第36話 闇の蠢動②
前回のあらすじ
『色欲』の魔女・アハト登場
クロウの街の領主の屋敷を後にしたアハトは、その足で路地裏へと踏み入れる。
路地裏の奥へと進み、古ぼけた扉を開ける。
するとそこには、地下へと降る階段が伸びていた。
その階段を降ると、蝋燭の火に照らされた小さな部屋へと躍り出る。
その部屋にはテーブルとソファーだけがあり、ソファーにはフードを深く被っている黒コートの男が座っていた。
「アハトか。首尾はどうだった?」
「この街の領主は始末しました。これでワルプルギス機関への資金提供も少しは滞ると思いますよ」
「そうか、よくやった。……早速で悪いが、次の任務に当たって貰いたい。内容はこの紙に書いてある」
アハトは黒コートの男から紙を受け取り、内容を確認した後に蝋燭の炎で紙を燃やして証拠を隠滅する。
「そうだ。調整していたアレもちょうど調整が終わったらしい。受け取れ」
黒コートの男はそう言い、部屋の隅を指差す。
するとそこには、一つの鎧が置かれていた。
「……ラスト」
アハトが鎧を一瞥してそう呟くと、鎧が光輝く。
その光が収まった後には、鎧のあった場所にウェーブ掛かった紫色の長い髪をした、妖艶な雰囲気を纏う女性が現れた。
鎧の正体は魔心霊装の一つである魔鎧アイアスで、その元となっている『色欲』の魔女・ラストが彼女の正体だった。
ラストはアハトに近付くと、肩に腕を回す。
「任務お疲れ様でした、アハトちゃん」
「そっちも調整が無事に終わったみたいだね」
「ええ。本当に……色々と触られて、もう……」
ラストは何かを思い出しているのか、恍惚とした表情を浮かべて身動ぎをする。
その表情を見て、アハトは軽く溜め息を吐く。
「はぁ……このマゾヒスト」
「仕方ないでしょう? 敏感肌なんですから」
「言葉の意味違ってない?」
「合ってますよ。わたくし、他人に触られると過敏に反応してしまうので」
「今、自分から触ってるよね?」
「自分から触る分には大丈夫なんですよ」
「便利な敏感肌だこと。……それじゃあボク達はもう行きます」
「ああ……いや、ちょっと待て、アハト」
黒コートの男が部屋を出て行こうとするアハトを引き留める。
アハト達は足を止め、男の方を振り向く。
「なんですか?」
「一つ伝え忘れていた。今この大陸に、『ウィッチクラフト』の連中が来ているらしい」
「『ウィッチクラフト』……ああ。人間との共存を目指してる甘っちょろい組織ですか。それがどうかしたんですか? その組織の構成員なら、実力もどうせ大したことないんじゃ――」
「『死神』がいる」
男の言葉に、アハトの表情が一気に引き締まる。
他大陸のワルプルギス機関に魔術を無効化する異端審問官がいるという噂は、この大陸にいる魔女達の間でも噂になっていた。
「『死神』……ウチの組織の調査で、魔女である疑いがある、あの?」
「そうだ、その『死神』だ。それとまだ確証の得られていない情報だが、『死神』には魔女の連れがいるらしい。念のため注意しておいてくれ」
「分かりました。……もし遭遇した場合は」
「アハトの判断に任せる」
「分かりました」
黒コートの男の言葉の真意は、「敵になると判断した場合、即刻排除せよ」といった意味合いだった。
それを理解しているアハトだからこそ、この指示を素直に受け入れた。
そして今度こそ、アハト達はその場を立ち去って行く。
アハト達の所属している組織の名は『ノスフェラトゥ』。
人間と魔女が共存出来る世界を作ることを目標にしている『ウィッチクラフト』とは逆、人間達を滅ぼし、魔女の魔女による魔女のための世界を作ることを目的とした秘密結社だった―――。
◇◇◇◇◇
満天の星の下、魔女の里である天空都市・ヘクセヴェルトの中央に聳え立つ城のバルコニーにて、ニヒトは自身の魔術でゼクス達の行動を観察していた。
「……『色欲』のいる地に、『憤怒』、『強欲』、『暴食』が集いましたか。……あら? この反応……『傲慢』もですか? でも何故、『憤怒』達と別行動を……」
「女王、報告が」
するとバルコニーに、ニヒトの側近の一人が音もなく姿を現す。
その側近はまるで闇夜に紛れ込むかのような黒装束に身を包んでいた。
「なんですか?」
「地上での調査を終えて帰還しました。それで至急、女王に報告しなければいけないことがあります」
「続けて下さい」
「ハッ、では手短に。『傲慢』の魔女がワルプルギス機関の手に堕ちました」
「……なるほど。だから『星見』で『傲慢』が別行動を……分かりました。報告ありがとうございます。引き続き調査を続けて下さい」
「ハッ。ではこれにて失礼」
側近はそう言うと、闇夜に紛れてその場から立ち去る。
ニヒトは最後に『嫉妬』と『怠惰』を『星見』した後、薄く微笑んでバルコニーを後にした―――。
既に魔心霊装を覚醒させているアハト。
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