第1話 異端審問官
新作です!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです
魔女―――。
それは、『魔術』と呼ばれる異能の力を持った存在の総称だった。
魔術は万人が使える魔法とは異なり、その個人特有の能力を有している。
その能力はピンキリで、強大な能力の魔術を持った魔女はその気になれば一国どころか、大陸すらをも滅ぼせるとまで真しやかに噂されている。
それ故、魔女は危険分子、世界の敵という認識がなされている。
そんな魔女を専門に対処する者達が存在する。
それが異端審問官。
彼らは対魔女戦に特化した力を用いて、世界各地に存在する魔女達を日夜処分している。
暗殺紛いの方法で魔女を殺したり、公衆の面前で魔女を公開処刑したりと方法は様々だった。
それらは通称『魔女狩り』と呼ばれている。
そしてそんな異端審問官の一人が僕、ゼクス・クレスタだった―――。
◇◇◇◇◇
チチチ……と小鳥の囀ずる声が聞こえる。
その声を聞きながらベッドの中で微睡んでいると、盛大な音を立てながら部屋のドアが開かれ、誰かが入ってくる。
ノックもせずに入ってきたその侵入者はベッドの側に立つと、僕が頭から被っている毛布に手をかける。
「ほら、ゼクス。朝だよ〜! 起きて〜!」
侵入者はそう言うと、僕から毛布を奪い去る。
……毎朝のことだけど、理不尽極まりない行為だと思う。
そんなことを思いながらも、僕は侵入者に言われた通りに身体を起こす。
そして侵入者の方に目を向ける。
侵入者は綺麗な銀髪を三つ編みにして、ソレを右肩から身体の前へと垂らしている。
瞳の色は空をそのまま落とし込んだかのような青色で、均整の取れた顔には活力に満ちた笑みを浮かべている。
身体の方も女性らしい曲線美を描いていて、客観的に見ても美人の部類だろう。
彼女の名前はノイン・フェアリア。
僕より一つ年上の幼馴染で、居候させてもらっているこの家の一人娘だった。
僕はノインに朝の挨拶をする。
「おはよう、ノイン」
「おはよう、ゼクス」
ノインはそう言うと、柔らかい笑みを浮かべる。
その笑みだけで並み居る男達を虜にしてしまうような、そんな魅力があった。
「もう朝ごはんが出来てるから、早く着替えて来てね?」
ノインはそう言って、僕の部屋から出ていく。
彼女が立ち去った後、僕はクローゼットへと向かい寝間着から普段着に着替える。
ダークグレーのワイシャツに腕を通して、第二ボタンまで開ける。
黒のスラックスを履いて、それを革製のベルトで固定する。
少々ラフな格好だけど、出掛けるまではこれで十分だろう。
クローゼットの扉を閉めて、リビングへと向かって行った―――。
◇◇◇◇◇
僕の部屋がある二階から階段を下りて、一階にあるリビングへと向かう。
リビングにあるテーブルではすでに、ノインが朝ごはんを食べ始めていた。
彼女の隣に座ると、それを見計らったかのように朝ごはんが運ばれてきた。
僕は運んできてくれた人にお礼を言う。
「ありがとうございます、タリアさん。それと、おはようございます」
「はい、おはよう、ゼクス」
彼女はタリアさん、ノインの母親だ。ノインと同じ髪色をしている。
ノインの父親は二年前に持病が悪化して亡くなったおり、この家には僕達三人で暮らしている。
何故僕がこの家に居候させてもらっているかというと、僕の両親はすでに他界しているからだ。
今から十年前、当時僕が八才だった時に、両親は流行り病に罹患してその命を落とした。
両親が亡くなった後、僕は家族ぐるみの付き合いがあったフェアリア家に引き取られた。
そして実の娘のノインと共に、我が子同然のように育てられた。
閑話休題。
僕は「いただきます」と言ってから、朝ごはんを口に運ぶ。
朝ごはんを食べつつ、昨日伝え忘れていたことをタリアさんに伝える。
「そうだ、タリアさん。僕は今日から隣町での仕事にあたるので、二、三日は家に帰って来ません」
「分かったわ。それで今回は……」
「トパーズの町ですね」
この家があるアメジストの町から、馬車で半日ほどの距離にあるのがトパーズの町だった。
「そう。お仕事、頑張ってね」
「はい、頑張ります」
「お土産よろしくね、ゼクス♪」
そう言ってノインが、清々しいほどの笑顔を僕に向けてくる。
僕は若干呆れつつ、彼女に言う。
「遊びじゃないんだから、買ってくるわけないだろ」
「むぅ……。ゼクスのイジワル」
ノインはそう言うと、可愛らしく頬を膨らませる。
そんな彼女に苦笑しつつ、朝ごはんを平らげる。
そして自室に戻って、身支度を調える。
ワイシャツは第一ボタンまでしっかりと閉めて、黒地のネクタイを絞める。
シャツの上から、異端審問官の証である漆黒のロングコートを羽織る。
ロングコートが黒いのは、何者にも染まらないという理由があるらしい。
そして腰に提げた魔法袋に、今回の仕事で必要なモノを仕舞っていく。
魔法袋というのは、中が亜空間になっている袋のことだ。この袋は、一軒家が丸々収納出来るくらいの容量がある。
必要なモノを粗方仕舞い終え、部屋を出る。
玄関では、ノインとタリアさんが見送りに来ていた。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、ゼクス」
「いってらっしゃい。気を付けてね」
玄関の扉を開けて、僕はトパーズの町に行く馬車が出る停留所へと向かった―――。
◇◇◇◇◇
半日ほど馬車に揺られ、僕は無事にトパーズの町にたどり着いた。
馬車から降りて、僕はその足で今回の仕事場へと向かう。
大通りを歩いて行き、目的地へとたどり着く。
僕の目の前には、五階建ての立派な建物がそびえ立っていた。
この建物は『ワルプルギス機関』と呼ばれる、僕達異端審問官が所属する組織の施設、そのトパーズ支部だった。
その建物へと、僕は躊躇無く足を踏み入れる。
一階部分は天井が吹き抜けになっているロビーと、受付があるだけだった。
受付へと向かうと、そこにいた受付嬢が営業スマイルを浮かべながら僕に対応する。
「ようこそ、ワルプルギス機関トパーズ支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「トパーズ支部支部長の要請を受けてやって来ました。支部長はいらっしゃいますか?」
「只今確認いたします。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ゼクス・クレスタです」
僕がそう名乗ると、受付嬢の眉がピクリと動いた。
……僕の『異名』を知っているな、コレは。
悪名、と言った方が正しい気がする。
けれど受付嬢はすぐに営業スマイルを取り戻して、僕に向かって言う。
「今確認するので、少々お待ちいただけますか?」
「はい、構いませんよ」
僕がそう言うと、受付嬢は通信用の魔道具でどこかと連絡を取り始めた。
数分して、受付嬢が僕に伝えてくる。
「支部長のアールは今、執行場にいるとのことで、ゼクス様にはそちらまで足を運んでいただきたいとのことです」
「分かりました」
それから受付嬢に執行場までの道のりを軽く説明してもらい、僕はそちらへと向かう。
着いて早々、『仕事』のようだ―――。
ゼクスの異名は、彼の能力と関係しています。
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