記憶喪失の原因は薬?
「……そうだマリアだ」
頭がぼんやりして色々と思い出せないが、記憶のいいマリアならば過去のことを覚えているかもしれない。覚えていないはずがない。魔王が物心つく前から四天王達と一緒にいたのだ。
ならば、エリンの事もきっともしている。
そしてなぜ彼女がいなかったのかも、きっと……
魔王がマリアを待っていると、ハーデスがパン咥えながら駆け込んできた。
「た、大変です超大変です!魔王様!」
そこで水を一杯、喉を潤して吐き出す言葉は、
「城門に侵入者が現れて魔王を出せって!」
「俺を?」
四天王達も眉をひそめている。
「ちなみに魔王様の代わりに打って出たってさ!」
事ここにいたっては魔王は血相を変えた。
「マリアがその侵入者とやりあうっていうのか」
「私に言われてもなあ。とにかく魔王様のお手を煩わすまでもないだとかなんとか」
あーあ、とため息そこかしこからこぼれる。
「死んだな、侵入者」
誰かがそう言った。魔王も同感だった。
マリアに手加減など出来るはずがない。ならば、全身全霊で情け容赦なく完膚なきまでに叩き潰すのみ。
「あららーマリアさんお忙しいみたいね」
いつのまに部屋に入って来たのか、エリンが隣に立っていた。嬉しそうに料理を魔王に手渡す。
「というわけで、あたしの料理食べて食べて食べてー」
「ああ、それはありがたいけど、やっぱりマリアを待った方が……」
トマトベースのソースがたっぷりかかったハンバーグ、スライスしたトマト。
「ほら、あーん」
フォークで突き刺して押し出してくる。ただそれだけの仕草なのに、肩をすこし縮めて小首をかしげるようにしているのが、えらく可愛らしくて困る。
「あーんして、魔王さん」
「あ、あーん」
押し切られて口を開く。ヘドロじみた憎悪の視線が四方からへばりついてくるが、気づかないフリをして汁のしたたるトマトにかぶりついた。
カチン、と歯と歯が打ち合う。トマトを噛み潰した歯応えはない。
「えへへ、食べひゃった」
エリンはいたずらっぽく笑ってトマトを咀嚼している。
どうやら何かの冗談だったらしい。恋人同士の戯れじみていたので、安心したやら落胆したやら、複雑な心地で魔王は苦笑いした。
(いやガッカリなんかしてないぞ!)
「あーん」
顔を近づけてくる。
口が近づいてくる。
プチトマトを挟んだ。
(え?)
今度も冗談だろうか。
いや、その割にには本気で目が潤んでないか。
待て、ちょっと待てどうしろというのだ。
受けるべきか。何がただしいかわからない。
「ちょっとまてコラァああああ!いくらなんでもいくらなんでも口移しはねぇだろうがあああああ!」
ヘルフレイムの涙ながらの悲鳴で目が醒めた。
唇が触れ合う寸前に、魔王は慌てて料理のトマトを自分で口に運んだ。
「ん、うまい。新鮮でちょっと酸味が強いけど甘くて……」
「むー、残念」
エリンは半顔で恨めしそうに魔王の口元を睨みつけてくるかと思えば、にぱっと満面の笑みを浮かべた。
「美味しいでしょ、エリンちゃん特製トマト」
「うむ、なんだろうこの甘み。ちょっと懐かしい感じかする」
「えへへ覚えていてくれたんだ、あの日の薬の味」
聞き捨てならないセリフが聞こえた。