蘇る記憶
ズキリと頭が痛む。
.......貴女は魔王様には指一本触れさせません。
脳裏に蘇るのは四天王達の声と、冒険者や魔物を震え上がらせる睨み殺し。
それはまだ、村娘だったエリンに向けられていた。エリンは震え上がり、ついには失神して、それ以来、会っていなかった。
突然蘇った過去の記憶は、四天王達がやった行為はやりすぎに思える。
だが、「仕方ない」という印象があった。
(エリンは……四天達を怒らせる何かをしたんだ)
怒らせるに値する何かをした。その事はわかるが、具体的に何かしたかは思い出せない。
「思い出してもらいたくてお手紙たくさん書いたけど、やっぱりダメだった?」
「お手紙って……まさか昨日の髪の毛つきの?」
「そうだよ、あたし頑張ったんだからね!」
エリンは上体を起こしてえっへんと胸を張り、柔乳を揺らした。
二つに括った髪も揺れる。
手紙に縫い付けられたのと同じ金色の髪。
魔王はしばし呆然としていた。
じんわりと蘇る過去の記憶に脳が耐えきれず痛みが走る。
「思い出した………」
頭に手を当てて痛みに耐える。
「思い出してくれたのね!」
エリンが嬉しそうに抱きついてくるが、その肩を掴んで押しとどめた。
「ああ、思い出したよ……まだ恋愛の知識もなかった俺に変な薬を盛って動けなくして、無理やり押し倒そうとした馬鹿な村娘の事をな!」
そう……あの時も魔王は薬を盛られ、強引に初体験寸前まで押しやられたのだ。
あわや結合という時に四天王達が助けに入り、それ以降四天王達の間ではエリンの話題はタブーとなった。
「俺はあの時盛られた薬のせいで、記憶が一部ぶっ飛んだんだぞ!」
「テヘッ……」
「てへ、じゃねーよ!」
彼女がローションまでも作り、瓶に入れて腹に垂らして来た記憶も残っている。半透明の容器は鈍く輝き、どろりと落ちるローションはひどく冷たい。当時はそれが何か分からず、恐怖したものだ。
「もういいから離れろよ!」
力任せに突き飛ばそうとしたが、エリンの顔にらしくもない哀切の色が浮かんでいるのを見て、魔王は手を止めた。
「多分バチが当たったんだよね……」
涙を浮かべて、エリンは嘆息する。
「オッパイ大きくなったら結婚しようって約束だったのに、まだオッパイ大きくなってないのに先ばしちゃったせいで、魔王さんは記憶を失い、二人は離ればなれになっちゃった……」
「待ってくれ、そもそもその約束ってなんだよそれ。記憶にないんだが」
「ああ、まだショックの後遺症が……でも大丈夫だよ、魔王さん」
哀切の表情は打って変わって静かな喜びを秘めた微笑みに変わった。
「あたしには魔王さんしかいないし、魔王さんには私しかいない……離ればなれの間ずっとそう思ってたよ。だから結婚しよ、魔王さん」
なんとも反則級に可愛らしいと不覚にも感動すらしてしまった。
だがそれでも。
(そうだよ、こいつは勇者だ)
だから魔王はとっさの思いつきで彼女を拒絶した。
「俺にはもう大事な人がいるんだ」
まるで予期していなかったようにエリンが目を剥く。
ごめん、と魔王は謝罪した。
これから嘘をつくエリンに、嘘の題材にする四天王達に。
「四天王達と将来を誓って……婚約してるんだ。だからお前とは結婚出来ない」