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第0g話:供え物  作者: 吉野貴博
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上中下の下


(あ…誰か入ってきたのか…作業員かな…)と九割方寝ている頭で思うのだが、重い物を引き摺る音が部屋の中に入ってきて、五割ほど頭が醒めた。

 奇妙なことに、足音がして引き摺る音がするのではないのだ。最初から重い物を引き摺る音がして、少し止んで、また重い物を引き摺る音がするのだ。

 その奇妙さに完全に頭が醒めるのだが、重さが尋常ではないほど音が低く、いったい何が入ってきたのか見当もつかず、怖くて確認する気にもなれなかったし今が何時かの確認も出来なかった。

 音はゆっくりゆっくり部屋の中を動いていたのだが、中央のテーブルに付いたのだろう、止まったのだが、今度は煎餅を食べる音が始まった。

 最初は囓る音だったが、やはり固いのだろう、歯を立てる音になり、削る音になり、かみ砕く音になり、採石場で石を粉砕するような音になった。

 それはそれ以上俺の方に近づくことはないのだが、俺は今まで読んで来た本や見てきたドラマで、たとえば亡霊が墓を暴いて髑髏を囓るシーンや、女が暖を採るために使っていた焼き石を羆が囓る音や、剣豪が木刀で人の頭を粉砕するシーンなどがどんどん頭を通り過ぎていく。

 もちろんそれらを実際に見たこともなければ聞いたこともない、全部想像の産物であったり作り物の音なのだが、これもまた「作り物に魂が宿る」の一つなんだろう、目をつむっていても目の当たりに、耳を塞いでも聞こえてくる、ある種の地獄とは想像力の中にあると聞くが、それを言った人も経験したんだろうなあ。

 どれくらい時間が経ったか見当もつかないが、自分で自分を抱きしめて震えているうちに、ようやく音が終わった。

 さあこれからこっちに来るかと新たな恐怖に駆られたが、甘かった。

 煎餅はもう一つあるのだ。


 結局それは私の方には来なかった。

 二つ目の煎餅を食べ終わると、また恐ろしい音を立てながら外に出て行って、私には何もしなかった。

 ほっとしてうつらうつらし、また眠りから醒めたら日の出の明かりが見え、起き上がりメモに

「一晩お世話になりました。ありがとうございました」と書いて紙幣と一緒に封筒に入れ、触れただけでぼろぼろ崩れる煎餅の隣に置いた。

 なに、この小屋を使う人ならこの煎餅の残骸を見て解るだろうとそのまま出て行こうと思ったが、やはり思い直し、二つとも慎重に持ち上げてビニール袋に入れ、粉々にし、小屋の外に穴を掘ってそこに埋めた。

 山道を進みなながら、三つ供えると宝物を拾える?冗談じゃない、耐えられる奴いるのかよと頭の中で毒づきながら、歩いて歩いて沼に着く。

 空がすかっと青くて、木々の緑のグラデーションが奥行きの襞を作っていて、沼も水面がさざめいていて、それでも鏡のように風景を映している。鳥の声が響く中、俺はシャッターを切った。

 帰りは小屋に寄らずバス停まで歩き、何事もなく戻り、これで蕎麦屋が一目で解る廃墟だったら〝らしい〟のだろうがそんなこともなくただシャッターが閉まっているだけで、ちゃんと営業しているのか実は空き屋なのかの確認もすることなく電車に乗って家に帰った。


「まあねえ、そりゃ師匠が具体的な場所を書かなかったわけだよ、怖いもの。別に祟られることもなく、障りもなく、普通に活動して普通に死んだんだし、俺もその後何もなく生活できているけど、変に広めたら目を付けられるかもしれん。だから場所は教えないけどさ。あんたもその沼に音を録りにいくことはないだろうな。静かで何もないところだったし」


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