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第35話 『色欲』の魔女

前回のあらすじ

ノインがデスサイズの担い手になった

 

 西大陸北部に位置する街、クロウ。

 その街を治める領主の屋敷で、パーティーが開かれていた。

 大広間には周辺の街からやって来た領主達がおり、各々雑談に講じていた。


 すると、大広間の扉が開かれる。

 そこにはクロウの街を治める女領主と、彼女に付き従うように金髪碧眼の人物が控えていた。

 雑談によるざわつきはピタリと止み、領主達は女領主の方へと目を向ける。


「皆様、本日をお越し頂き誠にありがとうございます。どうか時間の許す限り、ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 女領主がそう言うと、領主達は再び雑談に講じる。

 そんな中、何人かの領主が女領主に近付いてくる。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「お久しぶりです。ええ、はい」

「して、そちらの人物は?」

「彼は、そうですね……私の良い人、とだけ申し上げておきますわ」


 女領主は頬を微かに赤く染めながらそう答える。

 それだけで、領主達は察したようだ。


「そうですか……それはめでたい」

「そうですな。婚儀の際は盛大に祝わなくてはなりませんな」

「そんな……まだ気が早いですよ」


 ご機嫌な笑い声が、彼等を包み込む。

 彼等を遠巻きに見ていた人物の中には怨恨の籠った視線もあったが、それに気付いた人物は唯一人を除いていなかった。


 そして夢のような時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

 それが悲劇の始まりだとは、正に夢にも思わずに―――。




 ◇◇◇◇◇




 パーティーがお開きになった後、寝室に戻ってきた女領主はベッドの上にぼすっと仰向けで倒れ込む。

 部屋のドアを金髪碧眼の人物が静かに閉めると、女領主が口を開く。


「アハト。貴方も疲れたでしょう? 一緒に休みましょう?」

「いいえ。ぼくは大丈夫ですよ」

「そう言わずに。ほら、こっちに来て?」


 女領主はそう言い、ぽんぽんとベッドを軽く叩く。

 アハトと呼ばれた人物は少し困ったように肩を竦めた後、ベッドへと近付く。


 女領主は身体を起こし、彼女の隣にアハトは腰掛ける。

 すると女領主は、アハトに甘えるようにしてもたれ掛かる。


「あの……」

「……アハト。好きよ、大好き。だから……ね? 今から愛し合いましょう?」


 熱に浮かされたような潤んだ瞳でアハトを見つめると、女領主はゆっくりと顔を近付けていく。

 アハトは特に抵抗せずに、彼女の唇を受け入れる――寸前に、トスッという軽い衝撃が女領主を襲う。


 その衝撃の出所に女領主が目を向けると――彼女の胸にアハトが短剣を突き刺しており、そこから溢れ出した血がドレスを赤く染め上げていた。


 現実離れした出来事に、女領主は理解が追い付いていないでいた。


「な……何で……?」

「何で? 本当に分からないの?」


 氷のように冷たい声音でアハトがそう言うと、短剣をさらに深く突き刺していく。

 血は女領主の口からも零れ出していた。


「ごぼっ……何で? 私達、愛し合ってたハズじゃ無かったの……?」

「それは幻覚だよ。ぼくの魔術が見せた幻覚。どうだった? 夢のような時間だったでしょ?」

「魔術……ってことは、貴方まさか……!?」


 叫びそうになった女領主の口を、アハトは自らの口を使って黙らせる。

 そして短剣でグリグリと胸を抉った後、スーッと短剣を一直線に滑らせる。


 股の辺りまで斬り裂かれた女領主はビクビクと身体を揺らした後、糸が切れたように脱力する。

 ドクドクッと赤い液体が湧き続ける物体をベッドの上に転がし、アハトは何事も無かったように寝室を後にした―――。




 ◇◇◇◇◇




 アハトが向かったのは、この屋敷の使用人達を取り仕切る執事長のところだった。

 彼が、パーティーの時にアハト達に怨恨の籠った視線を向けていた張本人だった。


 執事長はすでに自室におり、アハトは軽いノックをしてから返事を待たずに部屋の中へと入る。

 突然やって来たアハトに、執事長は困惑した様子だった。


「アハト殿? こんな夜分に如何致しましたかな?」

「……パーティーの時、ぼくに怨みの籠った視線を向けてませんでしたか?」

「………………気のせいでは?」

「偽らなくていいですよ。貴方は……自らの主に懸想している。違いますか?」

「だから何だと言うんです? 私が我が主に敬愛の念を抱いているのは事実。それを……」

「惑わせ、【雌雄幻惑(アスモデウス)】」


 アハトが魔術を発動させると、執事長の目が虚ろになる。

 彼の目には、アハトが敬愛以上の感情を抱いている自らの主の姿と重なって見えていた。


「『執事長。今すぐ私の部屋まで来て? 実は私も、執事長に対して特別な感情を抱いていたの。だから……ね? もっと深い仲になりましょう?』」


 声音すらも女領主のモノとなり、執事長を夢魔のように誘惑する。

 執事長は無言で頷き、部屋を出るアハトの後をついていく。


 そして女領主の部屋へと入り、執事長は物言わぬ女領主が横たわっているベッドの上へと上がる。

 執事長は女領主のドレスを乱暴に破り捨て、自らも執事服を脱ぎ捨てる。


 自意識を喪失している執事長の目には、血塗れ姿の女領主は文字通り目に映っていなかった。


 それから執事長は女領主に覆い被さり、とうとう一線を越えようとしたその瞬間、ドスッと執事長の背後から短剣が突き刺さる。


 そこでようやく執事長の幻惑は解除されたが、時既に遅し。

 アハトは短剣をさらに深く突き刺し、執事長の意識を刈り取る。


 ドサッと執事長は女領主の上に覆い被さり、物言わぬ死体と成り果てた。

 それからアハトは女領主の手を執事長の背中に突き刺さっている短剣を握らせ、執事長の手にはアハトが女領主を殺した時に使った短剣を握らせる。


 第三者が見たら、恋愛を許されぬ身分の二人が情交の果てに心中したと思うだろう。

 そう誤認させるように、アハトは巧みに偽装工作を施した。


 そんなアハトの正体は、他者を惑わし現実の如き幻を見せる魔術、【雌雄幻惑(アスモデウス)】を行使するSS級魔女の一人だった。


 その後、アハトは闇夜に紛れながら屋敷を後にする。

 自らの痕跡を完全に抹消して―――。






色欲の魔女の登場です。

これで大罪の魔女は出揃いましたね。




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