感化され過ぎて見た夢に過ぎなかったのだろう。
自分はそう思いログアウトするまでの時間を待った。
目の前に広がった見慣れた荒いポリゴンの世界は徐々にブラックアウトしていき、そして完全に真っ暗になった……
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広がっていた光景は切り替わり、そこには無機質な暗い空間の中にみっつの培養カプセルが設置された場所であった。
自分はここを知っている。
エデンへ参加する時に訪れるキャラクター選択の場所だ。
どうやらログアウトそのものは出来ないが、エデンの中で活躍するキャラクターを作れとの事らしい。
エデンの世界に送り込んだ何者かは自分の事をどうしてもエデンの世界に閉じ込めた様子である。
「足掻いてやろうじゃん……」
悔し紛れに吐き捨てた言葉はやはり性別を感じさせる様なものでは無く、頭の中にだけ響く。
みっつ存在する培養カプセルは自身が扱えるアカウントに紐付けられたキャラクターである。
つまり三人のキャラクターを切り替えながらエデンの世界を冒険していく事になるのだが、はじめに作るキャラクターは自分の中で決まっていた。
「ここでも名を轟かせようじゃないか」
自身に言い聞かせる様にみっつ並ぶ培養カプセルの左端に触れた。
その瞬間に自分の視界はホワイトアウトして再度エデンの世界に降り立った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
眼前に広がるのは自身の知っているエデンのスタート地点とは違う見慣れない場所。
それでも各地を繋ぐテレポーターの中央に立っているのは本来のスタートと同様。
このテレポーターだが、最低でももう一箇所同じ施設を見付けない事にはどこへも移動する事ができない。
そのテレポーターを取り囲むようにいくつもの建物がある。
エデンの最初の街では街外れの広場にそれは存在していたので、ここがエデンに似た世界ではあるものの、全く別の場所なのだろう。
意外にもその街中に存在する人物は多い。
……が、あまり動かないと云う事はゲーム内のキャラクターであるNPCなのだろう。
エデンの中では力尽きたとしても復活する事は可能だったが、このエデンに似せたここでもそうとは限らない。
培養カプセルがみっつあったと云う事は最悪二度までの失敗までは保証されているが、それも今は確証を得る事はできない。
なので足掻くにしてもまずは生き残れるようにならなければならない。
意識すればメニューなどが表示されるのはログアウト時に体験できたので現在の所持品を確認する事にした。
するとエデンと同様の枠がいくつか存在するインベントリが視界を邪魔しない程度の場所に表示される。
予想通りと云うか所持品が何も存在しないインベントリ。
所持金もエデンのスタート時と同様の五百クレジット、これで初期装備を購入して自身を成長させて行かねばならない。
「まずはナイフと木の小盾、それと収穫鎌だね……」
確認する為に呟いた自分のその声に驚いた。
それは少々幼さの残るような女性のものだったが、それは自身がイメージしていたキャラクターそのものの声だったからだ。
三人のキャラクターのうち、はじめに選択したのはエデンではミローリ族と呼ばれる小柄な少年や少女の様な見た目を持つ種族だった。
エデンでは人間種を基準に他の種族が設定されているが、ミローリ族は人間種に比べて耐久力に優れ、小柄な体格故に回避能力に優れる。
また手先が器用な為、武器などの扱いが上手いとされている。
だがそれ以外の能力は人間種に比べて若干低い。
とは言えそれらの種族特性は誤差みたいなもので、有利不利と云うものは存在しないとされるが、身長だけはどうしようもなく、採取などをする場合には高い場所は手が届かなかったりするなど、明らかに不利な場面も存在する。
それでも自分はこのキャラクターに採取や生産をメインとした活動をしようと思っていた。
それは自身の記憶の中にあるエデンでのキャラクターの再現をしようとしたからだ。
そのキャラクターは公開されている全ての料理のレシピを網羅し、その材料を自ら集め、ある程度の戦闘もこなす料理人。
エデンでは戦闘と生産を両立するのはどちらも中途半端になり無理と長い間言われていたが、記憶の中の自分はその無理とされていた事を成した数少ない人物とされ、それなりに有名だったと記憶している。
この世界がエデンと関係が深い場所なら、同じキャラクターを再現できれば元の世界に繋がる何かしらに辿り着けるのではないかと思ったからだ。
とは言え、それは何度でも倒れるのが許されたゲームとしての世界だから出来た事であり、このエデンに似た場所でどこまで再現できるかは未知数だ。
それでも元の世界に繋がる何かを得られる可能性が少しでもあるならそれに賭けてみようと思い、同時にエデンに似せていると云う事はゲームでもあるのだろう。
ならばこのエデンに似た世界を楽しまなきゃ勿体ない。
「いらっしゃい、ちゃんと武具は手入れしているかい?」
見慣れない街をふらつき、見付けた武具の店に入ると武具など何も持っていないと云うのにズレたセリフで出迎える店主。
その言葉でやはりこの世界はエデンと同様の作られた世界であるのを確信し、無視して店内に置かれている武具を見る。
エデンでは全ての行動が熟練値に依存し、その数値で扱える武具だったり出来る事が決まるレベルが存在しない完全スキル制のゲームだ。
この完全スキル制と云うのは最初から上限が決まっているが、存在する熟練を自由に選択でき、その選択次第では不可能とされていた事さえも可能にできる面白味がある。
もちろん不可能を可能にするのには熟練の割り振りだけで出来るものでは無く、そのキャラクターを扱うプレイヤーの技術も大きく関わってくる。
なのでレベル制にあるような"レベルを上げて物理で殴れ"が出来ない為に好みがハッキリと別れるゲームだとも言える。
無造作に置かれた武具の中から目的のナイフと木の小盾を無言で店主に差し出す。
「それらの武具なら合わせて三百五十クレジットだ」
たとえ武具ひとつの購入でも合わせていくらと言うのはNPC故なのだが、そこには何も突っ込まず言われた金額をインベントリから取り出し、店主の居るカウンターの上に置き店を後にする。
「次は収穫鎌だね……」
武具屋で無言でやり取りしていたのに自身に言い聞かせる様に独り言を呟く。
「ものづくりは生活を支える至高、今日は何をお求めだい?」
武具屋を出た後、道具屋を見付けて入ったがそこで掛けられた言葉はエデンでの道具屋と同様のものだった。
先程の武具屋の時に作られた世界であるのは確信できたが、道具屋に関しては出迎えの台詞までエデンのそれと一緒とは……偶然とするにはあまりにも出来すぎており、これで自分は完全にデジタルで作られた世界に閉じ込められた事に愕然とする。
だとしたら自分の現実に存在するであろう身体はどんな事になっているのだろうか?
もしくは自身の記憶の中にあるエデンを再構築した死を目前にした走馬灯のようなものなのだろうか?
そんな考えがよぎるが、今はそんな事を考えたところで答えが出る訳でも無い。
今は出来る事をするしか無いと道具屋店主の言葉も武具屋同様に無視し、目的の収穫鎌ふたつをカウンターに置く。
「そいつなら合わせて百クレジットだ」
機械的に反応する店主に対し代金をカウンターに置き、無言で道具屋も後にする。
インベントリを確認すると購入したナイフと木の小型盾、それと収穫鎌ふたつの四枠がそれらのアイテムで埋まっていた。
その中からナイフと木の小型盾をそれぞれの手に持ち、先程の自身の身体に関する思考から逃れる様に街の外に出るために足を動かすのだった。
読んで頂きありがとうございます。
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