第6話 逃避行の目的地は……
前回のあらすじ
能力の確認を行った
「そ、そうだ! わたし達って、いったいどこまで逃げるの?」
ノインは照れ隠しするかのように、僕にそう尋ねてくる。
そんなノインを、僕は可愛いなぁ……と思いながら見つめる。
自分の気持ちがはっきりしてからというもの、ノインのどんな行動もとてもいとおしく思うようになった。
なるほど、コレが恋の魔法というものか……。
「ゼクス?」
「……っ!? あっ、ああ……そうだなぁ……」
ノインに名前を呼ばれ、僕は気を取り直す。
ノインに見惚れてたのはバレてない、ハズ……。
僕は魔法袋から地図を取り出して、それを目の前に広げる。
それをノインが横から眺めてくる。
「今僕達がいるのは……だいたいこの辺り」
そう言って、アメジストの町の北部に広がる森、その中央付近からやや下の所を指差す。
「で、一先ずの目的地はルビーの町」
今度は、森を北へ真っ直ぐに抜けた場所にある町を指差す。
するとノインが尋ねてくる。
「どうして?」
「何の準備もしないで町を出たでしょ? だから必要な道具とかをこの町で買い揃えたいんだよ」
「そういうのはゼクスに任せるね。わたしは詳しくないから」
「分かった。それで、最終目的地だけど……」
そう言って指をスーッと動かす。
ルビーの町から真上……つまり北の方へと動かし、南大陸から出て海を越え、その先にある南北に分かれた中央大陸も越える。
そしてまた海を越え、北大陸まで指を滑らし、大陸中央部に広がる平原で指を止める。
僕が指差した場所を見て、ノインは首を傾げる。
「そこに何があるの? 地図を見た感じだと、平原しかないみたいだけど……」
「そうなんだけど、ここにはある噂があってさ」
「噂?」
「そう。ここには、魔女達が暮らす集落があるらしいんだよ」
異端審問官時代に、そんな噂を同僚から聞いたことがあった。
その平原の近くにある支部が過去に何度か調査隊を派遣したらしいけど、影も形も無かったらしい。
見つからない工夫がなされているのか、はたまた噂は噂でしかないのか。僕には知る由も無かった。
「僕達も魔女だから受け入れてくれるとは思うけど、どうかな?」
「わたしはいいよ。それで、そこに着いたらどうするの? もしその集落が無かったら?」
「その時になったら考えるよ」
そう言うと、ノインは了承したように頷く。
「分かった。……あ、でもどうしよう?」
「何か気になることでもあるの?」
僕がそう尋ねると、ノインは首を縦に振る。
「うん。わたし達ってたぶん、指名手配されてるよね?」
「そう考えていいね。機関も馬鹿じゃないから、当然僕達を追い掛けてると思う」
「変装とかした方がいいのかな? ほら、見つからないようにするためにはさ」
「変装か……」
ノインにそう言われ、僕は思考に耽る。
追われるリスクを考えたら、変装はした方が絶対に良い。
服装は、この廃屋にあったちょっとボロいフード付きのマントを羽織れば、旅人を装えると思う。
ただ、身体の特徴だけは簡単に変えられないしなぁ……、と思ったその時、ちょうどいい魔術があったのを思い出した。
戦闘ではほとんど役に立たないから、すっかり忘れていた。
僕は左手に魔剣を握り締め、その魔術を発動させる。
「……惑い誘え、【幻影仮装】」
魔術は無事発動したけど、その結果を自分で確かめることは出来なかった。
だからノインに確かめてもらう。
「ノイン、どう? 僕の身体でどこか変化した所ってある?」
「えっと、髪の毛と目の色が変わってる。それ以外は変わってないかなぁ」
「そっか、ありがとう」
やや不安は残るけど、変装としては十分だろう。
「移動する時は魔術で変装しよう。ノインもやって」
「うん、分かった」
ノインは頷き、【森羅万象】を発動してから【幻影仮装】を発動させる。
ノインの髪色はピンクに、瞳の色は灰色に変化した。
「ゼクス、どう?」
「うん、ノインもちゃんと変装出来てるよ」
「ありがとう。えへへ……」
何が嬉しいのか、ノインははにかむ。
そして僕は立ち上がり、壁に掛かっていたマントを手に取って、その片方をノインに手渡す。
「旅人を装うから、これを羽織って。少し汚いかもしれないけど……」
「この際贅沢は言わないよ。わたし達はなんとしてでも逃げ延びなきゃいけないんだから」
そう言ってノインも立ち上がり、僕からマントを受け取る。
僕は彼女の言葉に心の中で感謝を述べ、一日でも早く逃避行を終わらせようと決意する。
僕は着ていた異端審問官のコートを脱ぎ、ネクタイも外して魔法袋にしまう。
ワイシャツの第二ボタンまで開け、その上からマントを羽織る。
ノインの方に目を向けると、彼女もマントを羽織っていたけど、三つ編みをほどいていた。
ウェーブがかった髪を背中側に流している。
それだけでも、ノインの印象がだいぶ違って見える。
「それじゃあ出発しよう。一応フードも被っておいて」
「は〜い」
僕がそう言うと、ノインはやや間延びした返事を返す。
そしてフードを目深に被り、廃屋を後にした―――。
◇◇◇◇◇
検問を構えていた異端審問官達を無事にやり過ごし、僕達はルビーの町にたどり着いた。
フードを被っていると逆に怪しまれるので、町中ではフードを取っておく。
すでに陽は傾き始めており、ノイン用の着替えと魔法袋を購入してから空室のある宿屋を探す。
ちょうど一軒目で空室のある宿屋に当たった。
受付で二人部屋を一つ取り、一泊分の料金を支払う。
各部屋には、浴室が備え付けられているとの説明も受けた。
その宿屋の一階部分は食堂になっているようで、少し早いけどそこで夜ごはんを摂ることにする。
久しぶりに温かいごはんを食べて、胃も心も満たされた。
その後、部屋へと向かう。
僕達の部屋は、三階の一番奥にあるようだ。
その部屋に入り、明かりを点けてから中を見渡す。
ダブルベッドが一つにテーブルセットが一つ、それと鏡台が一つ置かれていた。
僕は後ろにいたノインの方へと向き直る。
「ノイン、疲れたでしょ。先にお風呂入っちゃていいよ」
「ありがとう、そうするね」
ノインはそう言うと、【幻影仮装】を解いてから浴室の方へと消えて行った。
僕は鏡台の前に立って、鏡に映る自分の姿を見る。
髪は茶色く、瞳の色は紫に染まっていた。
【幻影仮装】を解除すると、いつもの黒髪黒目の僕の姿が鏡に映った。
ベッドに向かい、その端に腰掛けくつろいでいると、浴室からノインが出てきた。
火照った身体が妙に艶かしく、僕はついつい見惚れてしまった。
風呂上がりのノインの姿は見慣れてるハズなんだけどなぁ……。どうしてだ?
そんな僕の様子に気付かずに、彼女が話し掛けてくる。
「ゼクス、上がったよ。……? どうしたの?」
「っ!? いや、なんでもない!」
「そう? ならいいけど……」
「うん。それじゃあ僕も入ってくるね」
そう言うと、僕は逃げるようにして浴室へと入る。
そして溜まった汚れをキレイに洗い流してから浴室を出ると、ノインはすでにベッドに潜り込み、寝息を立てていた。
疲労が溜まっていたのだろう。その寝顔は、幼い子供のようにあどけなかった。
気付かない内に、ノインに負担を強いていたのかもしれない。
今後はなるべく、ノインに負担を掛けないようにしよう。
そんなことを思いながら、部屋の明かりを消す。
そして僕もベッドに潜り込み、目を閉じる。
自分でも気付かない内に疲労が溜まっていたようで、すぐに意識を手放した―――。
魔女は変装するもの(偏見)。
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