第7話 遭遇
前回のあらすじ
逃避行の目的地を定めた
ワルプルギス機関アメジスト支部。
その建物内にある廊下を、支部長であるノワール・ブランがカツカツとヒールを鳴らしながら早足で歩いて行く。
黒のコートを着崩しているが、彼女の長い黒髪とスラッとしたスタイルも相まって、だらしないという印象を他者に全く与えていない。
アンダーリムのメガネが与える知的な印象も、ソレに拍車をかけている。
彼女は二十九才という若さでありながら、支部長の椅子に座るとても優秀で正義感に満ち溢れた異端審問官だった。
それ故、同支部所属の特一級異端審問官が引き起こした前代未聞の大事件を、他の誰よりも重く受け止めていた。
しかし彼女が急いでいるのは、別の理由だった。
「あの事件の唯一の生き残りが目を覚ましたのね?」
「はい。ですが……」
ノワールの秘書は彼女の言葉を肯定するが、その先の言葉を伝えるかどうか言い淀む。
それを不思議に思い、ノワールは秘書に聞き返す。
「どうかしたの? 何か問題でも?」
「はい……あ、いえ……。問題というか、なんというか……。実際に目にした方が早いと思います」
普段ノワールに聞かれたことは包み隠さず答える秘書にしては珍しく、言葉を濁していた。
そんな秘書の様子をノワールは不思議がりながらも、二人はその生き残りが運ばれた医務室の前にたどり着く。
そしてその部屋のドアを開けると、二人がいる廊下まで悲鳴に似た奇声が聞こえてきた。
「あはははハハハはハははハハハははハハはハははハハハハハはハハハハハハはははははハ! あは、アハハははははハハハハハハははハハハ! 殺すころすコロス殺スコロすころスこロス殺すコろスコロすころスこロスころすコロス殺す!! 許さないゆるさないユルサナイ許さナイゆるサナイユルサない許サナイユるさナイゆるサナイッ!!! 絶対にぜったいにゼッタイに殺してやる!! ゼクス・クレスタアアアアァァァァッ!!!!」
そんな恨み節を聞きながら、ノワールと彼女の秘書はその声が聞こえるベッドへと向かう。
その生き残りは全身を包帯で巻かれ、左腕は肩口から損失していた。
そして唯一包帯が巻かれていない左目は血走っており、狂気と復讐心に彩られていた。
その様子を眺め、ノワールは秘書を連れて医務室を出る。
そして支部長室に戻る道すがら、秘書と言葉を交わす。
「……アレが、言い淀んでいた理由なの?」
「……はい。事件発生から四日後、つまり今日ですが、『彼女』は意識を取り戻しました。しかし目覚めるなり、あのようなことを言い続けているのです」
「それだけ、ゼクスという元異端審問官を恨んでいるのね」
「おそらく……」
「……分かったわ。彼女がある程度正気を取り戻したら、私のところに連れてきて」
「畏まりました」
ノワールの命令を、秘書は承諾する。
そして秘書と途中で別れ、ノワールは一人支部長室へと戻る。
椅子に深く腰掛けると、ノワールはふぅ……と溜め息を吐き、天井をぼうっと見つめる。
「……もしかしたら、私が動く事態になるかもしれないわね」
予備役扱いの元特一級異端審問官の呟きは、誰に聞かれることなく空気中へと霧散した―――。
◇◇◇◇◇
「…………ん?」
ぞわり、とした嫌な感触を首筋に感じて、僕は後ろを振り返る。
だけどそこには誰もいなかった。
……気のせい、か?
そんなことを思っていると、傍らにいたノインが僕の服の袖を引っ張ってくる。
「どうしたの? ゼ……シックス」
「なんでもないよ、ノ……ナイン」
僕はそう答え、首を横に振る。
僕達は今、ルビーの町にある雑貨店にやって来ていた。
ここで逃避行に必要な物を買い揃えるためだ。
それと僕達は今朝方話し合って、逃避行中はお互い偽名を名乗ることにした。
どこで異端審問官が耳を立てているか分からないからだ。
それで僕は「シックス・レスタ」、ノインは「ナイン・エアリア」とそれぞれ名乗ることにした。
これに加えて僕達は【幻影仮装】で見た目を変えているので、下手を打たない限りバレる心配はない。
必要な物を買い揃えた僕達は雑貨店を後にする。
そして足早に、ルビーの町を出発した―――。
◇◇◇◇◇
空は青く、羊毛のような白い雲が浮かんでいる。
そして地上には、背の低い草が生い茂った平原が地平線まで広がっている。
追われる身じゃ無ければ、周りの風景を楽しんだんだけどなぁ……。
僕がそう思っているのとは反対に、ノインは目をキラキラと輝かせながら周りの風景を楽しんでいた。
そのせいか彼女の歩みは遅くなり、僕は彼女の歩く速度に合わせる。
僕達はルビーの町を出発して、次の目的地へと向かっていた。
次の目的地は、南大陸の北部に位置する港町、アクアマリンだ。
道なりに歩いて行けば、一週間ほどで着くほどの距離だった。
しばらく歩いて行くと、道は目の前に広がる森の中へと続いていた。
僕達はその道に沿って、森の中へと足を踏み入れる。
やっぱりと言うか、またと言うか、ノインは辺りをキョロキョロと見回していた。
だけど急に立ち止まり、僕の服の袖を引っ張ってくる。
「どうしたの?」
「ほら、あそこ。何かない?」
ノインがそう言って指差す方に、僕も目を向ける。
茂みに隠れるようにして、何かがいる気配を感じた。
「確認してみよう。僕から離れないでね」
僕がそう注意をすると、ノインは素直に頷いた。
ノインを守るようにしながら茂みを掻き分け、警戒しつつソレに近付いて行く。
近付くにつれて、ソレの正体がはっきりとしてきた。
その正体は―――蹲るお爺さんの姿だった。
僕は警戒を解いてお爺さんに近付く。
「大丈夫ですか?」
「ああ、いや……腰をやってしまってのう……。すまないが、ワシの住む村まで運んでくれないか? とても歩けそうにないんじゃ」
「ええ、いいですよ」
僕はそう返事をして、お爺さんを背負う。
そしてお爺さんの道案内を頼りに、彼が暮らす村へと向かって行った―――。
ゼクス(ドイツ語で6)→シックス(英語で6)
ノイン(ドイツ語で9)→ナイン(英語で9)
シンプルイズベスト。
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