第2話 死神
二話目!
執行場へと向かう道すがら、この支部で働く人達とすれ違う。
彼らは僕の姿を確認すると、ひそひそと声を潜めながら話し合う。
「……ねぇ、あんな人いたっけ?」
「……いなかったハズだけど」
「……黒髪黒目の異端審問官って、もしかして……」
「……知ってるの?」
「……ああ。たぶん、『死神』じゃないか?」
「……死神って、あの?」
「……そうだ」
「……いったいこの支部に何の用で……」
「……アレじゃない? ほら、先週S級の魔女を捕獲したでしょう? ソレの……」
「……ああ、なるほど」
そんなことを話し合いながら、僕が来た方へと去って行った。
僕の黒過ぎる見た目から、『死神』と呼ばれている……わけではない。
その異名は、僕の能力に基づいて名付けられた。
そしてそのままずんずんと歩いて行き、執行場の扉の前までやって来た。
その扉を開けて中に入ると、そこには壮年の男性がいるだけだった。
その男性は僕の姿を視界に捉えると、僕の方へと近付いて来た。
「ようこそ、トパーズ支部へ。私が支部長のアール・コールです」
「アメジスト支部から参りました、ゼクス・クレスタです」
そう名乗り、アールさんと握手をする。
「いや〜、助かりました。お恥ずかしい話ですが、ウチの支部には特一級の異端審問官が一人も所属していないので」
「そうですか」
異端審問官には、階級が存在する。
階級は四つに分類されていて、特一級というのは最高位の階級だった。
魔女もその危険度から、F〜SS級の八段階のランクのどれかに振り分けられる。
特一級ならSS級以下、つまり全てのランクの魔女を狩る資格がある。
……僕がこの支部に呼ばれたということは、今回の『仕事』はおそらく―――。
そんなことを考えていると、アール支部長が言う。
「今回の仕事は、我が支部の異端審問官達が先週捕獲したS級魔女の処刑です」
僕が予想した通りの仕事内容だった。
一級異端審問官は、A級魔女以下しか狩ることが出来ない。捕まえるだけなら、どの階級でも可能だ。
だから今回、近くの支部に所属していた僕に声が掛かったのだろう。
僕は仕事内容を詳しく確認していく。
「処刑方法は?」
「お任せします」
「処刑場所と日時は?」
「ここで、今すぐというのは可能でしょうか?」
「構いません」
「ではそれで。他に確認したい事柄などは?」
「……ない、ですね」
「そうですか。では五分後に開始ということでよろしいですか?」
「はい」
僕がそう返事をすると、アールさんは一旦執行場から出て行った。
処刑対象の魔女を連れてくるのだろう。
その間に、僕も準備をする。
と言っても、魔法袋から剣を取り出すだけだけど……。
することもないので、僕は執行場をぐるりと見回す。
四方を壁が囲んでおり、窓の類いは何一つ存在しない。
出入口は僕が入ってきたのと、その反対側にある扉の二つしかない。
そしてその扉から、拘束された魔女を連れたアールさんがやって来た。予想より少しだけ早かった。
魔女は猿ぐつわを噛まされており、両手には手錠がかけられている。
その手錠から伸びる鎖を、アールさんは握っていた。
「それではこれから処刑を開始します。アール支部長は部屋の隅に退避していてください」
「畏まりました」
僕がそう言うと、アールさんは魔女に繋がっていた鎖から手を放し、部屋の隅へと退避して行った。
「その猿ぐつわをほどいてやる。じっとしてろ」
僕は魔女にそう言ってから近付いて、彼女の猿ぐつわをほどく。
その際、彼女の水色の髪に本人に気付かれないように軽く触れる。
猿ぐつわがほどけると、魔女は僕から素早く離れた。
そして僕のことをキッと睨む。
「何のつもり……?」
「黙って殺されるのも嫌だろう? だから悪あがきのチャンスをやる。僕に傷の一つでも付けられたら、殺すのはナシにしてやる」
「……気に入らないわね、そういう上から目線の物言いは!」
「どうした? かかって来ないのか?」
僕がそう煽ると、水色髪の魔女はその顔に怒りの表情を浮かべる。
「ならお望み通りにしてやるわ!」
魔女はそう言うと、手錠に繋がれている手を僕に向ける。
「吹雪け、【氷結地獄】!」
魔女はそう言って、彼女特有の魔術を発動させる。
だけど―――不発だった。
その事実に、魔女は驚愕する。
「なっ……、どうして!?」
「どうした? それで終わりか?」
「くっ……! 【氷結地獄】!」
彼女はもう一度魔術を発動させるけど、これまた不発だった。
「【氷結地獄】! 【氷結地獄】!! 【氷結地獄】!!!」
魔女は何度も何度も魔術を発動させようとするけど、ただの一度も発動することは無かった。
「なんで……どうして……」
魔女は床にぺたんと座り込み、うわ言のようにそう呟き項垂れる。
そんな彼女に、僕は鞘から剣を引き抜きながら近付いて行く。
その刀身は、真っ赤に染まっていた。
魔剣ソウルイーター。
魔女の魂を喰らうことで成長する、という特性を持った魔剣だった。
だけど僕はこの魔剣の成長を、一度たりとも実感したことがない。
この魔剣の能力が僕の能力ととても相性が良いということで、機関から支給されていた。
確かに相性は良いけど、成長が実感出来ないのはある意味欠陥品だと思う。
そんな欠陥品の魔剣を、魔女の胸へと突き立てる。
魔剣は過たずに魔女の心臓を貫いた。苦しまずに済むようにという、せめてもの情けだった。
魔剣を引き抜くと、魔女は前のめりになって倒れ込んだ。
剣先で魔女の身体を軽くつつくけど、何の反応も返って来なかった。
それを確認した僕は魔剣を鞘に納め、魔法袋の中へと仕舞う。
すると退避していたアールさんが僕に近付いて来た。
「お疲れ様でした。流石は『死神』ですな」
「お世辞はいらないです。……それで、処刑すべき魔女はこれだけですか?」
「あと一人いるのですが、そちらは明日でもいいでしょう」
「そうですか。それでは僕はこれで失礼します」
そう言って僕は、執行場から立ち去る。
そして廊下を歩いて行き、そこにあったベンチに腰掛ける。
「はぁ〜……」
肺に溜まっていた空気を全て吐き出すように、長い溜め息を吐く。
……やっぱり、同族を殺すのはいつまで経っても慣れないな……。
そんなことを思いながら、目の前に自分の右手をかざす。
僕は【魔術殺し】と言う、魔術を無効化する魔術が使える『魔女』だ。
この魔術は相手に触らないと発動出来ないという欠点があるけど、それを補って余りあるほど強力な能力だった。
この能力のおかげで僕は殺されること無く、異端審問官としてコキ使われ……ゲフン、活躍している。
そのせいなのか、僕は不本意ながらも『死神』という異名を戴いている。
「……よし」
僕は自分の頬を軽く叩いて、気合いを入れる。
……いつまでもくよくよしてても仕方ない。
そう思いながらベンチから立ち上がる。
そして今日は早めに身体を休めるために、この建物から立ち去った―――。
男でも魔術が使えたら『魔女』と呼ばれます。
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