上中下の中
行ってみりゃなんとかなるだろうと大して計画も立てずに電車に乗って、見当を付けた駅に降りたのは昼頃で、駅の前に何かあるだろうと思っていたんだけど、みごとに何もなかった。駅員すらいない。まいったなととりあえず駅を出たら、シャッターの閉まった建物がいくつかあって、タクシーもいなければ人もいない。
とりあえず道を歩いて三十分も経ったころだろうか、蕎麦屋があって暖簾が出ていた。。
中に入って声をかけ、待つこと数分、老婆があらわれた。
ちょうど腹も減っていたんで蕎麦を頼んだら二つ返事で引っ込んでいった。
もう一人老婆が水を持って来てくれて、観光ですかと聞いてくる。
「実はこの沼を探していましてね、このあたりなんじゃないかと見当をつけて来たんですけど、ご存じありませんか」と焼き増しした写真を出す。
老婆は写真を前後させ、老眼だか弱視だかよく解らない動きをしてから
「あぁ、ここは簡単に行けるところですよ。もう少し道なりに行けばバス停がありますんで、そこからバスに乗って沼前というバス停で降りて、また道なりに歩いていけば着きます」
そこに蕎麦を持って来た老婆が
「でも今からだと、日が沈んでしまいますよ」
「それは困りましたね、ここらに宿はありますか」
「宿はないねえ、この写真の山も、登山で知られているわけじゃないからねえ」
「まぁあんたがどんな宿でもいいなら、バスを降りて道を少し行けば、山小屋があるからそこで寝んさい」
「なるほど」必要無いと準備しなかったが、夜空や夜明けの風景を撮るんで野宿はやっている。
蕎麦を食べ始めると二人とも奥に戻っていき、一人がバスの時刻表を持って来てくれた。次のバスが最終だが、まだ少し時間があるようだ。
念のため師匠が写っている写真を出して、見てないか聞いてみると、戻ってきたもう一人に
「あんた、この人見たことあるか」と聞いてくれたが、二人とも見ていないという。
「あんた、山小屋に泊まるんだったら、この煎餅を持って行きなさい」
煎餅?
スーパーで売っているような平べったい、よく見る煎餅ではない、球形だ。一つが砲丸の球くらいの大きさがある。それを一抱え持って来た。
「山には神様がいてな、この煎餅が大好きなんよ。お供えに持っていきな」
とりあえず一つ受け取るが、囓るのかこれは。
割って食べるのかとゲンコツで叩いてみたら、非常に固い。どんな作り方をしているんだ。
「神様はこの煎餅が大好きでな、一つ供えると、山で獣に遭わなくなる」
「二つ供えると、いい天気になる」
「三つ供えると、宝物をもらえる」
四つ五つだとどうなるかは解らないが、そんな荷物になるほど持てない。それに結構な値段を言う。売りつけかとも思ったが、まぁ沼までの情報料だと納得し、二つ買う。
バス停に着いてごく普通のバスに乗り、何の問題もなく進んでいく。主要道路を進んで山道も一本だったら、レンタカーで来てもよかったか。
数時間揺られ、降り、駅に戻る時間を確認する。
山道に入り、老婆の「少し行けば」が地元住民基準の「少し」なことを思い知らされる。一時間半ほど歩いてようやく山小屋を見つける。山で仕事をする人の作業小屋だ、誰もいないが小屋そのものに一礼して中に入る。
ランプがある。オイルも入っている。恐縮しながら火を付けさせてもらう。持って来た弁当を食べお茶を飲み、供え物のボール煎餅二つをテーブルに出し、ランプを消して横になる。
主観としてはウトウトしていたのだが、扉が開いて…しかし覚醒はしなかった。